有希の冒険 ヌルデ村の戦い(8)
文字数 1,593文字
経験の足りない有希なので、気絶だけでは済まないドルイド僧も中にはいたのだが、それも何とか死なせずに済んでいる様だった。
残りはあと1人。
そのまま有希は、ドルイド僧の親玉に向かって悪魔の流儀で会話を始める。
「あんなもので私を封じた心算? 今なら助けてあげるから、この連中を連れて、人間世界に戻るのね。そして、もう二度と、ここには来ないで!」
この教団名を名乗るウィシュヌというドルイド僧も、悪魔の流儀は分かっているらしく有希に言葉を返した。
「ほう、我々の結界をものともしないとは、特異体質の悪魔の様だな……。だが、勝った心算になるのはまだ早い! 我々は、大悪魔を倒す為に生きている者なのだからな!!」
ウィシュヌは有希に向かって、素手で殴り掛かってきた。それまでの有希なら、そんなもの鼻で笑い、避けもせず体に受けていただろう。しかし、彼女は、その無策な攻撃が明らかな罠であることを理解している。
有希には、その拳、蹴り、頭付き、どれも見た目以上に脅威を発していることを感じ取っていたのだ。
彼の攻撃は、単なる素人の打撃にしか見えない。その彼の右拳が、彼女の額を掠った時、有希はその脅威の正体がやっと理解できた。当たった瞬間に、拳と彼女の体が光を放ったのである。
有希にとっては幸いだったのは、ほんの一瞬の出来事で、この攻撃が致命傷にならずに済んだことであった。
「あなた、悪魔の能力を奪う珠を身体に埋め込んでいるのね!」
「バレてしまった様だな……。
まぁ良い。貴様を殴り倒した上で、気絶して動けなくなった貴様から、魔力を奪い取ってしまえば良いだけだ……」
ウィシュヌは、倒された部下の長柄錫杖を取り上げると、今度はそれで有希に攻撃を仕掛けて来る。
それは先程までとは違い、熟練の技だ。
有希は右からの打撃を左腕で防ぎ、反転しての左からの払いは身体を引いて避ける。ウィシュヌはそれを追い、右手を伸ばし有希の腹に錫杖の突きを命中させた。そして、走る様に宙を舞うと、そのまま飛び蹴りにでる。
これは有希に
こうした格闘での攻防は、ドルイド僧に一日の長がある様だ。
その様な形が何回か繰り返され、『皮膚硬化』で防いでいる有希にも、大分疲れが見え始めて来る。
そうして、有希が「疲れた」と考えた一瞬。その隙を、ウィシュヌは見逃しはしなかった。
有希の隙を見付けたウィシュヌは、その錫杖を槍の様に有希に投げつける。
流石の有希も、武器を棄てる形の攻撃は予期していなかった。それでも彼女は、その攻撃が顔面に命中するのを間一髪で横に避けている。悪魔ならでは反射神経だ。
しかし、それで有希は、一瞬ウィシュヌから眼を離してしまう。彼の真の狙いはそこにあった……。
その短い時間を利用し、ウィシュヌは有希に一気に近付いていた。そして、彼女の正面に立つと、両足を踏み、両手首を手で捉える。なんとそれで、有希は立ったまま身動きを封じられてしまったのである。
恐らく、それはドルイド僧の身体に埋め込まれた水晶玉、即ち琰の作用によるものだろう。だが、何故それで有希が動けなくなるのか? 琰は本来、額など特別な位置にあてがわなければ、意味を持たないものだ……。
実はそれも有希の思い込みに過ぎない。
有希は琰の恐ろしさを検知することは出来ても、その具体的な性能についてまでは認識できない。だから、過去の知識だけでその法具の特性を判断していた。今回、それが仇となったのである。
なんと、彼の身体に埋め込まれている琰は、魔封環の様に悪魔能力を封じる追加機能をも持っていたのだ……。