有希の冒険 覚醒(5)
文字数 1,766文字
こちらも、パイルドライビングの反動で受けた全身の打撲は軽度なものではない。だが、それ以上に精神的なダメージが大きかった。もう、有希を攻撃する技が残っていなかったのである。
無論、攻撃手段が全く無い訳ではない。
有希がやった様に『催眠』の呪文を唱えれば、眠らした時点で耀公主は勝つことが出来る。ただ、それでは駄目なのだ。眠った相手を攻撃しても、全力を出し尽くしたとは言い切れないし、有希が命の危険も感じずに死んでいくだけになる。
同様な理由で、即死呪文も意味がない。先ず成功しないであろうし、仮に決まったとしても、彼女は何も知らずに死んでしまうだけのことだ。
耀公主の目的は、有希を倒すことではない。有希を覚醒させることなのだ。殺すことでも相手を屈服させることでもない。
取り敢えず、耀公主は身体の痛みに耐えながら有希に近付いて行った。拳で痛めつけていけば、流石の有希も命の危険を感じてくれるだろう。
耀公主が一歩一歩と進んで、お互いの『読心』の射程距離に入ったその時、耀公主の耳に有希の鼻歌が聞こえて来る。有希が『森のくまさん』を
これは心の声を読まれない為の、有希の配慮である。有希は耀公主が有希の能力をコピーしていることを知っていた。もし心を読まれたら、秘策も何もかも筒抜けになってしまうと考えたのである。
だが、この鼻歌は、逆に有希が裏の策を秘めていることを、図らずも吐露してしまっていた。
耀公主がそれに気付いた瞬間、有希の腹部からカナフを切り裂き、巨大なアンカーが飛び出して来る。有希は腹部の皮膚を巨大な錨状の刃に変え、耀公主の腹部を筒切りにしようとしたのだ。
これは実は彼女の父、純一が得意とする彼のオリジナルの技のひとつ……。
当然、耀公主も何度も目にしたことのある荒技だ。これで純一は、何匹もの妖怪を上下真っ二つに切断している。
耀公主は、それを腹部の『皮膚硬化』で防いだ。当然、彼女にもダメージが無い訳ではない。しかし、それ以上に有希のダメージは大きかった。アンカーと鉄板のぶつかり合う衝撃は、有希の全身、特に両腕の痛みを思い出させる結果となったのである。
有希の悲鳴が闘技場に
耀公主が、その隙を突いて、
有希は無残にも殴り跳ばされ、腕の痛みの為か、再び格闘場に響き渡る悲鳴を上げることになった。
その後、有希は立ち上がり、その有希に耀公主は
この攻撃が幾度か繰り返され、観客はその度に無抵抗な有希への暴行シーンを見せられる。確かに、それを楽しむ妖怪も中にはあったが、殆どの妖怪は、その有希の姿に目を覆っていた。
「何故、ここまでしなければならないのか? さっさと殺して、楽にしてやるべきではないのか?」
だが、その様なことなど意にも介さない耀公主が、再び
耀公主の鉄拳は有希の顔面に炸裂し、有希は再度『皮膚硬化』でそれに耐える。誰もがそう考えた。しかし、今度の耀公主の拳は有希に命中することは無かったのである。
有希の顔面の皮膚が、ハリネズミの針の様に硬化し、耀公主の顔面を襲ったのだ。
この攻撃は有希が咄嗟に放った技であり、耀公主も『読心』ではこれを予見することが出来なかった。それでも『危険察知』は発動しており、殆どの針は、顔の『皮膚硬化』によって弾かれている。
だが、全く無駄だったと云う訳ではない。何本かは皮膚の無い両目に命中していた。有希はこの僥倖を利用し、その刺さった針を一気に伸ばし、太さを加えていく。
それで針は、耀公主の目を貫いて彼女の脳にまで達した……。
流石の耀公主も、脳を破壊されしまっては、もう闘うことは出来ないだろう……。
観客、そして有希自身も……、
誰もがそう考えていた。