有希の冒険 覚醒(3)
文字数 1,632文字
だから、この勝負は、魔法使いとしての熟練度の勝負であると思われた。
では、どちらが有利なのか?
修行期間の長さでは耀公主に一日の長がある。しかし、有希は稀に見る魔法の天才なのだ。師匠の耀公主であっても、決して油断はならない。
呪文の完成は一瞬、有希が勝っていた。
有希が選択した魔法は『催眠』だった。これは比較的初期レベルの魔法に属している。この為、呪文の長さも比較的短くて済む。有希はこれを狙っていた。
信頼できる仲間のいない場合や、仲間の援助が期待できない状況では『催眠』の呪文は必殺の呪文であった。睡眠中は誰も防御が出来ない。そうなった場合、相手は確実に急所を狙って来るし、悪魔と云えども硬化することも他者に憑依することも出来なくなる。
勿論、有希は耀公主を殺す心算などない。
彼女の心臓に、有希のツインサーベルをあてがえば、政木の大刀自も
一方、耀公主は睡眠に落ちる寸前、有希に遅れて呪文を完成した。
有希と耀公主は師弟だけあって、発想に近いものがある。耀公主の選んだ呪文は、これも初期レベルの呪文『魔封じ』だった。
魔法で攻撃してくる魔法使いに対し『魔封じ』は、とても有効な攻撃手段になる。
鎧などの重たい防具を身に着けられず、剣技などもない魔法使いは、魔法が使えなければ唯の人以下だ。そういうことから『魔封じ』は、耀公主たちの流派以外にも、一般に良く使われる魔法なのである。
異なるのがその手法で、他流派では呪文を阻害するスペルガードが主となっているのだが、無声呪文のある有希たちの流派では、精神集中を阻害する目的で、耳鳴りを感じさせると云う手法を取っていた……。
結果、耀公主の『魔封じ』で、運悪く有希は魔法を封じられた……。
そして、今にも崩れ落ちそうだった耀公主であったが、自分の顔を指サーベルで斬り裂き、その痛みと頬を伝う血の匂いで、眠りに落ちるのだけは何とか防ぎ切る。
有希は、自分の母の顔が傷つけられるのを見て強い憤りを覚えた。それが、今まで自分が攻撃し、破壊しようとしていた敵の顔にも関わらずである。
だがしかし、今は、それよりも有希自身の状況の方を心配すべきであろう……。
これで『魔封じ』が解けるまで、有希は魔法なしで耀公主の猛攻に耐えなければならなくなってしまったのである。
耀公主の身体が明るく光り輝く。
それは無数の光の矢が発射を準備している証だ。そして、その準備が整うと、光のベールは四散し、それぞれ思い思いの軌道をとって有希の全身目掛けて飛んでいく。
『光背光矢』……。有希も得意とするマジックミサイルの増幅系の技だ。
有希は、その技を逃げずに顔を両手でガードして耐える。
「賢明な判断だ……。『魔法の矢』は『魔法の盾』が無ければ確実に命中する。命中する以上、逃げても無駄だ。それならダメージを最小にして、クリティカルを避ける様に受けるべきだろう。
だが、それだけではないな……。
それに加え、濃縮空気のバリアで『魔法の矢』の直撃ダメージも軽減している……」
耀公主は、有希の咄嗟の判断と対応力に舌を巻いた。
「ならば、これならどうする?」
耀公主は、左手の人差し指の皮をさっと伸ばし、アンカー付きローブとして有希に向けて発射した。それは有希の眼前で失速し足元の地面に刺さる。有希が『重力質量変換』で重力を増加して、アンカーを落としたのだ。
だが、それも耀公主の想定内……。
彼女はロープを一気に短くし、地面に刺さったアンカーへと自分が跳んで、有希との間合いを一瞬で詰めた。
そう……。耀公主はこの状況で、再び接近戦を挑んできたのである。