有希の冒険 模造品(10)

文字数 2,068文字

「さてと……」
 耀子はそう言うと、この世界の沼藺(ぬい)の前に移動して、そこに正座した。

「理由があるにせよ、あれは戦士に対する態度ではなかったわ……。先ずそれを、許して欲しい……」
 耀子はそう言うと、頭を地面に擦りつけて謝罪した。
「耀子さん、そんなこと……、もうどうでも良いでしょう……。でも何で?」
「それを話す前に、もう1つ……」
 再び耀子は地面に額を付けた。そしてその謝罪の理由を語る。
「私は最初、こちら時空の沼藺(ぬい)を、複製品(コピー)だとタカをくくっていた……。正直言って、低く見ていたわ」
「耀子さん……」
「でも、自分の妹の為に、プライドを捨てて、臣下の面前で犬の真似までして、狸のフンまで口にしようとする姿を見て、『あ、この娘、本当に本物の沼藺(ぬい)だ。弱い者たちの命を守る為なら、自分を棄てて、何でもする事の出来る、私の大切な友達の沼藺(ぬい)だ……』って、私はそう気が付いたの。もう正直、涙が出そうになったわ。
 沼藺(ぬい)、私はあなたをレプリカだと馬鹿にしていた……。私は間違っていた。これも許して欲しい……」
 こっちの沼藺(ぬい)も跪き、耀子の手を両手で握りしめた。
「耀子さん、分かったわ……。でも結局、私も風花も助けてくれた。狸の糞も舐める前に止めてくれたし、そもそも、私は馬鹿にされても仕方ないほど弱かったもの」
「ま、テツの小芝居はちょっと遣り過ぎだったけどね……」
 沼藺(ぬい)は耀子の手をとったまま立ち上がり、耀子も合わせて立ち上がらせた。

「でも、どうして、こんなお芝居を?」
「それは、あなたも今なら素直に聴けると思うけど……、こういう経緯なの。
 あなたを造った政木の大刀自様は、あなたを自分の後継者にしたいと思っていたの。白面金毛九尾の狐のね……。でも、このままだと、あなたは有能な政木家の跡取りにしかなれない。そこで、私たちの時空の大刀自に、あなたのことを相談されたのよ……」
「それで、私の天狗の鼻を折れと?」
「そうなんだけど……。
 その前にあなたの処遇についての助言があったの。『そちらの沼藺(ぬい)……』つまり、あなたね。『そちらの沼藺(ぬい)をこちらに寄越して、修行させるのが良いでしょう。こちらには狐正信も居るし、場合によっては耀公主に修行を手伝って貰うことも出来ますから』って。
 でも、あなたがそれを素直に聴くとは思えない。兄も言っていた様に、人間と妖怪の橋渡しは悪いことではない。誰かがやらなければならないし、事実、迫害を受けている妖怪も現に存在している。そんな人たちを置いて、あなたが武者修行などに旅立てる訳ないでしょう?」
「そうね……。私は国民をおいて、自分の修行なんかに、決して1人で行くことは出来なかった……」
「だから、天狗の鼻を折ったの。それに国民が描く強者と云う偶像もね……。今ならもう、国民の目にどう映るかなんて、考える必要もないでしょう?」
「でも、プライドとかでは無くて……、それでも、ここの国民が心配です。橋渡しは出来ないにしろ、弱者は守らないと……。
 勿論、今は私が弱いことなど分かっています。でも……」
「それは安心していいわ。その間はこっちの沼藺(ぬい)があなたの代理を務めるから……」
 オリジナルの霊狐シラヌイは、沼藺(ぬい)の手を取った。
「しっかり、修行してきなさいね」
「分かりました。今なら自分以外の人にでも、お任せすることが出来ます。お姉さん、宜しくお願いします」

 霊狐シラヌイは、上を見て、何かを思い出した。そして、口をまた尖らせて、人差し指を沼藺(ぬい)の胸に立てる。
「そう言えば、あなた、失礼なこと言っていたわね。謝罪を要求するわ!」
「え?」
「あなた、『秘めた邪な心が毛色を黒に変えている……』って言ったでしょう? もう失礼だわ。違うわよ! 私たちの毛色が黒いのは、太陽の子だから! そして天を司る雷の神を宿しているからなのよ!!」
「雷神?」
「そう、雷神。そう言えばあなた、フリンジが無いわね……」
「フリンジ?」
「ええ、これよ」
 霊狐シラヌイは左の袖を捲って、その腕に生えている、金色に輝く何本ものロープを沼藺(ぬい)に見せた。
「あなたは沼藺(ぬい)なのよ。フリンジが無い? そんな筈ないわ。さあ、両腕に力を込めて」
 沼藺(ぬい)は言われるが儘に、腕の色々な箇所に、力を込めてみた。暫くして、ふっと、腕から金色の毛が生えてくる。
「ほら出た。後は力の加減で、自在に伸び縮みさせられるし、手を使わずに、そのまま三つ編みにも出来る筈よ」
 沼藺(ぬい)は生えてきたその毛を、不思議そうに撫でてみた。ちょっと太い普通の毛の様だ。
沼藺(ぬい)、それの使い方は、向こうの時空で私が憑依して教えてあげる……」

 そして、耀子はそれまで黙ってていた少女にも声を掛けた。
「風花ちゃんはどうする?」
「私? 私も出来ればお姉ちゃんと修業に行きたい。私、お姉ちゃんよりもっと弱いから、もう少し強くなりたい……」
「じゃ、私の方の風花も、こっちに呼び寄せないとね……」
 霊狐シラヌイはそう言って笑った。

 耀子はそれを聞いてから、闘技場の方を見て、静かに呟く……。
「あとは、厄介な姪っ子だけだな……。全く、テツが甘やかすから……」
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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