有希の冒険 喜津根温泉にて(4)

文字数 2,694文字

 その翌日、有希は時間通りに目を醒まし、簡単な朝食を済ませた。そして、登城時刻に合わせて現れた沼藺(ぬい)、風花と共に、政木屋敷の大手門から登城し、控の間にて拝謁の時刻が訪れるのを待つ。
 政木屋敷では、本日の拝謁は有希1人しかいない。それ程、この拝謁は政木家にとっても大切な議題であり、他の問題を後回しにしてでも聴かなければならない重要な事項なのであった。
 実はそれともう1つ……。本日は、昼より大きなイベントが計画されている……。そう云う理由もあったのではあるが……。

 拝謁時刻になると、謁見の間に有希は正座させられ、左右を何人もの狐侍の列に取り囲まれた。正面の一段高い間には、既に1人の狐侍、そして1人の狐姫、即ち沼藺(ぬい)が座に就いて、この拝謁が始まるのをじっと待っている。この狐屋敷では、狐でない風狸の風花は、家族と云えども同座する事は叶わない様であった。

 決められた時刻を少し過ぎると、上の間の脇の襖から2メートル近い白狐が現れて来る。それは、実際は白狐ではなく、白面金毛九尾の狐、政木の大刀自の真の姿であった。
 政木狐は、上の間の中央の座に当り前のようにドカッと寝転ぶ……。
 勿論、その間の有希は平身低頭、政木狐がどう行動をとったかなど、実は彼女にも分かりはしない。今、有希は腕輪を着けさせられており、叔母の能力も自分の能力も、完全に封じられていたのだ。

 脇の狐が何か言った。恐らく、お辞儀を止めて良いとのことだろう。有希は恐る恐る(おもて)をあげた。
「人間側の使者、新田有希と言いましたね。人間側の言い分、構いませんから、存分にお話しなさい」
 政木狐は自ら場を仕切り、有希の発言を促す。これが、ここでの遣り方らしい。

「で、では申し上げます。あの、昔から、人間と妖怪は唇歯の関係で、あの現代でこそ両族の交流は途絶えておりますが、元々、断交をし続けていた訳でもなく、交流は断交期間以上に長く続いていた筈です。
 そして、その間、必ずしも私たちは、敵対する間柄ではなく、お互いを認め合ったことも少なからず存在していたと思います。この過去も踏まえて、私たちは、これからお互いに交流を深め、発展的に、関係改善の余地が、充分に含まれていると思うのです」
「しかし、昨今の人間の蛮行には、目に余るものがあるではないか!」
 有希の左右に並んでいた狐の1人が、彼女にヤジを飛ばす。

 いつもなら,家来の口出しに対し、政木狐は、「お黙りなさい、使者の方がお話ではありませんか!」と(たしな)める筈なのだが、今日は何も言わない。それには脇の沼藺(ぬい)も少し腰を上げて驚きを現す。
 一方有希は、そんな周囲にも動揺せず、ヤジに対して言葉を返した。
「仰有る通りだと思います。私も同感です。それでも、個人レベルの怨恨については棚上げして頂きたいのです。今、両族の未来について考えて頂きたいのです。過去の恨みについて、それを忘れることは、確かに出来ないと思います。それを踏まえた上で、未来を考えて頂けませんでしょうか?」
「加害者のお前が、それを言うな!」
「加害者ですか……。そうですね。あなたたちにとって、人間である私たちは、全員加害者ですね……。でも、加害者だからって、口を噤んでいたら、その先は変わりません。『忘れてくれ』などとは言いません。それでも、ここは我慢して頂きたいのです。未来の為に……」
「お前たちの未来の為にか? 我々は新たな人間と新たな未来を創る! 彼らは我らとの対等の交流を約束してくれた! 彼らは宇宙人かも知れないが、我々にはどちらでも関係ない。彼らは信用できる!!」

 流石に沼藺(ぬい)も黙っていなかった。
「何を言っているの? 彼らは侵略者なのよ。人間世界を侵略する者が、どうして妖怪世界を侵略しないと言い切れるの?」
「人間だって同じことだ。奴らだってここを侵略しないとは言えないだろう!」
 それには有希が言葉を返す。
「同じかも知れません。でも人間は、まだ妖怪と共存できる知性もありませんが、妖怪世界を侵略する戦力もありません。
 私たちは、これから未来を創って行かなければなりません。だからこそ、あなたたちと協力してやって行かなければ……」

 双方の話は平行線を辿ったまま、埒が明きそうにはなかった。そうした所で、やっと政木狐が口を開く。
「新田有希……。実は、私は事前に宇宙人と調整を行っております。彼らは、私たちに対し、今まで無礼な行いをしたことはなく、こちらも礼を持って応対せねばなりません。
 彼らも、これまでの長い期間、じっくりと侵略を計画し、少しずつ実行へと移して来たそうです。ですから、簡単にそれを諦める訳には行かないとのことでした……」
 政木狐の口振りでは、彼女なりに宇宙人への説得を行ってくれていた様だった。
「彼らは、この状況について、1つの提案をしてきました。
 彼らの提案はこうです。水滸伝の古事に因んで、武闘会をしたらどうかと言うのです。彼らから代表を3人出し、人間側も3人代表を出し、3対3で闘い、勝った方が人間世界の支配すると言うのです。
 もし、この3人が倒されるようなら、人間世界の侵略など端から不可能ですし、宇宙人全員諦めて、何も不満は起こらないだろうと彼らは言っています」
「でも、そんなこと急に言われても……。私、全人類の代表ではないので、そんな約束は出来ません……」
「勿論、それは人間との約束では無いので、宇宙人が勝ったとしても、妖怪が宇宙人と人間世界に侵攻するだけのことです。人間がそれを受け入れる義務は無いし、宇宙人や妖怪に対し、防衛行為を行っても条約違反とはなりません。これは、あくまで妖怪の立場を明確にする為だけのものです」
「それに、人間側の代表なんて、誰が……」
「大将はあなた、新田有希がなるのです。人選については、勿論3人でなくても、あなた1人で良いのですよ……」

 たまらず、沼藺(ぬい)が横から口を挟む。
「私が闘う! あと1人は風花がでる!!」
沼藺(ぬい)様。姫様は妖狐の一族。人間方に加担するのは、如何(いかが)な物かと……」
 しかし政木狐は、家来狐のこの抗議を却下した。
沼藺(ぬい)。構いませんよ。元々あなたは、人間側として行動していました。今さら、政治的中立と云っても、始まらないでしょう?」
「ありがとうございます」
「では、決まりですね……。場所は、既に有明のコロッセオを押さえてあります。時は今日の午の刻、それで、妖怪層の立場を決定することに致しましょう」

 有希にとっては、全く想定外の展開であった。だが、あれよあれよと云う間に話は進み、結局、宇宙人の提案通り、3対3決戦が開かれることになってしまったのである。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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