有希の冒険 喜津根温泉にて(4)
文字数 2,694文字
政木屋敷では、本日の拝謁は有希1人しかいない。それ程、この拝謁は政木家にとっても大切な議題であり、他の問題を後回しにしてでも聴かなければならない重要な事項なのであった。
実はそれともう1つ……。本日は、昼より大きなイベントが計画されている……。そう云う理由もあったのではあるが……。
拝謁時刻になると、謁見の間に有希は正座させられ、左右を何人もの狐侍の列に取り囲まれた。正面の一段高い間には、既に1人の狐侍、そして1人の狐姫、即ち
決められた時刻を少し過ぎると、上の間の脇の襖から2メートル近い白狐が現れて来る。それは、実際は白狐ではなく、白面金毛九尾の狐、政木の大刀自の真の姿であった。
政木狐は、上の間の中央の座に当り前のようにドカッと寝転ぶ……。
勿論、その間の有希は平身低頭、政木狐がどう行動をとったかなど、実は彼女にも分かりはしない。今、有希は腕輪を着けさせられており、叔母の能力も自分の能力も、完全に封じられていたのだ。
脇の狐が何か言った。恐らく、お辞儀を止めて良いとのことだろう。有希は恐る恐る
「人間側の使者、新田有希と言いましたね。人間側の言い分、構いませんから、存分にお話しなさい」
政木狐は自ら場を仕切り、有希の発言を促す。これが、ここでの遣り方らしい。
「で、では申し上げます。あの、昔から、人間と妖怪は唇歯の関係で、あの現代でこそ両族の交流は途絶えておりますが、元々、断交をし続けていた訳でもなく、交流は断交期間以上に長く続いていた筈です。
そして、その間、必ずしも私たちは、敵対する間柄ではなく、お互いを認め合ったことも少なからず存在していたと思います。この過去も踏まえて、私たちは、これからお互いに交流を深め、発展的に、関係改善の余地が、充分に含まれていると思うのです」
「しかし、昨今の人間の蛮行には、目に余るものがあるではないか!」
有希の左右に並んでいた狐の1人が、彼女にヤジを飛ばす。
いつもなら,家来の口出しに対し、政木狐は、「お黙りなさい、使者の方がお話ではありませんか!」と
一方有希は、そんな周囲にも動揺せず、ヤジに対して言葉を返した。
「仰有る通りだと思います。私も同感です。それでも、個人レベルの怨恨については棚上げして頂きたいのです。今、両族の未来について考えて頂きたいのです。過去の恨みについて、それを忘れることは、確かに出来ないと思います。それを踏まえた上で、未来を考えて頂けませんでしょうか?」
「加害者のお前が、それを言うな!」
「加害者ですか……。そうですね。あなたたちにとって、人間である私たちは、全員加害者ですね……。でも、加害者だからって、口を噤んでいたら、その先は変わりません。『忘れてくれ』などとは言いません。それでも、ここは我慢して頂きたいのです。未来の為に……」
「お前たちの未来の為にか? 我々は新たな人間と新たな未来を創る! 彼らは我らとの対等の交流を約束してくれた! 彼らは宇宙人かも知れないが、我々にはどちらでも関係ない。彼らは信用できる!!」
流石に
「何を言っているの? 彼らは侵略者なのよ。人間世界を侵略する者が、どうして妖怪世界を侵略しないと言い切れるの?」
「人間だって同じことだ。奴らだってここを侵略しないとは言えないだろう!」
それには有希が言葉を返す。
「同じかも知れません。でも人間は、まだ妖怪と共存できる知性もありませんが、妖怪世界を侵略する戦力もありません。
私たちは、これから未来を創って行かなければなりません。だからこそ、あなたたちと協力してやって行かなければ……」
双方の話は平行線を辿ったまま、埒が明きそうにはなかった。そうした所で、やっと政木狐が口を開く。
「新田有希……。実は、私は事前に宇宙人と調整を行っております。彼らは、私たちに対し、今まで無礼な行いをしたことはなく、こちらも礼を持って応対せねばなりません。
彼らも、これまでの長い期間、じっくりと侵略を計画し、少しずつ実行へと移して来たそうです。ですから、簡単にそれを諦める訳には行かないとのことでした……」
政木狐の口振りでは、彼女なりに宇宙人への説得を行ってくれていた様だった。
「彼らは、この状況について、1つの提案をしてきました。
彼らの提案はこうです。水滸伝の古事に因んで、武闘会をしたらどうかと言うのです。彼らから代表を3人出し、人間側も3人代表を出し、3対3で闘い、勝った方が人間世界の支配すると言うのです。
もし、この3人が倒されるようなら、人間世界の侵略など端から不可能ですし、宇宙人全員諦めて、何も不満は起こらないだろうと彼らは言っています」
「でも、そんなこと急に言われても……。私、全人類の代表ではないので、そんな約束は出来ません……」
「勿論、それは人間との約束では無いので、宇宙人が勝ったとしても、妖怪が宇宙人と人間世界に侵攻するだけのことです。人間がそれを受け入れる義務は無いし、宇宙人や妖怪に対し、防衛行為を行っても条約違反とはなりません。これは、あくまで妖怪の立場を明確にする為だけのものです」
「それに、人間側の代表なんて、誰が……」
「大将はあなた、新田有希がなるのです。人選については、勿論3人でなくても、あなた1人で良いのですよ……」
たまらず、
「私が闘う! あと1人は風花がでる!!」
「
しかし政木狐は、家来狐のこの抗議を却下した。
「
「ありがとうございます」
「では、決まりですね……。場所は、既に有明のコロッセオを押さえてあります。時は今日の午の刻、それで、妖怪層の立場を決定することに致しましょう」
有希にとっては、全く想定外の展開であった。だが、あれよあれよと云う間に話は進み、結局、宇宙人の提案通り、3対3決戦が開かれることになってしまったのである。