有希の冒険 覚醒(2)
文字数 1,507文字
この呪文は火水風土のうち、風の魔法に含められ、空気の流れを操ることで積乱雲内部の氷滴を攪拌し、帯電量を通常の積乱雲の何倍にも増やし、数分の間に何発もの雷撃を相手に乱射するものである。
勿論、雷の落ちる先は相手の頭上だ。気流中の雨滴を利用し、相手の頭上から迎え放電を起こす様にして、相手の頭上に電気の通り道を作るのである。
今は、お互いが『爆雷豪雨』を唱えた状況。この為、上空の冷却や空気の攪拌は通常の2倍の量となり、帯電量は1人で『爆雷豪雨』を唱えた場合よりも遥かに大きくなっている。そして、この場合、どちらの気流操作が勝っているかで、雷撃の落下先が決まる。多くの場合、どちらか片方、力の弱い方に落雷が集中してしまうのだ。
積乱雲の中で、フラッシュのような青白い輝きが見えた。それが開始の合図となる。
それは非常に短い間だった。数分間どころか、恐らく30秒にも満たない間であろう。その間に、なんと20発近い落雷が闘技場の中心部に襲いかかったのだ。それには人外の観客も悲鳴を上げずにはいられない。
落下した雷は、跳ね返るかの様に、観客席との間にある堀にまで飛び散っていた。実際には無かったが、まさに流れ弾(地面に真直ぐ電気が流れず、途中から他の物に電気の流れが移る側撃雷と云う現象)が飛んできても不思議とは思えない状況であった。
その落雷であったが、対戦相手はお互いに、6、7発は喰らっていた筈だ。しかし、2人とも殆どダメージを負ってはいない。
盈が闘いを止め、有希の対応を称賛する。
「流石だな、有希。雷撃を防ぐ手立てを知っているとは……」
「昔、パパが話してくれたことがある。盈さんがこんな風に、気流のバリアを避雷針にして
「気流のバリアの外側には、空気中の電解質が溶け込んだ雨でコーティングされたテントが出来る。それが金属の箱、例えば車の中に逃げ込んだ様な効果を
だが、それはそうと……、
私には、そんな覚えなど無いのだが。そんなことあったかな?
まあ良い、続けようではないか……」
そう何事も無い様に言ってみたものの、耀公主は次の攻撃をどうしたら良いか、実は大変苦慮していた……。
『爆雷豪雨』が通用しないとなると、別の攻撃を考えなければならない。
だが『黒炎破弾』には、恐らく有希は態々それに攻撃しては来ないだろう。自分でエネルギーを溜め込もうにも、有希はその前にきっと空間の歪みを解消してしまう。大地震で攻撃する『大地鳴動』は宙に浮かぶことの出来る有希には通用しない。『超無窮動』は生身の有希には全く意味がない。
かと言って、悪魔の能力と格闘術では、相手の魔法を防ぐのが精一杯。有希を追い詰めることなど出来はしない。
そうなると『極光乱舞』しか無いのだろうが、この技は下手をすると有希を殺しかねない。有希を覚醒させることが目的である以上、有希が死んでしまっては、耀公主としては元も子もないのである。
耀公主の動きが止まった瞬間、有希はチャンスと見て次の魔法を撃ってきた。
「ファイヤーボール!」
『火球』だ。これは攻撃にも、ダンジョン内の明かりとしても使える。我に返った耀公主は、ギリギリ呪文を唱え終え『魔法の盾』で『火球』を防いだ。
「勝負に出るしかないか……」
耀公主は口を隠しながら呪文を唱え、有希に狙いを定める。有希も勝負所ということを感じとったのか、同様に呪文を唱え始めた。
この魔法合戦が勝敗を決する。2人はそう思い、呪文の完成を急いだ。