有希の冒険 オサキの里(1)

文字数 1,873文字

 沼藺(ぬい)は、人間層から妖怪層へと移るにあたり、政木屋敷から離れた位置、それも毎回異なる地点に移層する様に心掛けている。一番近い位置ばかり固定的に使うと、敵方の刺客に、そこで待ち伏せをされる恐れがあったからだ。
 勿論、沼藺(ぬい)はそんな刺客を怖いとは思わない。それでも、余分な危険は避けるべきだし、刺客とは云え、妖怪仲間と態々(わざわざ)戦って、不必要に相手の命を奪う必要もないと沼藺(ぬい)は考えていた。
 そして、今回は人間を移層すると云う特殊な状況である。出来れば、人間である有希の移層を他の妖怪には見られたくなかった。
 この為、今回の移層ポイントについて、沼藺(ぬい)は街道から外れた廃寺を選び、獣道を通って政木屋敷に向かうルートを選択したのである。

 この様な理由も在り、有希たち3人は、その移層ポイントを抜けた後、政木屋敷までの数キロを徒歩で移動していた……。

 風花は、政木屋敷までの道すがら、純一への不満をずっと漏らしている。正確には、言葉として口に出していた訳ではないのだが、有希にはそれがハッキリ聞こえていた。

「有希ちゃんのお父さんを悪く言いたくはないんだけど、有希ちゃんのお父さんってあんまりじゃない?
 なんか、妖怪の力を馬鹿にしてるって云うのか。折角、お姉ちゃんが人間の為の闘いだから協力してくれって頼んでるのに、有希ちゃんを寄越すなんて……。
 そりゃ有希ちゃんは、人間としては不思議な力を持っているわよ。でもね、妖怪であの程度できる奴なんてざらだよ。
 本当に何を考えているのかしら? 有希ちゃんのこと心配じゃないのかな……?」

「パパは有希のことを心配しているよ。
 でも、一人立ちしなきゃいけないんだって。それに、沼藺(ぬい)さんと風花さんと一緒なら、最初の冒険でも安心だって……。それで旅に出してくれたんだよ……」
「え?」

 風花は、自分の心の中の台詞に答えた有希に驚きを覚えた。そして今度は口から言葉を発して有希に尋ねる。
「有希ちゃん。今、私の言葉に答えたの?」
「うん。私、人の心の中の声を聴くことが出来るの……」
 それを聞いて、沼藺(ぬい)が納得する。
「そう云うことなのね……」

 悪口を聞かれてしまった風花が、やけくそ気味に純一への文句を声に出して言い直す。
「それにしても……、お姉ちゃんと闘おうなんて、自信過剰過ぎない?」

「パパ、こんなこと言っていた……。
 沼藺(ぬい)さんと闘ってみたかったって、どんな技を使うのか楽しみだって。でも、フリンジのない沼藺(ぬい)さんと闘っても、仕方ないとも言っていたなぁ……。
 あと……。あ、これは言えない。特にママには言えない……」
 有希は、心の声が伝わらないと云うことは、決して悪いことではないと、その時しみじみと理解することが出来た。

「有希ちゃん、今私が考えたこと分かる?」
「うん……。でも、沼藺(ぬい)さんって、本当に、パパと前に会ったことあるの?」
 沼藺(ぬい)の質問に、有希は不思議そうな表情を浮かべて答える。
「無いわよ。今考えたことは嘘。有希ちゃんは、心の奥底を読める訳ではないのね」
「うん。私は、人が心の中で言ったことを聴くことが出来るだけ……」
「だったら、あなたの能力は秘密にしていた方がいいわ。人は聞かれていないと思うから心の中で本当のことを言う。もし、有希ちゃんが、心の声を聴けることが分かったら、今の私みたいに嘘を考えるわ」

 今度は風花が有希の前にまわって、後ろ向きに歩きながら有希に話し始める。
「でも、有希ちゃん。あ、同い年位だから有希って呼んでいい? 私のことも風花って呼んでいいからさ」
 有希が頷くと、風花は続けて……、
「有希って、なんか不思議な力を一杯持っているよね? 魔女って言うのかな?
 それに心を読めるってことは、相手の考えている攻撃も全部分かるんでしょ? それ、無敵なんじゃない?」
 有希は少しはにかんで、それに答えた。
「そんなことないよ。あんまり遠くにいると、その人の心の声は届かないんだ。
 今は2メートル位が限界かな……?
 それに、正面にいる一番近い人の声しか聴けないんだ……。でも、四方から全部聞こえてきても、ごちゃ混ぜになって、分からなくなるだろうけどね……」
「あはは。じゃ、内緒の時は少し離れて歩こうかな。そうしないと、有希には筒抜けだもんね」
「そうしてくれると嬉しいかな……。あんまり聞きたくない声もあるし……」

 沼藺(ぬい)はそれを聞いて「そう云うものかも知れないわね……」と心で思い、直ぐ「あ、これも聞こえてしまうんだ」と思い直す。
 しかし、聞こえたのか聞こえていないのか、それについて、有希は何も言いはしなかったのであった。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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