有希の冒険 模造品(9)

文字数 1,897文字

 沼藺(ぬい)は一息、溜息を吐いた。
「新田さん、ギブアップよ。もう、これ以上闘えない。私、政木一族の戦士として見事にここで散ろうかと思ったけど、それすら私には似合わないわ……。
 有希ちゃんの叔母さん……、耀子さんって言ったかしら?」
「ええ、そうよ」
 競技場に出てきていた耀子がそう答える。
「私、疲れちゃった……。戦士控室まで連れて行ってくれないかしら、風花みたいに。そして、あの金色の薬、私にも頂けません? 体中が痛くて、もう耐えられないの……」
「ええ、いいわよ……」
 耀子はそう言って、スタスタと沼藺(ぬい)の方に近づいて行き、彼女に金色の薬を飲ませた。そして、沼藺(ぬい)に肩を貸すと、そのまま戦士の出入りするゲートの方へと歩いて行く。

 有希とのすれ違いざま、沼藺(ぬい)は有希に謝罪をした。
「有希ちゃん、ご免ね。3人の宇宙人なんか私1人で倒して、有希ちゃんに迷惑かけない心算だったのだけど。結局、風花と私は1人も倒せなかった……。もう、有希ちゃん1人なんだから、闘わなくていいよ……」
 有希がそれに答え、何かを言おう彼女の顔を見返した時……、
 沼藺(ぬい)の両の瞼から、純一と闘った時に眼底でも怪我したのだろうか、真っ赤な血の涙が流れているのが有希の目に写る。
 それを目にした途端、有希は言おうとした言葉を全て失った。こうして結局、有希は沼藺(ぬい)には何も告げることが出来なくなってしまったのである……。

 ゲートを抜けて戦士控室に入ると直ぐ、耀子は肩に担いだ沼藺(ぬい)を空いている椅子に座らせて、彼女との話を始めた。

「私ね、あなたに、2つばかり謝らなければいけないの……」
「どうでもいいわ、私なんか……。私は蔑まれていればいい……」
「本当に沼藺(ぬい)そのものね……。
 天狗になってみたかと思えば、今度はとことん自分を卑下する……」
 耀子は呆れた様に彼女にそう言った。

「それ、どう云う意味? 耀子ちゃん……」
 闘技場の明るい場所から、戦士控室の暗い通路に入った為、沼藺(ぬい)はそこに人がいることに気付かなかった。しかし、そこには、一人の女性が立っていたのである。
 目が慣れ、その姿を何となく見ることが出来るようになって、沼藺(ぬい)にはそれが誰であるかが分かった。それは、有希の父が以前一緒に闘ったと云われている沼藺(ぬい)の偽物、いや、自分の方がレプリカだから、あっちの方がオリジナル、本物の沼藺(ぬい)だ。

「分かるでしょうけど、一応紹介するわ。これがもう一人のあなた。私たちの世界の沼藺(ぬい)よ。彼女、私の親友でライバルなの。強いわよ、私よりずっと強いんだから……」
「そんなことないって。だって耀子ちゃん、魔法まで覚えたじゃない?」
「ほらね。『魔法が無ければ私の勝ち』って言ってる」
「もう!」
 そう言って沼藺(ぬい)はちょっと口を尖らした。耀子はそれを見て笑い。この世界の沼藺(ぬい)も釣られて笑い出した。
「何か吹っ切れた気がする。本物に会えて良かった。それに、本物はそんなに強いんだ。私、それに似せて創られたのね……」
「あら、あなただって本物よ。あなたと私は双子みたいなもの。どっちが本物とかではなくて、遺伝子が一緒の別人なんだから。あなたは私の双子の妹なのよ」
「嬉しい! 私、妹はいたけど、上の兄弟っていなくって、姉がいたら、どんなに楽しいかって思っていたの……。何だか、死んじゃうのが勿体なくなってきちゃった……」
「あら? あなた、金丹も知らないの……? そんなことじゃ、大刀自様から1週間は金丹吹きを言いつけられるわね……」

 金丹については、耀子がこの世界の沼藺(ぬい)に説明する。
「ここまで死んでいないと云うのに、全然気が付かないの? 本当に困ったものね……。
 あれはね、普通に妖怪狐が作る万能薬で、金丹と言う物なの……。そう、こっちの沼藺(ぬい)が作ったものよ。
 死者を生き返らせたり、若返らせたりは出来ないけど、後は殆どの疾病や傷害から回復出来るわ。高位の狐が作った物では、不老不死の妙薬と言われる物もあるらしいわよ」
「じゃあ、私は毒を飲んで痛みを感じなくなった訳じゃなくて……」
「ええ、勿論……」

「じゃあ、もしかして……、風花は……?」
「ほら、あそこで、あなたに抱きつきたくてウズウズしているわよ」
 耀子が指さした暗闇には、1人の少女のシルエットがあった。沼藺(ぬい)には、それがシルエットでしか無くとも、誰であるかはっきりと分かる。
「悪いわね。あなたの為だと言って、ずっとここで黙って待っていて貰ったの……」

 沼藺(ぬい)と、その沼藺(ぬい)に胸に飛び込んで行った風花には、耀子の言い訳など、もう何も聞こえていなかった。耀子は溜息を吐き、オリジナルの沼藺(ぬい)を見る。だが、彼女は唯、ニッコリと笑って頷いているだけであった。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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