有希の冒険 模造品(4)

文字数 2,064文字

 しかし、沼藺(ぬい)は耀子の靴を舐めることは出来なかった。それは彼女が躊躇ったからではない。耀子が沼藺(ぬい)の髪の毛を掴み、無理矢理に顔を上げさせたからである。

「姫様を(なぶ)るのにも飽きたな……。こいつのギブアップは認めてやる!」
 耀子はそう言うと、沼藺(ぬい)の髪を放し風花の顔を上に向けさせた。そして懐から取り出した金の丸薬を、風花に無理矢理飲ます。
 それを見て沼藺(ぬい)は耀子に問うた。
「風花に何を飲ませた?」
「何だ? そんなことも分からないのか? そうか……」
 耀子は、仕方ないと言わんばかりに沼藺(ぬい)に説明を行った。
「このままでは、お前の妹の命は無い。だったら、これ以上苦しむことなど無かろう?
 全ての苦痛を取り去る妙薬を飲ませてやったのだ。やがて、お前の妹は痛みを全く感じなくなる。私に感謝するんだな……」
「妙薬だと……?」
「フフフ。痛みなど忘れ、楽になるさ……」
「どう云う意味だ?!」
「現世の痛みなど消えると言ったのだ……」
「お前は、私を騙したのか? 風花を助けると言いながら、毒を飲ませたのか?」
 悔しさと怒りで、ぐちゃぐちゃの表情になった沼藺(ぬい)に、耀子は冷ややかな視線を浴びせ掛けた。
「悪いが、敵討ちは後にしてくれ。お前の相手は次の奴がする」
 そう言うと、耀子はぐったりして動かなくなった風花を担ぎ上げ、アレーナの戦士入場口へと歩き、そのまま立ち去ろうとする。

 沼藺(ぬい)が耀子の後を追いかけようと立ち上がり、前へと一歩足を出したその時、彼女の目の前に1人の男が降り立った。彼は観客席から人間を脇に抱えたまま、一気にジャンプして来たのである。
 その男は既にフードを外して素顔を晒している。だが、彼はそんなことなど少しも気にせず、静かに抱えていた人間の身体を足許に置いた。
「あなた、オサキ村の棟梁じゃないわね!」
 その男、尾崎真久良は目を閉じて、フッと小さく笑った。
「もう有希が説明した筈ですよ……。僕が誰であるかは……」

 沼藺(ぬい)は、尾崎真久良の頭から足先まで繰り返し繰り返し確認する。しかし、それが有希の父だとは、とても思えない。
「この身体で闘うと云うのも何ですので、そこに置いた本体で僕は闘いますよ」
 そう言った途端、そこに置かれていた人間が、まるでゾンビの様に立ち上がってくる。だが、尾崎真久良は、そのまま薄笑いを浮かべ、何も変わった様に見えはしない……。

「全く困ったものです。突然抜けるのですからね。では、私は戻りますよ……」
 彼はそう言ってから、さっと元の観客席へと跳び戻った。それを見ていた沼藺(ぬい)は、溶岩の様に沸き上がって来る怒りを、これまで培ってきた理性で何とか押し殺し、純一に改めて抗議の言葉を口にする。
「3対3の闘いの筈よ。あの席にいる2人は何なの?」
「あれは、応援団みたいなものかなぁ……」
 純一はそう沼藺(ぬい)に言ってから……、
「お~い、2人とも! その出場者の席に座るなって!」と、悪魔の憑代(よりしろ)役の2人に声を掛けた。
 それを聞いた彼ら2人は、一般観客席の方へと黙って席を移っていく。但し、真久良の方は、仕方ないとばかりに両手を開いてはいたのだったが……。

 沼藺(ぬい)は、続けざまに質問を繰り出した。
「あなた、本当に何者なの……?
 あなたたち人間は、1人ではこの妖怪層には来られない筈よ。(そもそも)、あなた今、死んでいたじゃない。あなたは息もしていなかったし、鼓動も止まっていた……。あなた、本当に有希ちゃんのお父さんなの?」
「う~ん、美菜が浮気でもしていなければ、たぶん僕が父親だと思うんですけどね……」
 純一は両手を組んで考え込む。
「ふざけないで!」
「仕方ないなぁ。真面目に答えますよ。
 僕は間違いなく新田純一です。
 で、あの2人は、僕と耀子の憑代(よりしろ)として妖怪層(ここ)に来てくれている妖怪の友人でね、彼らに僕らは憑依させて貰いました……」
「憑依?」
「僕たちは、自由に憑依とか離脱とかが出来るんですよ。ま、昔は道具なしに自由に離脱することは出来なかったんですけどね……」
「人間が……、そんな馬鹿な……」
「あなた方妖狐だってするでしょう? 狐憑きとか……。それで、妖怪となった僕たちは、自由に妖怪層を出入り出来るのです。
 因みに、真久良は生きてはいません。彼は僕の術で作った幻ですからね。でも、時間の無い政木の領内では、彼も10分間の制限が無くなるので、たっぷりとホテルでバイトが出来るのですよ……」
 最後の台詞は、沼藺(ぬい)には全く意味が分からない……。

「パパ! 一体何を考えているの?
 宇宙人に化けてみたり、それを排除する為に、私を大刀自の所に遣わしたり。おまけに私たちと闘って、私のお友達にこんなことまでするなんて……」
 有希が観客席から大声で純一に尋ねた。
 口で問うことはまだるっこしいが、それも仕方がない。流石の有希でも、この距離では純一の心の声を聞くことは出来ないのだ。
「そのうち分かるさ……」
 純一はそう呟いてから、沼藺(ぬい)に「じゃ、始めますか? 沼藺(ぬい)様」と声を掛ける。それに呼応する様に、沼藺(ぬい)も戦闘の構えをとった。
 さあ、沼藺(ぬい)と純一、
 2人の闘いが始まる……。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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