有希の冒険 再戦! 純一対沼藺(8)
文字数 2,049文字
「や、お待たせ。じゃぁ『せ~の』で始めるけと、それでいいかい?」
純一の提案にシラヌイはニッコリと頷く。
「せ~の……、せ」
この「せ」の音と同時に、シラヌイは跳んだ。純一の目算では、前方に跳んで接近戦から再開する。あるいは、後方に跳んで一旦、タイミングを外す。この2つの
案の定、シラヌイが跳んだのは、その1つ前方だった。しかし、彼女は接近戦を選択した訳ではない。純一との間合いに入る前に、シラヌイは左の妖樫をブーメランの様に投げつけたのだ。
彼女は以前にも、耀子との闘いでこの戦術を採っている。但し、この時は飛ばした妖樫とは別に、もう1本の妖樫が手に残っており、それで前後の挟撃をすることが出来た。しかし、今は挟み撃ちしようにも、彼女の手に武器は残っていない。
だが、今の彼女は、あの時のシラヌイとは妖力のレベルが全く違っていた……。
なんと、黒い人影が純一の背後に突然現れ、シラヌイが投げた妖樫をキャッチしたのだ、そしてその黒い人影は、妖樫を使ってチャンバラの様に純一を攻撃してくる……。
黒い人影の正体は、葛の葉から生まれたシラヌイの式神だった。しかし、これも純一の敵ではない。振り向いた彼は、背後にいるシラヌイの攻撃を警戒しつつ、先ず妖樫を手にした式神から片付けることにした。
純一は、葛の葉の打ち込みをさっと左に
そして、炎に弱い木刀の妖樫も、逃げる様に
だが、純一が次の目標、シラヌイの方に向いた時、既にシラヌイは純一への攻撃準備を完了していた。彼女は両手を前に出して、両の掌を純一に向けていたのである。
しかし、この距離は純一の重力操作射程範囲内でもあった。純一はシラヌイの質量を増加させて、彼女の動きを止めに掛かる。
シラヌイは、純一の重力操作攻撃を無視し、両手の袖からベールの様な薄膜をぱ~っと広げて、イソギンチャクが獲物を捕獲する様に純一を包み込んだ。
純一の『重力質量変換』で、シラヌイはもう直ぐ立つことも出来なくなる……。純一が「これで勝った」と確信した瞬間、シラヌイは技の名前を唱えた。
「霊狐極超短波……! ポン」
しかし、純一の身には何も起きなかった。
シラヌイはベールを戻すと、それを袖口の中へと吸い込む様に納めていく。純一も重力操作を解いて、シラヌイの様子を探った。
「要君、今回は私の勝ちね……」
「ちょっと待てよ。何だよ今のは?」
「私が技を本当に掛けていたら、要君はもう黒焦げよ。だから私の勝ち」
その時、選手の出入口から、耀子が何かをシラヌイの方に放り投げた。それは椰子の実の様な果物だった。シラヌイはそれを空中で先程のベールに包み、一瞬で黒焦げに変えて見せる。
「テツ、
純一はまだ不服そうだ。
「僕も重力操作で
「駄目よ。この技は、このベールの空間内にある物を燃やす技よ。掌の向きは関係ないわ。このベールは電気を通す金属の様な私のフリンジ毛。極超短波はこのベールに跳ね返されて、このベール内にある水分に振動を与え発熱するわ。言わば高出力の電子レンジなの。庫内から出られなかった要君は、矢張り黒焦げね」
「ちぇ。上手いことしてやられたな……」
「さっき負けたから、これで1勝1敗ね。要君と闘えて楽しかったわ……。
さ、有希ちゃんもその気になったみたいだし、私もそろそろ、お役御免かな? じゃあ、またね要君……」
シラヌイはそう言うと、観客席に手を振ってから、足取りも軽く戦士控室へと戻って行った。
観客は、妖狐界の闘うプリンセス
こうして彼女は再び、この妖怪世界のスーパーヒロインに返り咲いたのだ。
ただ、当分、彼女は政治的な行動はせず、妖怪世界の治安維持の為、不良人間や悪質妖怪の取り締まりのみを行っていくに違いない。少なくとも数ヵ月の間は……。
純一はそんな彼女を見送りながら、ふっとタメ息を吐いた。
「しかし、凄いな、電化製品の殆どの機能を自分の技に出来るのか……。
電化社会が進化すればするほど、彼女は無敵になって来るってことじゃないか……。
もう、敵わないな……」