有希の冒険 封印されし力(5)
文字数 1,892文字
有希は目を逸らすことも出来ず、そのまま後退りして行くが、そこは広々とした校庭、隠れる場所など近くに無い。
悪魔の能力は、腕輪を嵌めた今は使えない。魔法の呪文は、かれこれ10年以上唱えておらず、正しく唱えられる自信もない。素手で闘える様な修行も、最近の有希は何もやっていない。
実は結構ピンチなのではなかろうか?
有希は後ろを向いて、必死で校舎の方へと走り出した。しかし、それも虚しく、校舎の50メートルも手前で後ろから来た敵に押し倒された。
それは丁度、大きな犬にのしかかられたような感じだった。
有希は仰向けになって、上半身だけでも体を起こそうとするが、女から姿を変えた巨大な獣に体を抑えられ身動きが取れない。
女だった獣の口が大きく開き、有希が喉を噛みちぎられる……と、そう覚悟した瞬間、パチッと指を鳴らす不思議な音が響いた。
何が起こったのか?
それは有希にも分からない。だが、有希を抑えていた獣は、横に大きく弾き飛ばされていた。
獣は跳ねる様に身体を起こし、有希とは反対側、校門の近くに立っている相手を睨みつけている。有希も立ち上がり、獣の視線の先を確かめた。すると、そこには有希と同じ位の1人の少女が立っている。
少女は、冷ややかな笑いを込めて、その獣に向かって話を始めた……。
「その子を放しなさい!」
「風花、邪魔しないで!」
「あなたなんかに、風花なんて、馴れ馴れしく名前を呼ばれる筋合いはないわ!」
少女は風花と云うらしい。有希はその少女に助けを求めた。
「助けて……」
風花と呼ばれた少女は、自分が弾き飛ばした獣と有希との間へ素早く移動し体をいれ、有希を敵から守る彼女の楯となる。
「もう大丈夫よ」
「あなたは?」
「私は風花。政木家の一族よ」
有希はその苗字を聞いて、風花の背中近くから一歩遠ざかった。その政木と云う苗字は、この獣の名乗った苗字だったからだ。
「そうよ、お嬢ちゃん……。この子はね、血の繋がりはないけど……、私の妹なの」
獣が嬉しそうに言う。
「ふざけないで。あんたなんか、お姉ちゃんじゃない!」
しかし、その獣は笑っている。そして、2本足で立ち上がり、また先程の女性の姿に戻った。しかし有希には、その姿はもう亡霊にしか見えない。
風花は、
「指パッチンしか出来ない風狸が、私に歯向かおうなんて、百年早いわ」
そいつらは、ぼんやりとした黒い霧のような物体だったが、目だけは赤く、怪しく冷たい光りを放っている。
「お嬢さん、校門の外に早く逃げて。ここはこいつのフィールドになっている!」
言われるまでもなく、有希は全力で走って逃げた。黒い陰はその有希を追ってくる。
そいつらは、映画のゾンビの様に、ゆっくりと追いかけてはくれなかった……。
丁度、街中を荒れ狂う暴徒のように、人間並みの速度で猛然と走ってくるのだ。そして、黒い陰ではあったが、手に何か武器らしき物も持っている。
有希は逃げた。あと少しで校庭を脱出出来るところまで……。
しかし、その希望も、校門前の地面から、例の黒い陰が新たに湧き上がってきたことで絶望へと変わる。
有希は、風花に助けを求めようと視線を向けてみた。だが、彼女は
有希は試しに呪文を唱えてみた。
すると、頭上に魔法の矢、マジックミサイルが現れる。有希は右手で狙いを指示し光の矢を発射した。一番簡単な攻撃呪文ではあったが、それは成功し陰の一体に命中する。
「出来る! 呪文!!」
だが、その間に、黒い陰は有希を取り囲んで、有希を嬲り殺しに出来るのが嬉しいとばかりに、ゆっくりと包囲の輪を狭めていた。
有希は次の呪文を唱える。
今度は無数の光の矢が、有希の背中部分に放射線状に広がって浮かび上がってくる。その姿は、有希を中心に仏の後光が花開いている様であった。
「光背光矢!」
この呪文は、言わばマジックミサイルの乱れ撃ちだ。しかし、この魔法は失敗に終わり、光の矢はフッと消えて無くなる。
有希が魔法の失敗により、絶望に打ちひしがれている時だった……。青紫色や薄紅色に輝く美しい火の玉が、有希を取り囲む様に浮かび上がって来た。
「あ、これで焼き殺されるんだ……」