有希の冒険 喜津根温泉にて(3)
文字数 2,014文字
もし、季節が真冬だったら、それはかなり厳しいことになっただろうが、今は初夏、雪景色も紅葉も楽しめはしないが、単純に温泉を楽しむなら悪い季節ではない。
露天の岩風呂までは、裸足で歩いても構わない様に玉砂利と綺麗な御影石の飛び石の歩道になっていて、足許には月明かりに見える様に細工された灯りが点されている。そして、脇には竹で出来た垣根が
そんな小径を、有希は石畳をぴょんぴょん跳びながら、子供の様に
「有希さん。余り
有希は分かっているのか、分かっていないのか、一応「は~い」と云う返事だけは返してきた。
「全く、大人なんだか、子供なんだか……。でも、あの御仁の娘さんなのだから、仕方ないわね……」
静峯は心の中でそう思った。しかし、もしかすると、口に出していたかも知れない。
岩風呂はありがたいことに、有希と静峯の他には誰もいなかった……。
静峯は、温泉の暖かさに満足気に目を閉じている。一方、有希はと云うと、色々珍しいらしく、大きな目をさらに大きくして、そこら中を眺めまくっていた。
「そんなに珍しいかしら?」
「ええ、温泉に来るのって初めてなんです。父もこんな風に眺めてました?」
静峯は面白そうに声をあげて笑った。
「フフフ……。私は、お父様と混浴なんて、したことはありませんよ……」
「あ、そうか……。ところで、あっちの時空の
「そんなこと聞いてどうするのです?」
「何となく……」
「あなたのお父様が初めてこちらに来られた時、
「そうなんだ……」
静峯は、その時、有希の父は別の女性と一緒だった……などと、敢えて、口にすることもない。そして、それ以上の説明も……。
その後、少しの沈黙が続いた。有希も今は黙って湯舟に浸かっている。
「有希さん、さっきは吃驚しちゃったわね。でも彼、結構ハンサムじゃない?」
「そうかなぁ?」と言いながら、有希はまんざらでも無い様だった。
「ウサギをお土産に持ってくるなんてね」
「でも、あのウサギ、血だらけだった……」
「あら、ご不満? 血まみれの死骸で、気持ち悪かった?」
「冗談でしょう? あれだけウサギを血まみれにするなんて、一回で噛み殺せなかったんだわ。彼、ウサギなんて、滅多に獲ったこと無いのよ。何度も何度も必死に追いかけて、きっと一所懸命ウサギを獲ったに違いないわ。そうやって、私の為に態々持ってきてくれたのよ、不満な訳ないじゃない!」
「あなた、妖狐に嫁ぐ資格充分ね……」
静峯はそう言って、有希にまたニッコリと微笑んだ。
「本当のこと言うと、私、すっごく嬉しかったの。彼が私のこと大切にしてくれるなら、私、彼の子を産んでもいいかなって……。
でも、私、まだ色々なことしたかったの。もし、子供を作るんだったら、その子を育てることに全力を尽くしたい。私の母が私にしてくれた様に……」
「お母様? そう言えば、有希さんて随分しっかりしているけど、お父様お母様は、あなたに厳しい人だったのかしら?」
「私、父に叱られた記憶なんて、一度も無いですよ。母からも滅多に叱られたことは無かった……。でも、本当に私が悪い事をした時、母は叱ってくれたんです……。
私、能力は封じられているにしても、やっぱり悪魔でしょ。人間の母が私を叱るのって、命賭けなんです。それでも母は必死で叱ってくれてました。
私だって、『どうして私だけ叱られるの? 友達だって、みんな同じことやっているじゃん!』って、反発したいことも何度もありましたよ。でも、命賭けで叱る母に、反発なんて出来る訳ないじゃないですか?」
「じゃ、ずっと我慢してきたのね」
「そうでもないです。その後、泣きながら母の背にしがみついて、『何々しちゃ駄目? あたしも何々ちたいの』って言うと、母も可哀想だと思って、ある程度は妥協してくれましたから……」
「あら、結構狡いのね?」
静峯は、有希を見て声をあげて笑った。そして、楽しそうに言葉を続ける。
「明日の拝謁、そして、その後の大仕事、それが終わったら、また来てくださらない? 今度は、あなたのお母様もご一緒にね」
有希は、嬉しそうに大きく頷いた。