有希の冒険 喜津根温泉にて(3)

文字数 2,014文字

 更衣室で裸になり、2人はそろって露天岩風呂の所まで歩いて行った。
 もし、季節が真冬だったら、それはかなり厳しいことになっただろうが、今は初夏、雪景色も紅葉も楽しめはしないが、単純に温泉を楽しむなら悪い季節ではない。

 露天の岩風呂までは、裸足で歩いても構わない様に玉砂利と綺麗な御影石の飛び石の歩道になっていて、足許には月明かりに見える様に細工された灯りが点されている。そして、脇には竹で出来た垣根が紫蘭(しらん)胡蝶花(シャガ)であろうか、葉先の尖った草に覆われていて、外からは見えない様にさりげない工夫がされている。
 そんな小径を、有希は石畳をぴょんぴょん跳びながら、子供の様に(はしゃ)いで、岩風呂へと進んで行った。静峯はと云うと、後ろから、手拭いで覆いながら、ゆっくりと歩いて有希の後をついて行く。

「有希さん。余り(はしゃ)ぐと、転んでお尻に痣を作りますよ。それから、湯舟には飛び込まないでね。他のお客様がいらっしゃると、ご迷惑よ……」
 有希は分かっているのか、分かっていないのか、一応「は~い」と云う返事だけは返してきた。
「全く、大人なんだか、子供なんだか……。でも、あの御仁の娘さんなのだから、仕方ないわね……」
 静峯は心の中でそう思った。しかし、もしかすると、口に出していたかも知れない。

 岩風呂はありがたいことに、有希と静峯の他には誰もいなかった……。
 静峯は、温泉の暖かさに満足気に目を閉じている。一方、有希はと云うと、色々珍しいらしく、大きな目をさらに大きくして、そこら中を眺めまくっていた。

「そんなに珍しいかしら?」
「ええ、温泉に来るのって初めてなんです。父もこんな風に眺めてました?」
 静峯は面白そうに声をあげて笑った。
「フフフ……。私は、お父様と混浴なんて、したことはありませんよ……」
「あ、そうか……。ところで、あっちの時空の沼藺(ぬい)さんも妖怪なんでしょう? 父と沼藺(ぬい)さんって、ここで知り合ったの? 父と沼藺(ぬい)さんって、混浴とかもしたのかなぁ?」
「そんなこと聞いてどうするのです?」
「何となく……」
「あなたのお父様が初めてこちらに来られた時、沼藺(ぬい)は生まれていません。人間と狐では成長度合いが異なるのです。それと、お父様と沼藺(ぬい)は私の知る限り、一度も男女の関係になったこともないし、一緒にお風呂に入ったこともない筈ですよ」
「そうなんだ……」
 静峯は、その時、有希の父は別の女性と一緒だった……などと、敢えて、口にすることもない。そして、それ以上の説明も……。

 その後、少しの沈黙が続いた。有希も今は黙って湯舟に浸かっている。
「有希さん、さっきは吃驚しちゃったわね。でも彼、結構ハンサムじゃない?」
「そうかなぁ?」と言いながら、有希はまんざらでも無い様だった。
「ウサギをお土産に持ってくるなんてね」
「でも、あのウサギ、血だらけだった……」
「あら、ご不満? 血まみれの死骸で、気持ち悪かった?」
「冗談でしょう? あれだけウサギを血まみれにするなんて、一回で噛み殺せなかったんだわ。彼、ウサギなんて、滅多に獲ったこと無いのよ。何度も何度も必死に追いかけて、きっと一所懸命ウサギを獲ったに違いないわ。そうやって、私の為に態々持ってきてくれたのよ、不満な訳ないじゃない!」
「あなた、妖狐に嫁ぐ資格充分ね……」
 静峯はそう言って、有希にまたニッコリと微笑んだ。

「本当のこと言うと、私、すっごく嬉しかったの。彼が私のこと大切にしてくれるなら、私、彼の子を産んでもいいかなって……。
 でも、私、まだ色々なことしたかったの。もし、子供を作るんだったら、その子を育てることに全力を尽くしたい。私の母が私にしてくれた様に……」
「お母様? そう言えば、有希さんて随分しっかりしているけど、お父様お母様は、あなたに厳しい人だったのかしら?」
「私、父に叱られた記憶なんて、一度も無いですよ。母からも滅多に叱られたことは無かった……。でも、本当に私が悪い事をした時、母は叱ってくれたんです……。
 私、能力は封じられているにしても、やっぱり悪魔でしょ。人間の母が私を叱るのって、命賭けなんです。それでも母は必死で叱ってくれてました。
 私だって、『どうして私だけ叱られるの? 友達だって、みんな同じことやっているじゃん!』って、反発したいことも何度もありましたよ。でも、命賭けで叱る母に、反発なんて出来る訳ないじゃないですか?」
「じゃ、ずっと我慢してきたのね」
「そうでもないです。その後、泣きながら母の背にしがみついて、『何々しちゃ駄目? あたしも何々ちたいの』って言うと、母も可哀想だと思って、ある程度は妥協してくれましたから……」
「あら、結構狡いのね?」
 静峯は、有希を見て声をあげて笑った。そして、楽しそうに言葉を続ける。

「明日の拝謁、そして、その後の大仕事、それが終わったら、また来てくださらない? 今度は、あなたのお母様もご一緒にね」
 有希は、嬉しそうに大きく頷いた。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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