有希の冒険 再戦! 純一対沼藺(2)
文字数 1,984文字
それは、嘘がバレない様にする為……。
つまり、純一の言っていることは、恐らく全て嘘だと云うことだろう。勿論、射程から態と外れ、嘘の様に本当のことを言うことも出来る。だが、有希の父は、そんな器用なことの出来る人ではない。
大体、ストーリーが先程の
ただ、その台詞には、有希よりも観客の方がより大きく反応した。
一般観客席の最前列の柵では、狐の少年レナルドが身をのり出し、純一に猛烈な抗議をしている。
「あんた、有希の父さんなんだろう? どうしてそんなこと言うのさ!
俺に憑りついて、一緒に有希を助けに行ったのはあんただろう? それを今更、なんで有希を殺そうとするのさ!」
そしてもう一人、オサキの里の棟梁はもう既に柵を越え、闘技場へと宙を舞っていた。
だが、それより早く闘技場に入り、純一に攻撃を仕掛けた者がある……。
彼は純一の胴を抜き打ちに払っていた。
だが、純一も『皮膚硬化』だけでは到底防ぎきれないとみて、後方へと跳んでそれを避けている。
「真久良さん、あなたも敵に回りますか?」
そう、それは先程まで純一の
「当然でしょう?
邪な悪狐とまで言われちゃ、私だって黙ってはいられませんからね……。大体、悪は、悪の字の付く大悪魔……鉄男君の方じゃないのですか?
可愛い娘を物の様に扱って、気に入らないからと言って、暴力を振って切捨てようとする。最低ですよ、あなたは。
元々、私は、鉄男君とは仇敵の間柄ですからね……。いい機会です。決着を付けようじゃありませんか?
まぁ、鉄男君のことですから、どうせ剣の腕では勝てないので、相手を重くして動けなくしてから闘うのでしょうけどね……」
純一は、態とらしく大声で笑った。そして、敢えて相手の挑発に乗る。
「僕と闘おうなんて、身の程知らずのオサキ狐だなぁ……。いいですよ。『重力質量変換』なしで闘いましょう。それでも真久良さんなんか、僕の敵じゃありませんよ……」
真久良は、日本刀らしき武器を八艘崩れに構えてかと思うと、間髪入れず気合を込めて純一に斬り掛かった。
一方、純一の方は「ツインサーベル」と叫んで、両手の2本の指を細身の剣に変え、その真久良の強烈な打撃を右へと受け流す。
尾崎真久良は、元は耀子たちの時空の狐剣士であり、その剣の腕は、狐正信、政木大全を凌ぎ、政木狐家中随一の腕前であった。
また、指先から放つ妖気の光弾も必殺の威力を持っており、和洋いずれの闘いでも
その彼が今、純一に叛旗を翻し、彼を討たんと刀を手に襲い掛かっている。
有希も、跳び込んできた棟梁も、観客席のレナルドを始めとする妖怪たちも、この展開にはただ唖然とするしかない。
勿論、真久良は何も考えず、単純に興奮して乱入してきた訳ではない。彼には彼なりの計算があった。
向こうの観客席から、この世界の自分が乱入するのを見て、真久良はこのままでは純一と彼が斬り合いを始めると考えたのである。
この世界の真久良が純一に敵う訳がない。
だが、今の純一は有希の前で甘い顔をすることなど出来ないのだ。となると、向うの真久良は、多少の人的損失は仕方ないと判断され、最悪、斬り殺されることになるだろう。
だから、真久良は敢えて自分が闘うことにしたのだ。それに、自分が今の純一にどれほど通用するか、彼自身試してみたかったと云う理由もあった……。
真久良の左右の連続した打ち込みに、純一は両手のサーベルを巧に操ってそれを防ぐ。
しかし、全身の気合を込めた両手持ちの打ち込みだ。片手で支える細身の剣で受けきれるものではない。数回に1回はサーベルが弾かれ、純一の体に真久良の攻撃が炸裂した。
当然、純一はそれを『皮膚硬化』でガードしてはいる。だが、それでも内部へ伝わる衝撃は、完全に防ぎきれてはいなかった。
その連続攻撃は、真久良有利の状態で暫く続いた。暫くと言っても、1分にも満たない時間ではあったが……。
一方、彼と同じ姿のオサキの里の棟梁は、この間に有希の脱出を企んでいた。
「有希さん、ここの人たちは狂っている。有希さんはここから逃げるべきだ。行き場所がないなら、オサキの里に来ればいい。私たちなら……」
しかし、有希には、彼の言葉など全く聞こえていなかったのである……。
有希はそれまでずっと口を閉じていたが、段々とそれが開いて行き、一言、「真久良さん……」と口にした。彼女の2つの目には、既に満々と涙が溜まっている。
その有希の表情から、自分の背中でどの様なことが起きたか……、オサキの里の棟梁は振り返らずとも悟ることが出来た。