有希の冒険 模造品(2)

文字数 2,020文字

 闘技場(アレーナ)の藤沢耀子は、観客席に座る姪の有希に言葉を掛けて来た。
「有希ちゃん、あなたも知っている通り、私は一度闘い始めたら、相手に容赦しないことにしているの……。
 この風花って子は、私のターゲットじゃないから、今なら助けてあげてもいいけど。闘いが始まったらもう遅いわよ。
 お友達を止めてみる?」
 だが、風花は、その耀子の台詞を馬鹿にした様に嘲笑い、取り合おうとしない。
「あら、随分な自信じゃない? 後でその台詞、後悔しないでね」

「風花! 冗談じゃないのよ!」
 そう叫び、今にも乱入しそうな有希の肩を、沼藺(ぬい)は隣の席から手で押さえて制する。
「有希ちゃん、風花は狐でなくとも、政木の娘なのよ。絶対負けることなど無いわ。万が一に負けることがあったとしても、死んでも譲れないプライドってものがあるのよ!」
沼藺(ぬい)さん! そんなプライド、何になるの? 死んだらお終いじゃない?!」

 有希がそれを言った瞬間だった。有希の目の前、彼女の頬を掠める様に、一発の光弾が斬り裂いていく。それは、宇宙人方の真ん中の戦士が撃ったものだ。
 有希の頬の位置とは言い換えると沼藺(ぬい)の直ぐ脇でもある。沼藺(ぬい)は横の壁を打ち抜いた宇宙人の戦士をキッと睨みつけた。その戦士は既にフードを外し、その素顔を曝している。

 宇宙人の顔は、有希と沼藺(ぬい)には見慣れたものであった……。
「オサキ村の棟梁…?!」
 そう、その顔はオサキ村の棟梁のものだった。だが、沼藺(ぬい)のその言葉に、有希は首を振ってから訂正の言葉を発する。
「違う……。あれは真久良さんじゃない。あれは……、父よ……」

 だが、有希の言葉に、沼藺(ぬい)が驚く隙などは無い。純一の光弾とほぼ時を同じくして、風花が指を鳴らし、耀子に攻撃を仕掛けていたのだ。
 こうして、風花と耀子の闘いは、有希の懸念を他所に遂に始まってしまう……。

 不意を突いた風花の指鳴らしは、耀子の額に当たり、彼女の頭をジャブでも受けたかの様に頭を後方にスイングさせた。だが、彼女の攻撃はそれだけの結果でしかない。スイングも止まり、額に赤い痕を残した耀子は、表情が残忍なものに変わり、口角を上げゆっくりと笑みを浮かべる……。

「風花の指鳴らしでは、あの宇宙人を吹き飛ばすことは出来なかった……」
 沼藺(ぬい)も、この相手の恐ろしさに今やっと気が付いた様だった。そして、指鳴らししか出来ない風花には、もう勝機など少しも残ってはいないと云うことも……。

 だが、風花はチャンスとばかりに、指を続けざまに鳴らす。しかしそれは、高速のサイドステップを踏む耀子に由って、全て(かわ)されてしまう。
 風花が、攻撃が命中しないことに不安を感じたその瞬間、耀子は逆襲を仕掛けた。
 高速で風花に近づき、耀子は風花の右肩を右手の人差し指で突いたのである。
 その指は、人間のものとは思えない程に長く、そして固く鋭く変わり、風花の右肩を刺し貫いていく。この攻撃で、風花は肩を痛め、唯一の攻撃手段である指鳴らしを封じられた。
 耀子は指を元に戻すと、直ぐに右手を引き、その至近距離から右のボディブロウを叩き込む。質量を増加させた鉄球(モンケン)パンチだ。
 その一撃は相当威力があったらしく、風花は体を前に折り曲げたまま、その動きを止めてしまう。
「うん、今ので、内臓の1つか2つは破裂しただろうな……」
 耀子はそう言うと、今度は左のフックを風花の右顎に叩き込んだ。
 風花は大きく吹き飛んで、腹を両手で押さえたまま地面に倒れ込む。これで風花は、体をくの字にしたまま、自らの力で起き上がることが出来なくなった。

 耀子は風花の髪の毛を掴んで無理矢理引きずり起こすと、再びボディに左のレバーブロウを叩き込む。(そもそも)、立つことも苦しかった風花だ。今度は何の抵抗もなく右に吹き飛び地面に投げ出された。
 耀子はゆっくりと風花のところへと歩いて行く。そして今度は、彼女の喉首を左手で掴み、頭上高く吊るし上げる。月宮盈、そして有希も得意とするワンハンドネックハンギングツリーだ。
 高々と掲げあげられた風花は、少しの身動きも出来ず、狩られた獲物の様相を呈している。逆に耀子の姿は、猟師が狩り殺した獲物を誇らしげに自慢する姿そのものだった。

「風花と言ったな。どうだ気分は……?
 さあ、これからお前の皮を剥いで、ジビエの獲物らしく下拵えしてやろう。ちょっとした解体ショーだ……。
 そうだな、先ず右目から抉ってやろうか? それとも左目からがいいか?
 何だ? 返事も無いのか? つまらん」

 耀子は風花に反応が無いので、観客席の沼藺(ぬい)の方に言葉を掛けた。
「おい、沼藺(ぬい)。どうだ、お前の妹はプライド高く死んで行くぞ。妹を褒めてやったらどうだ? 政木の家の養女になったばかりに、そして姉に闘いに引きずり込まれた為に、ここで無残に殺されて行く哀れな妹をな……」

 沼藺(ぬい)は呆然と立ち上がり、よろよろと観客席の最下段、つまり最前列にまで降りて来て、今にも息絶えようとしている妹の姿を見つめていた。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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