有希の冒険 ヌルデ村の戦い(9)
文字数 1,893文字
勿論、こうして、ダンスをしようって訳ではないぞ。私の額にも琰が埋め込まれているのだ。これで貴様に止めを刺してやる! 覚悟しろ! 大悪魔め!!」
有希は嫌ではあったが、その敵にキスしようとした。最後の抵抗だ。それで生気が吸えれば相手を倒すことが出来る。
しかし、それもこの男の想定内だったのだろう。顎を引いて避けたウィシュヌは、そのまま自分の額を有希の額に当てがった。
ウィシュヌの額と有希の全身が、眩い光に包まれる……。
その時、レナルドは必死に走っていた。有希の元に……。
彼女がピンチなのは分かっている。勿論、彼女が覚醒さえしていれば、この程度の敵など恐れることはない。しかし、闘いは何が起こるか分からないものだ。だからこそ、彼はここに居るのだし、だからこそ、レナルドは必死に走っていた。
彼の前に、時折人間のハンターが現れることがあった。そんな時、レナルドはハンターが攻撃を仕掛ける前に高速化し、その敵の脇をすり抜けている。それはレナルドの肉体に相当の負担を強いたが、レナルドもそれは了解済みのことだった。
城兼にそれを託された時から、彼も覚悟は出来ている!
この10分ほど前、城兼はレナルドを1軒の空き家に誘いだし、彼にひとつの提案を持ち掛けていた……。
「おい、お前さん、お前さんは有希を助けたいと思うか?」
「当り前だ!」
「だったら力を貸せ。誰かが有希を助けに行かねばならん。俺が行きたい所だが、俺は村も守らねばならない。
村を守る程度なら、俺は1人でも何とか闘える。だが、お前さんはそうではない。
だからだ、俺が託された力をお前に預ける。そうすれば、お前さんは有希の力になることが出来る。
どうだ? やってはくれないか?」
それに対し、レナルドは当然だと言わんばかりに頷いた。そして今、レナルドは託された力、即ち、彼と共に有希の救出に向かっている。
「僕は有希に助けられた。今、僕が助けなければ誰が助けるのだ。誠意は行動で示さねばならない……」
それは、妖狐としての常識的な倫理観であった。だが、レナルドの場合には、別の特別な感情も多分に交じっている。
一方、レナルドに託された彼も、レナルドの思いは何となく察していたのだが、彼はそれを少々複雑な気持ちで受け止めていた。
そして、後に残った真久良と城兼は、時折現れるハンターの襲撃から村を守っている。城兼の場合、真久良が人間のハンターを殺そうとするのを、「今回だけは」と抑える役目も持っていたのだが……。
有希はもう駄目だと思った。
有希は知りもしないが、レナルドは彼女を助ける為にこちらには向かっている。だが、まだ数分は掛かる。
真久良たちは、村をハンターから守るので、ヌルデ村を離れることが出来ない……。
有希の身体が輝き、目の前の男の額も輝いている。そして、一秒もしないうちに、その光は燃料の尽きたランプの様に小さくなっていき、音も無く消えて行った……。
有希は以前、師匠である月宮盈が語った昔話を思い出した。その中で、彼女はこんな台詞を口にしている。
「人間の作ったもので……、私を封じれる筈もない……」
敵は額を抑え、膝から崩れ落ちていた。
額、両手の掌、両足の甲、恐らく全ての琰が砕け散ったに違いない。琰が埋め込まれた彼の体の部位は、身体の内部を鋭利な破片が刺さってしまったのか、青黒く内出血を起こしている様だ……。
相手の拘束から逃れた有希は、ゆっくりとした動きで、この絶望に苛まれ、跪いている男の
右手で彼の顎の下を掴むと、有希は生気を奪って抵抗できない様にし、ウィシュヌの質量を軽減させ、片手だけで一気に頭上へと持ち上げた。
ネックハンギングツリー……。このまま、ドルイド僧を扼殺しようと云うのである。
それは、勝利の望みを失った戦士が、有希と云う樹に首縊られ、処刑されている図にも見えた。
それでも……、
有希は、最後の一線で人間だった。
有希は、ウィシュヌが息絶える寸前に、彼を解放し、地面へと彼を傷つけない様にゆっくりと降ろしたのである。
敵はもう意識を失ってしまっている。このままにしても良いだろう……。
後は、妖怪ハンターのリーダーと交渉し、ヌルデ村への攻撃を
妖怪ハンターの作戦司令部に残っているのは、間違いなく只1人。それも脅威のレベルからして、彼こそがリーダーに違いない。
有希は、妖怪ハンターのリーダーに会う為、その家へと歩き始めた。
だが、もう時間がない。彼はあの呪文を完成しつつある。有希には分かる。その恐ろしい魔法の正体が……。