有希の冒険 覚醒(6)

文字数 1,664文字

 有希の顔の皮膚で出来た針は、確実に耀公主の眼を貫いていた。いや、貫いたかに見えた。だが、その状態にも関わらず、耀公主の笑い声が聞こえて来る。そう、彼女は口も開かずに笑っていたのである。

 耀公主は、鉄球(モンケン)パンチを放っている間も、有希の目が死んでいないことに気が付いていた。そう云うことに気付かない敵は、相手の術中に嵌り、最後に必ずうっちゃりを喰うことになる。だが、耀公主は違っていた。
 彼女は有希を良く知っている。そして、有希と極似している父の性格もだ。
 彼女の父純一は、この様な場面になると必ず諦めた振りをして一発逆転を狙う。勿論、有希のその攻撃は、彼女が咄嗟に思い付いたもので、耀公主も有希の針山攻撃を完全に予期できていた訳ではない。
 だが、耀公主は、これ程の脅威を発する敵を相手に、無造作に攻撃することだけはしていなかった。

 有希が貫いたものは、彼女の頭ではない。
 これも実は純一が以前に使用した技……。
 肩の皮膚を頭に思わせ、本当の頭を相手の見えない位置に置き、致命傷を負わせたかに思わせる。相手が勝利を確信した後、それが無意味であったことを知らせ、相手の失望感と無力感を倍加させ、精神的なダメージを与えるのだ。

 有希がそれに気付いた時、耀公主の鉄球(モンケン)パンチが彼女の顎を捉えていた。有希は力なく吹き飛ばされ、地面を転がり俯せに倒れる。
 耀公主は、有希の針が刺さったままの肩の皮膚を元の位置に戻し、下目使いに有希の姿を確認した。有希は、ゆっくりした動きではあったが、直ぐに身体を起こしフラフラと立ち上がる。
 彼女も死んではいない。身体も、精神も、また、その眼の輝きも……。

 寧ろ、一層、追い詰められたのは、耀公主の方であった。
「もう直ぐ『魔封じ』が切れる。あれをやるしかない。あれをやって駄目なら、私にはもう手がない……。黙って有希に殺されよう。
 また、あれで有希が死ぬ様なら、もう、どうにもならない。歴史はそれで固定され、私たちは死ぬも何も、この存在が消滅してしまうのだ……」

 覚醒が召喚に応じる為の条件なのだろう。
 もし、有希が覚醒しなかったら、有希は召喚されず、この時空の全ては消滅する。
 純一も美菜も生き残っておらず、有希は生まれて来ない。だから有希は召喚されない。有希が召喚されないと云うことで歴史と矛盾が生じない為、歴史はそれで固定されるに違いない……。

 耀公主は呪文を唱えた。もう隠すこともしない。それが何の呪文だかは、有希にも明確に分かった。アルウェンから教わった、氷系の最強呪文『極光乱舞』だ。
 有希は誇らしかった。自分はここまで師匠と渡り合え、ここまで相手に屈することなく耐えきった。しかし、流石に魔法無しで『極光乱舞』は防ぎきれない。
 呪文発動前に耀公主を倒そうにも、その呪文の完成までの時間では、今の有希には倒し切ることは出来ないだろう。
『気流砲』や『アンカーロープ』で相手をぶち抜いても、彼女は呪文を止めないだろうし、『光線砲』で相手を倒すには、エネルギーの充填が恐らく間に合わない。『重力質量変換』は全く意味がないし、その射程からは既に外れている。

 有希は今、母、新田美菜のことを思い出していた……。
「一所懸命やったんだけど、それでも駄目だった時……。こんな時、いつもママは私を慰め、寧ろ褒めてくれた。
 私は悔しくて悔しくて、何かに当たりたくて、何かのせいにしたくて、自分の本気じゃないと誤魔化したくて……。
 でも、ママは良く『本気になって負けることが大切なのよ。それが一番、人を成長させるの』と言っていた。そして、『勝った時には自分の実力の限界が分からない。途中で諦めた時は実力が何なのかも分からない。本気になって負けた時だけが、自分の実力が分かる。そして、次に闘う時、それが成長の糧になるのよ』と……。 
 今の有希をママは褒めてくれかなぁ? でも、次は無さそうだよ、ママ……」

 耀公主は呪文を完成した。
 そして、必要な訳ではないが、その呪文の名前を叫んで、魔力を発動させる……。
『極光乱舞』と。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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