有希の冒険 封印されし力(7)

文字数 1,949文字

 さて……、
 その頃、純一と美菜は自宅のリビングで、無言のまま、有希の帰りを待っていた。

 有希が行方不明になったことは、純一も悪魔能力で感じ取り、仕事を途中に、非常識な方法で早々に帰宅している。
 そして、彼が早退して来たことで、美菜にも、有希の身に何かがあったと云う事が、暗黙の内に伝わっていた。

 実は純一は、口にこそ出してはいないものの、有希はもう生きていないと考えている。彼の『危険察知』に有希を感じることが出来なくなっていたからだ。
 もし、有希がこの世界に生きているならば、愛娘とは云え、あれ程の大魔法使いの脅威を、彼が感じ取れない訳がない……。
 美菜も、純一が有希を探しに行こうとしないので、最悪の事態の覚悟をしていた。
 もし、純一が有希を助けられるものなら、彼が何もしない筈がないのだ。それを美菜が問わなかったのは、唯、答を聞くのが恐ろしかったからに過ぎない……。

「あっ……」
 それだけに、今、有希の細やかな脅威を感じた時の、純一の喜びは一入(ひとしお)であった。
「本当……?」
 美菜も、純一から有希が自宅の方に向かってきていることを告げられた時は、涙を抑えることが出来なかった。

 そして、数十分後、一頻り喜びを爆発させた為か、有希が沼藺(ぬい)と風花に連れられて家に戻った頃には、純一も美菜も、冷静さを完全に取り戻していたのである……。

 有希が帰って来た時、純一はリビングのソファに座ったまま、玄関まで態々迎えに行こうとはしなかった。帰りがたった30分遅くなっただけの有希を心配し、早退までしてきたと言うのが少々照れ臭かったのである。
 美菜も美菜で、沼藺(ぬい)と風花に礼を言いつつも、有希に「連絡位ちゃんとしなさい」と、一言を添えることを忘れなかった。
 勿論、不当な叱責ではある。
 それでも、感謝の気持ちと言って、沼藺(ぬい)と風花を夕食に招いていることから、母親が非常に心配していたであろうことは、娘の有希にも感じられた。

 一方、沼藺(ぬい)と風花はと云うと、リビングに案内されると、ソファに腰掛けて、その間の、新田一家の微笑ましい姿を満足そうに眺めていた。
 勿論、2人が新田家に招かれたのは、これを見たいが為ではないし、美菜たちに押し切られたからと云う理由でもない。
 沼藺(ぬい)たちは、有希が襲撃された事について、事件の背景を彼らにに説明しようと考えていたのである。
 沼藺(ぬい)は、当事者である有希と、保護者である彼女の両親には、当然、事件の経緯を知る権利があると判断した。
 そう云う訳で、2人は、夕食までの時間を利用し、今回の出来事について話をしようと考えている。
 だが、それだけではない……。
 それとは別に、沼藺(ぬい)には、純一にある頼み事があった。それもここで伝えようと彼女は考えている……。

 リビングのソファには純一と有希、対面側に沼藺(ぬい)と風花が腰を降ろす。美菜は食事の支度があった為、席には着いていない。

 純一は、沼藺(ぬい)に声を掛ける直前、その手首にフリンジと云う彼女独特の体毛が無いことに気が付き、

沼藺(ぬい)とは初対面であると云うことを再認識した。
 純一は思う……。
「考えてみれば、僕はこの時空の妖怪層には、行ったこともなかったし、妖怪と会ったこともなかったなぁ……」

 純一は、娘の恩人に礼を述べた……。
「有希のこと、ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。お嬢さんを巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「ところで……、姫神様と馬神様はご壮健ですか?」
「え? どなたでしょう?」
 純一は、彼女がオシラサマの娘ではないことも理解した。
「いえ、何でもありません。僕の勘違いです。あと……、政木の大刀自と云う方を御存じではありませんか? もしご存知であれば、その方は今……」
「祖母は元気ですよ。元気過ぎて困るくらい。でも、新田さんは、祖母のことを御存じなのですか?」
「ええ、会ったことはありませんけど、予々(かねがね)お噂をお聞きしていたものですから……」

 キッチンで話を聞いていた美菜が、不思議そうに口を挟む。
「どうしたの? 他人行儀に。沼藺(ぬい)ちゃん、本当に久しぶりね。もっと寛いで、自分の家だと思って……」
 これには風花の方が不思議がる。
「勘違いじゃありませんか? 姉と新田さんのご主人は初対面ですよ……。
 そう言えば、何かご主人と一緒に、うちの姉が怪獣と闘ったって有希ちゃんから聞いたんですけど、その方のことでしょうか? だとすると、それ、きっと偽物ですね」
「え、そんなこと……」

 純一が、キッチンの美菜に、ウィンクしながら声を掛ける。
「おふたりと僕は初対面だよ。ママは勘違いしているんじゃないかな……」
 美菜は口を噤んだ。きっと悪魔だけに分かる何かで、純一は敢えて、沼藺(ぬい)と初対面と云うことにしているに違いない……。美菜はそう理解した。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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