有希の冒険 オサキの里(4)

文字数 1,796文字

 沼藺(ぬい)は、オサキの里への移動に『狐の抜け穴』を利用した。そこで、ふと彼女は自虐的な笑みを洩らしてしまう。

「考えてみると変なものね。自分たちの屋敷に行くには警戒して『狐の抜け穴』を使わないと云うのに、政木家に存念のあるオサキの村には、無造作に『狐の抜け穴』で行こうとするなんて……」
 沼藺(ぬい)は心の中でそう言ってから、有希の方を見た。本当に有希の魔力は封じられ、今の声も聞こえていなかったのだろうかと。

 オサキの村の入ると、そこには1メートル程度の狐が何匹も歩いている。中には人間の様に直立し、貫頭衣を着ている者もいた。四足歩行の狐たちですら、有希の知る狐とは何かが違っている。それは、その大きさと、尻尾が二股に割れているところか……?
 だが、その狐たちも、皆、沼藺(ぬい)の姿を見ると、人間を見た野生動物の様に、さっと脇に避けて隠れて行ってしまう。矢張り、彼女はその村では恐れられているらしい……。

 そうこうしていると、向うの方から人間の姿をした男が、有希たちの方に向かって来た。そいつは黒いシャツと黒いズボン、そのズボンのポケットに両手を突っ込んで、少し下を向いてゆっくりと歩いている。
 沼藺(ぬい)は、緊張のあまり手を握り絞め、一方、有希は、嬉しくなって思わず手を振りそうになった……。

「政木家の霊狐様が、態々ご来訪とは、いかなるご用件ですか? まさか、今ここで、長年の遺恨に決着を付けようと言うのではないでしょうね?」
「今日はそういう用件ではありません。あなたに逢いに来たお嬢さんを、ここまで送って来ただけです。2時間後に迎えに来ます。では、用件はこれだけですので、私は早々に帰ります。あなた方からは歓迎されていない様ですしね……」
 沼藺(ぬい)はそう言うと、有希を置いて、さっと後ろに向き、来た道を戻って行ってしまう。
 それで結局、有希は、黒ずくめ服装の男とオサキの村の真ん中に、ポツンと取り残される形となった。

 有希は下から、その男の顔を除く様に質問をしてみる。
「あの……、オサキの棟梁さんですよね。お名前は……、真久良さんでいいのかしら?」
「変なことをご存知ですね。ええ、真久良で結構ですよ、お嬢さん。お嬢さんこそ、お名前は?」
「有希。私、新田有希と申します」
「新田有希? 知りませんね。どこかでお会いしてますかね?」
「あなたとは初対面ですけど、何度もお世話になっていますわ」
「不思議なお嬢さんだ……。ところで私に何の用ですか? 見たところ人間のような風情だし、あなた何者なのですか?」
「人間ですよ……?」
 それを聞いたオサキの棟梁は、驚きの為に思わず眉を(ひそ)めてしまう。
「人間? 人間ですって? あなた、私が誰だか知っているのですか?」
「だから真久良さんでしょ? 取り敢えず、何かご馳走してください。私、お腹空いちゃったんです!」

 真久良は、この手の相手が苦手だった。困惑してしまうとしか言いようがない。
 怒るのも馬鹿らしいし、呆れてもいられない。こっちは嫌な奴を演じている筈なのに、そんなことを全く気にせず、自分の世界に勝手に引きずり込んでくる。
 こちらの彼は会ったことは無いのだが、別時空の彼が妻とした耀子も、実はこのタイプであった……。

「分かりました。取り敢えず、ご招待します。フフフ、でも大丈夫ですか? 蛙の煮物と井守の黒焼きしかありませんけどね……」
 真久良は少し意地悪を言ってみた。これでこの小娘は気持ち悪がって、「ご馳走しろ」なんて口にしなくなるだろう……。

 だが……、真久良の目論見は、簡単に外されてしまう。
「やったあ! ご馳走さま!」

 有希がこの程度、気持ち悪がる訳もない。(そもそも)、好奇心の塊の様な彼女が、食べたことの無い物を拒否する筈がないのだ。

 有希は、毒が無く、不味くさえなければ何でも食べる。
 父親の純一が、世界には色々な文化があることや、相手の食べるものを食べないと云うことは、相手の文化を侮辱することだと、口を酸っぱくして言ってきたせいもある。それに加え、彼女には偏見が少ない。一度食べて不味かったもの以外、食べられない物など在りはしないのだ。

 真久良は、行きがかり上、仕方なく、宿敵である人間の娘を自宅に招待し、昼食を御馳走する破目になってしまう。それも、普通の食事しかない時に……。
 しかし、普通の食事を一番残念がっていたのは、真久良ではなく、実は有希の方だったのであるが……。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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