有希の冒険 オサキの里(4)
文字数 1,796文字
「考えてみると変なものね。自分たちの屋敷に行くには警戒して『狐の抜け穴』を使わないと云うのに、政木家に存念のあるオサキの村には、無造作に『狐の抜け穴』で行こうとするなんて……」
オサキの村の入ると、そこには1メートル程度の狐が何匹も歩いている。中には人間の様に直立し、貫頭衣を着ている者もいた。四足歩行の狐たちですら、有希の知る狐とは何かが違っている。それは、その大きさと、尻尾が二股に割れているところか……?
だが、その狐たちも、皆、
そうこうしていると、向うの方から人間の姿をした男が、有希たちの方に向かって来た。そいつは黒いシャツと黒いズボン、そのズボンのポケットに両手を突っ込んで、少し下を向いてゆっくりと歩いている。
「政木家の霊狐様が、態々ご来訪とは、いかなるご用件ですか? まさか、今ここで、長年の遺恨に決着を付けようと言うのではないでしょうね?」
「今日はそういう用件ではありません。あなたに逢いに来たお嬢さんを、ここまで送って来ただけです。2時間後に迎えに来ます。では、用件はこれだけですので、私は早々に帰ります。あなた方からは歓迎されていない様ですしね……」
それで結局、有希は、黒ずくめ服装の男とオサキの村の真ん中に、ポツンと取り残される形となった。
有希は下から、その男の顔を除く様に質問をしてみる。
「あの……、オサキの棟梁さんですよね。お名前は……、真久良さんでいいのかしら?」
「変なことをご存知ですね。ええ、真久良で結構ですよ、お嬢さん。お嬢さんこそ、お名前は?」
「有希。私、新田有希と申します」
「新田有希? 知りませんね。どこかでお会いしてますかね?」
「あなたとは初対面ですけど、何度もお世話になっていますわ」
「不思議なお嬢さんだ……。ところで私に何の用ですか? 見たところ人間のような風情だし、あなた何者なのですか?」
「人間ですよ……?」
それを聞いたオサキの棟梁は、驚きの為に思わず眉を
「人間? 人間ですって? あなた、私が誰だか知っているのですか?」
「だから真久良さんでしょ? 取り敢えず、何かご馳走してください。私、お腹空いちゃったんです!」
真久良は、この手の相手が苦手だった。困惑してしまうとしか言いようがない。
怒るのも馬鹿らしいし、呆れてもいられない。こっちは嫌な奴を演じている筈なのに、そんなことを全く気にせず、自分の世界に勝手に引きずり込んでくる。
こちらの彼は会ったことは無いのだが、別時空の彼が妻とした耀子も、実はこのタイプであった……。
「分かりました。取り敢えず、ご招待します。フフフ、でも大丈夫ですか? 蛙の煮物と井守の黒焼きしかありませんけどね……」
真久良は少し意地悪を言ってみた。これでこの小娘は気持ち悪がって、「ご馳走しろ」なんて口にしなくなるだろう……。
だが……、真久良の目論見は、簡単に外されてしまう。
「やったあ! ご馳走さま!」
有希がこの程度、気持ち悪がる訳もない。
有希は、毒が無く、不味くさえなければ何でも食べる。
父親の純一が、世界には色々な文化があることや、相手の食べるものを食べないと云うことは、相手の文化を侮辱することだと、口を酸っぱくして言ってきたせいもある。それに加え、彼女には偏見が少ない。一度食べて不味かったもの以外、食べられない物など在りはしないのだ。
真久良は、行きがかり上、仕方なく、宿敵である人間の娘を自宅に招待し、昼食を御馳走する破目になってしまう。それも、普通の食事しかない時に……。
しかし、普通の食事を一番残念がっていたのは、真久良ではなく、実は有希の方だったのであるが……。