有希の冒険 封印されし力(1)

文字数 1,757文字

 その日の新田家のリビングは、ガラスのテーブルを中央にしてソファを向き合わせる形に家具の配置が変えられていた。
 美菜は部屋の掃除に余念がなく、有希も何となく落ち着くことが出来ない。で、純一はと云うと、休日の接待ゴルフに出かけることもなく、彼も彼で何となく手持ち無沙汰にしていた……。
 そんな感じで時は経ち、結局、新田家の3人は、予定の時刻の15分も前から、今日の来訪者の訪れをソファに座って無言で待っていたのである。

 有希からすると、そのお客は自分の祖母の様な感じで、何時も有希を可愛がってくれる大好きな女性だ。逆に美菜からすると、それは純一の母、つまりお姑の様な存在であり、どう云う態度で接して良いものか、今だに良く分からない苦手な相手でもあった。
 実際のところ、美菜はまだ、純一の母親に会ったことはないのだが、実の姑と会う方が、もう少しリラックス出来るのではないかとすら思っている。
 それは、恐らく『思い出』の彼女と会った、初対面の印象のせいだろう……。苦手意識の原因を美菜はそう考えていた。

 そして、約束の11時を少し過ぎた頃、新田家のドアチャイムが鳴る。
 有希が玄関前を映し出しているモニタを確認すると、そこに映し出されていたのは、有希が見たことに気付いたかの様に、にっこりと微笑む初老の美しい女性の姿……。
 確かに年齢的には、純一の母で通る歳であり、有希のお祖母(ばあ)ちゃんで何も不思議はない。ただ、彼女から発せられるオーラのような気配が、どこにでもいる普通の老女でないことを如実に物語っている。

 耀公主と呼ばれた月宮盈も、もう60に手が届く歳になってしまっていた。
 玄関で孫娘に抱きつかれ、大喜びする様は、本物のお祖母(ばあ)ちゃんと思われても文句は言えないだろう……。そして、この姿は、性別こそ違えど、美菜の父である新田武蔵老人と何の違いもなかった。

 盈は有希に手をとられ、リビングの方へと引っ張られる様に入って来る。
「盈さん、今日は態々来て頂いて、申し訳ありませんねぇ……」
 純一が、少しも申し訳なさそうもなく声を掛ける。
「私が態々、お前の為に来る訳が無かろう? ほら土産だ……」
「お、本当に買ってきてくれたんですね、鎌倉カスター。これが好きなんだけど、こっちの時空には、どこにも無くって、食べたかったんですよ……」
 純一は盈から差し出された包を受け取ると、嬉しそうにそう答えた。
「これは、賞味期間が今日1日。だから、出がけに買わなくてはならなかったのだぞ。感謝しろよ」
「あら、美味しそう! 今、お紅茶を入れますね……」
 美菜は、お茶を入れると云う口実で、席を外せることに感謝した。リビングでは有希が盈に、「次は舟和の芋羊羹と餡子玉がいい」と強請(ねだ)っている様だった。 

 有希の師である月宮盈は、有希の将来に関する重大な決断の為に、今日は新田家へとやって来ている。これは彼女の将来を決める話し合いではなく、有希の決断を実行する、所謂ひとつの儀式に近いものであった。

 ソファに着くと、月宮盈は残念そうに正面に座っている有希に確認した。
「それにしても惜しい……。もう一度、考え直してみる気は無いか? 有希……」
 それに有希は何も言わなかったが、替わりに純一が答えを返す。
「盈さん、有希が自分でそう決めたことですよ……。僕らが、兎や角言うことではないでしょう……」
「お前、父親だろう? 有希の素質は、私や耀子、お前などとは比べ物にならない程、桁外れな物なのだぞ。こいつだったら、成長次第で、全ての悪魔を統率し、秩序ある世界を悪魔界に造ることも、決して不可能なことでは無いのだ!」
「盈さん、娘は人間として私たちと生きることを選んだのです。私はそれを嬉しく、誇りに思います」
 美菜も席に着くと、盈にそう反論する。

「惜しい、惜しいが仕方ない。確かに今、腕輪を嵌めなければ、有希が人間でないことは誰の目にも明らかになる。
 人間の母から生まれた為か、生まれた直後は人間と変わりがなかったが、まだ就学前だと云うのに、有希は既に中学生程度の判断力と、なりは小さいがアスリート並みの運動能力を有している。
 人として生きるのであれば、もうこれが限界だろう……」
 盈は残念そうに呟く。
 そして、そう言われた有希は、少し含羞(はにか)んだ素振りを見せた。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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