ミメの伝説 アルウェン消滅(4)
文字数 1,975文字
そこから、土星軌道付近にあたる正面の暗黒の中に、太陽の光を反射した不気味な白い星が見えている。
そう。それこそが、世界を破滅に追いやる宇宙のウイルス……ファージだ。
彼らがファージに遭遇したのは、ジズが発進した2日後、トルク星系人のワープトンネルをジズが通り過ぎ、矢口隊員の悲鳴をBGMに、航空迎撃隊が太陽をすり抜けて行った少し後のことであった……。
「しかし、長い旅程だったわね。やっと目的の物体が見えてきたわ……」
操縦席の後ろから、前方のフロントガラスを眺めていた耀子が、それを見つけ嘆息交じりに呟いた。
「まぁ、そう言うな、耀子。これでも時速300万キロを超えておるのだ。これは飛んでもない速度なのだぞ……。
で、そろそろ、アンカー発射の準備をするのだな?」
月宮盈の問いに答え、操縦席のアルウェンは三悪魔に指示を出す。
「はい。では、ボ◇◆〇……、いえ、今は新田純一君でしたね……。ガルラのロケットアンカー操作をお願いします。耀子さんは操縦を、盈さんは私と一緒に減速の呪文を唱えて下さい。この速度の儘では、流石に危険過ぎますからね……」
ガルラが最初、向かって飛んでいたのは小さく光る点だった。しかし、その小さな点は段々と丸い星となり、それが瞬く間に巨大な円盤へと姿を変えていく。
「え、ええ!? 何なのよ。怪獣なんてもんじゃないじゃない!!」
「ええ、前にも言った通り、ファージは地球サイズです。頭の部分の核だけでも、月の半分よりも大きいのです」
「それじゃ、避けるのだけでも大変よ! サイズが星なのよ」
「それに、そんな地球みたいなものに、アンカーを打ちこむ距離まで近付くなんて絶対無理だ! そいつに墜落してしまう!!」
「大丈夫です。ファージには大気がありません。それに、殆ど引力もありません。奴に質量など略無いのですから……。
まぁ、それでも、このガルラと同じくらい重いですけどね……。
ですから、一旦避けてから後ろが見えた瞬間に、アンカーを撃ち込んでください」
耀子はアルウェンの指示に従い舵を切ることで、何とかガルラとファージとの衝突を回避する。そして、純一少年は擦れ違いざま、足が生えている底板部分側面に、ロケットアンカーを打ち込んだ。
ガルラはファージを通り過ぎた後、そのアンカーのロープが張り切ると、その張力でファージを周回する様にコースを変える。これにより、減速していたとは云え、物凄い遠心力が、何Gにもなってガルラの機体と搭乗員に襲い掛かる。それは、並みの人間では当然耐えきれるレベルではない。
一方、巨大飛行物体であるファージの方も、点にも満たないガルラに引っ張られ、ガルラを廻っている。それは蟻に振り回される象、いや、1隻で渦潮に翻弄される巨大船にも見えた……。
その異様な旋回が収まって、ファージが再び太陽に向けて進行し始めるまで、数十分もの時間を要している。その時間でファージも体勢を立て直したが、大悪魔たちの方も、悪夢の様なシャッフル状態から、もう充分に回復を終えていた。
アルウェンは操縦席に座り、他の大悪魔3人も涼しい顔でテーブルに座り、リーダーである彼女の指示を待っている。
もう、何時でも闘いを開始できる状態だ。
アルウェンは操縦席を離れ、テーブルの途中、少しスペースのある場所へと移動した。そして全員に闘いの号令を下す。
「皆さん、では行きますよ。宇宙服は無しでいいですね?」
アルウェンの一言で、大悪魔3人が彼女の所に集まった。そして、アルウェンの目を見て、それぞれが黙って頷く。
次の瞬間、彼らはそこから消えていた。
その頃、航空迎撃隊メンバーを乗せたジズは、トルク星系人の船団と共に、火星外軌道を越えて、ファージへと迫っていた。
ファージは今、土星の軌道を少し入った付近にある。航空迎撃隊メンバーのジズは、未だファージの姿を捉えることは出来ていない。だが、それでもファージは、その進行を一旦減速させられたものの、再び太陽への加速を始めていたのである……。
彼らには、その巨大宇宙船と云うか、準惑星と云うか、表現の仕様のない巨大物体に攻撃を加えることを許されてはいない。彼らに出来ることは、その巨大物体の進行を阻害することだけなのだ。
そして、それは燃料のある限り続き、それが出来ず、燃料が切れ、金星の軌道内まで引きずり込まれたら、もう全てを諦めるしかない。それが、この戦い唯一のルールであった……。
ジズの艦橋には蒲田隊長と沼部隊員が残り、他の隊員は仮眠を取っていた。
「間に合えば良いのですが……」
「間に会わせるんだ。そして、我々の手で、必ずや太陽を守るんだ……」
蒲田隊長は何時になく、自らの決意をハッキリと口にする。そして、沼部隊員も黙ってそれに頷くのであった……。