有希の冒険 封印されし力(4)
文字数 1,797文字
有希が何事かと訝っていると、その女性は、有希の目の前に立ち止まり、少し前
「良かった……。有希ちゃん、あなたに会えて。急いで一緒に来て頂戴。あなたのお母さんが大変なの。美菜さんが倒れたのよ。私、あなたに連絡するのに、学校の誰を尋ねていいか見当も付かなかったの……」
その女性は、息を整えるのも
「あなたは誰?」
「私は
その女性は、会話を続ける時間すら惜しいとばかりに、有希の手を引っ張って連れて行こうとする。有希も母が倒れたと聞いては落ち着いてもいられないが、この女性は何か少し怪しい気がする。
「どうして歩いて行くの……? 急いでいるんなら、タクシーを呼んだ方がいいんじゃないの?」
「人目に付かない場所にさえ行けば『狐の抜け穴』が使えるわ。それなら、タクシーなんかより速く移動出来る……」
「私、1人で行く。何処の病院? 場所を教えて!」
「黙って、一緒に来なさい!」
その少し切れ長の目をした女性は、有希の手を強引に引っ張った。有希はその弾みを食らって、2、3歩前につんのめる。
「あなた本当に何者なの?」
その質問には、女性はただ笑うだけで、もう答えなかった。既に引っ張っていた手も放している。
有希は、鞄の脇に振り下がっているお守りを手に取り、初めてその巾着袋の中を開いてみた。そこには、枯葉色に変色した人間型の葉っぱが、幾重にも折り畳められ収められている。ぱっと見には工芸茶の塊の様だ。
有希は、それを地面に振り落とした。
「これは、あの盈さんが、自分を守るために用意してくれた法具なのだ。どんな危機だって自分を救ってくれる……」
だが、そう思った有希の期待は、直ぐに脆くも崩れ去った。
ヒトガタが大きくなって人間へと変化する前に、
時が経ち過ぎ、乾燥して燃えやすい状態にあったのか、有希の式神は直ぐに火の玉の炎が燃え移り、それで、殆ど煙も出さないうちに燃え尽きてしまう。
勿論、有希はそんな顛末をじっとそこで観察しているほど愚かではない。
彼女は、頼もしい友人や、今回だけは味方になってくれるであろう教師たちがいる、今出たばかりの学校へと戻っていた。
しかし、不思議なことに、校門の中には誰1人いない。校庭には、有希の様に下校する生徒や、部活動をしていた学生が、数分前まではいた筈であった。
唖然として校庭を眺めていた有希に、後方から例の女性が声を掛けてきた。
「ここはね、妖怪層って言って、あなたたちの世界とは異なる世界なのよ。だから、あなたのことを知っているお友達は、誰ひとりここに居ないの……」
有希は振り返って、その女性をキッと睨みつける。
「お母さんのことは、やっぱり嘘だったのね。私をどうする気!」
「ええ、美菜さんが倒れたなんて嘘よ。
私ね、あなたのお母さんがとっても憎いの。あなたのお母さんは、私から純一さんを奪った悪い女なのよ……。
私、あなたのお母さんも、そしてあなたも、とっても憎いの。だから噛み殺してやろうと思っているのよ、あなたたちを……」
有希は雌猫に嫌われた雄猫が、嫉妬のあまり、その雌猫の子どもを襲うと云う話を思い出した。この女はそうした邪心に犯されてしまっているのかも知れない。
「そんなこと、パパが許す訳ない! パパは強いんだから!!」
「そんなこと知っているわよ。ずっと一緒に闘ってきたもの……。この前もね……。でもね、彼はここには来れないのよ。妖怪層に人間は、勝手に入って来れないものなの……」
「……」
「さぁ、お嬢ちゃん! 覚悟なさい!!」
女はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
すると、その上がった口角から、すーっと線が耳まで入り、口が段々と横に開いて裂けていく。
有希が、その口の中に並ぶ恐ろしい牙に気を取られている間に、女の服はビリビリと破れ、全身は黒い毛むくじゃらの、恐ろしい獣の姿へと変わっていたのであった。