有希の冒険 再戦! 純一対沼藺(3)
文字数 1,861文字
純一は真久良の受けが少し遅れる様な位置に、少しフェイント気味の撃ち込みを入れる。真久良はそれを受けたことで、完全に体勢が崩れた。
純一の右からの両手袈裟懸けが、真久良の左肩から右腰までの間に、鉄道の軌道の様な2本の平行した刀傷を付けていく。
その反動で体がスピンし、反転してしまった真久良の背を、今度は純一の右手の横払いが襲う。それを胴に受けて尚、左手1本で上から撃ち込もうとした真久良の右肩から胴にかけて、純一の無慈悲な左サーベルが袈裟懸けに斬り裂いて行く。
純一は最後に、2本のサーベルを嘴の様に合わせた。そうして、真久良の鳩尾付近から背中にかけて、全力で一気に貫き通す。それで決まりだ……。
その体制で2人は顔を見合わせた。真久良は少し笑っている。
「リーマンにしちゃ、中々やりますね……」
「そりゃ、毎日、飛び込み営業で足腰鍛えてますからね……」
真久良の言葉に純一はそう返すと、サーベルを引き抜く為に後方に2メートルばかり跳び退く。しかし、それでも純一は、剣を抜いた弾みで飛び散った真久良の赤い返り血を浴びない訳にはいかなかった。
純一は有希の方に振り向いた。
有希、そして、オサキの棟梁は、呆然とした儘、動くことも出来ない。
「パパ、酷いよ……」
有希はやっとそれだけ口に出した。
「次は有希、お前の番だ。それとも、今度はそこの騎士殿に闘わせるか? 姫君?」
我に返った棟梁が、さっと有希の前へと出ようとした。しかし、有希はそれを左手で制して自分が前に出る。
「パパは、どうしても有希を殺したいと言うのね。分かった。私が死ねばいいんでしょう? だったら、もう関係ない人には手を出さないで!」
有希はそう言うと、両手を横に広げた状態で無防備の儘、純一の目前へと進んで行く。
イチかバチかの賭けだった……。
もし有希が、このまま純一に攻撃されず、あと数歩進めれば純一の心の声が読める。
仮に誤魔化そうと有希に闘いを挑んできたとしても、「はとぽっぽ」を歌いながら接近戦を闘うことなど、いくら純一でも出来はすまい。
だが、純一はそこまで甘くはない。
有希があと数歩と云う所まで近づいた時、彼女の足元から2本の黒い蔓が生え、有希の両足に絡まりながら左右の両手を横に開いた状態にして固定し、彼女の歩みを止めたのである。純一が足の指の皮膚を地面を通して、有希の背後へと伸ばしていたのだ。
これにより、有希は闘技場の真ん中で、十字架に固定された様に
次に純一は、パッと粉の様なモノを有希に振りかける。有希は目潰しと考え目を閉じた。しかし、それは単なる目潰しでは無かった。その粉は気流に乗り、有希の口腔へと納まっていく。
「ハハ、ナフナノ、コレ(パパ、何なの、これ)?」
「心配いらないよ、これは毒ではないから。これは花椒という中国の香辛料さ。有希が苦手な辛口麻婆豆腐によく使われるやつでね、痺れる美味しさって奴さ……」
有希は呪文を意外な方法で封じられた。
そして、純一は右手を逆水兵ショップの様に横に払う。今の間合いなら、普通、その攻撃が有希に届く筈は無いが、純一の右手は特別だ。彼の右手は手首から離れて自在に扱うことが出来る。
有希は今度こそ死を覚悟した。
純一が、その手を槍や手裏剣に変えるのなら、有希は硬化で防げる。そのまま首を絞めるとしても、硬化で耐えることが出来る。極低温の掌底で攻撃するのであれば、即死することはない。しかし、その手で鼻と口を塞がれたとしたら、有希には防ぐ手立てが思いつかない。それをされた場合は、もう窒息するしかないのだ……。
オサキ村の棟梁が、抜き打ちに飛んできた純一の手を切り落としに掛かる。しかし、それも純一の想定内。右手はドローンの様にすっと宙に浮かび上がって彼の刀の軌跡をスルリと避けた。そして、純一の右手は、有希と棟梁を嘲笑うかの様に隙を突いて降りて来て、有希のカナフのポケットに入り、それを見つけ出したのである。
純一が何を企んでいるかが、有希にもやっと理解できた……。
有希の予想通り、純一の右手は彼女のポケットから見つけ出した腕輪を、有希自身の左手首に嵌め、満足した様に持主である純一の腕へと戻って行く。
そう……、純一が有希に嵌めたのは、大悪魔能力を封じる魔封環……。これで有希は、純一の意図を知る為に必要な『読心』までも封じられてしまったのである。