有希の冒険 覚醒(4)
文字数 1,686文字
だが、先程とは、耀公主の気構えが少し違っていた。
彼女はもう『高速移動』を捨てていた。それは遠い昔、彼女が師匠や悪魔仲間と修行した基本的な格闘術。違うのは、拳や攻撃を受けた部分を硬化することくらい……。
彼女は初心に還っていた。
正確に急所を狙う正拳逆突き。前に出ると見せて放つ威力ある前蹴り。懐に入れば出てくる肘と膝。不意を突く左右の廻し蹴り。そして、アクロバティックな跳び後ろ廻し蹴りや踵落とし。
こうなると、素人同然の有希は辛い。何発かは
直撃は『皮膚硬化』と空気バリアで耐えてはいるが、それでもダメージは残る。丁度、鎧の上からバットで殴られている様なものだ。このままでは耐えきれない。
それでも有希は耐えた。あと、どのくらいか分からないが、『魔封じ』が解ける時がきっと来る。それまで耐えれば、有希にも勝機は充分にある……。
有希がフラフラする頭で前方を見た時、そこに耀公主の姿はなかった。だが、それを探す必要はない。巨大な脅威が真上に存在し、ただでさえ倒れそうな有希の頭上から、割れんばかりの圧力が頭痛となって襲って来る。この不快感……、耀公主は間違いなく上空にいるのだ。
これは耀公主の最大の攻撃技……。
耀子の反重力アッパーは、質量増加の反動……重力軽減のタイムラグで上に跳ぶ力を利用し、下から上へと突き上げるが、これはそれでそのまま攻撃するのではなく、上昇・飛翔した後、落下時の加速を利用し、加重・硬化した拳で攻撃すると云う打撃技……。命中すれば最大の威力だが、避けられることも多い、一か八かの必殺技……。
そう。これは彼女がパイルドライビングと呼んでいる、一種のフィストドロップだ。
有希はそれを両手のガードと、濃縮空気バリアで受ける。それだけではない。流石に、その直撃を真直ぐ受けるのは有希も無謀と考えたので、ガードを斜めに傾けて、耀公主の攻撃を横に受け流す形としていた。
衝突……。
壮絶な衝突音が響く……。
有希の必死のガード……。だがそれでも、その威力は遥かに有希の想定を超えていた。この技を受けること自体、
耀公主のパイルドライビングは、有希の空気バリアを突き抜け、硬化した両手のガードに金属音を響かせながら直撃した。耀公主はその弾みで、勢いを横方向に転換。回転しながら転がると、闘技場の壁に強か身体を打ち付けられる。
有希はその時、生まれて初めて硬化した皮膚が砕けると云うことを知った。それは恐らく、父の純一ですら体験したことのない出来事に違いない。そして、それと同時に、彼女の両腕の骨は、硬化した皮膚以上に粉々になっていたのである。
有希は有らん限りの悲鳴を上げた。
しかし、彼女は倒れない。両手はもう上げることも動かすことも出来ないが、彼女は立っていた。
そして……、何故か……、
笑いが込み上げてくる。
有希はそんな自分が不思議だった。
仲間の風花と
両腕はもう動かせず、体中に打撲や切り傷が出来ている……。しかし、何故か爽やかな気分なのだ。
意外と痛みは無い。
腕は気絶する程の痛みがあるかと思ったのだが、その存在すらもう感じない。
何か、もう少しで楽しいことがやって来る様な、そんな、特別な高揚感が全身を包んでいる。自分の目がキラキラと輝いているであろうことは、想像に難くない。何だろう? これが、悪魔の遺伝子の為せる業と云うものなのだろうか?