有希の冒険 再戦! 純一対沼藺(7)
文字数 1,400文字
「今のうちに逃げましょう。有希さん!」
そう言うと、オサキの里の棟梁は有希に絡まっている蔓をなんとか外そうとする。
有希に絡まっているのは、木質化した蔦の様な純一の足の皮だ。それは既に純一の身体からは切り離され、単なる固まった皮のミイラに過ぎない。ならば、巻き付き直すことはない。もう少しで外せる筈だ。
「真久良さん、大丈夫よ。そんなことしなくても。少し離れていて……」
彼は有希の目を見た。その眼は父とその昔の婚約者の闘いを、うっとりと見つめてキラキラと強く光り輝いている。
棟梁は有希を信じて離れることにした。
彼が少し後ろに離れると、不思議な唸る様な音が足元から響いてくる。そして、その音程は少しずつ変化していき、ある音程に達すると音が不意に治まった。
次の瞬間だ。有希を捉えていた荊の様な純一の皮が、激しく振動し、分子レベルで砕かれたかの如く粉々に粉砕したのである。
「有希さん、これは?」
有希は両腕や体を
「『超無窮動』って云う魔法。高速の振動を発生させて、弾性の無い物体を破壊したり、再生する敵の再生を妨げたりするものなの。それを『無声呪文』で唱えたのよ……」
「無声呪文?」
「元々私たちの流派では、魔法と云うものは、脳波の電気信号を静電誘導の様に外界の魔法世界の扉に同期させて実現するもので、
だから、高位な魔法使いになれば、無詠唱で魔法が使えるわ。これを私たちは『無声呪文』と呼んでいるのよ……」
「はぁ……」
「『無声呪文』が使えれば、呪文詠唱中に、その魔法を読まれることも無いし、呪文を唱えながら『無声呪文』で別の魔法を同時に準備することも出来るわ」
『無声呪文』と云う言葉がキーワードになっていたのか、純一の右手は有希の腕輪を離れ本体へと戻っていく。
「有希さん、腕輪を外しましょう!」
「いいえ、外さない方がいいわ。着けて置きましょう」
「何故ですか?」
「これは何時でも外せるもん……」
「でも、あなたのお父さんが、別の方法でキー入力を阻害してくるかも知れませんよ」
「父は、魔力を封じて逃がさない様にする為に、私にこれを着けたんじゃ無いと思うの。
恐らく、1つは生気の管理について教える為、もう一つは『無声呪文』って概念を思い出させる為……。だから今、『無声呪文』と聞いて腕輪のガードを回収したのだと思う。
大体……、時間が経てば、舌の痺れは取れるから、呪文はまた唱えられる様になるわ。呪文を封じるのが目的だったら、もっと別の方法で呪文を封じないといけない筈よ。
そして、呪文が唱えられたら、こんな拘束、全く意味がない……。
でも、そんなこと、父が分からない筈がないわ。にも関わらず、父は何も対策をしていない。きっと、魔封環を外せるようになることは、父も想定内だったのだと思う……」
「そんなに物事を考える人には、とても見えませんけどね……」
「そう言えばそうかな? お、決着がついたみたいね」
有希の生気を純一が奪い、長期戦となるかと見えた純一と霊狐シラヌイの闘いは、再開後、意外と簡単に勝敗が決したのである。