有希の冒険 ヌルデ村の戦い(7)
文字数 1,638文字
そこに出た時、有希はもう敵の配置に気が付いていた。敵のリーダーは1軒の家の中に、その家の前、広場の中心には同等の黒い脅威を持つ敵が1人。そして、有希を取り囲む様に、弱めの敵が14名森に潜んでいる。
有希は、敵の脅威の強さや質は分かる。
但し、叔母の耀子と違って、それが実際の相手になった時、どの程度の強さになるか? また、どんな性質の敵になるか? その判断は未だ付かない。
それは、悪魔の能力の強弱の差と云うより、経験に基づいた熟練度の問題なのだ。有希にはその熟練が足りていない。
当初、有希は敵を過剰に警戒し続けていた。しかし、実際に見て、それ程でもないことが分かると、今は少し、過小評価に傾いている。
確かに、ここにいる連中は、ヌルデの村に攻め込んでいるハンターたちよりは脅威だ。だが、所詮は人間。有希が負ける筈がない。有希はそう信じていたし、強ちそれは誤りでもない。
有希は父の能力を受け継いでいる。どんな武器で攻撃されようとも、条件反射的に皮膚が硬化し、自身が傷を受けることはない。そして叔母の能力も受け継いでいる。敵の位置、隠し持っている武器、不意打ちの攻撃、それらも全て手に取る様に分かる。そして自分の能力。近づきさえすれば、相手の考えている事……、具体的な戦術も、殆ど筒抜け状態になる。
だが、この連中の脅威に対して、有希はもう少し警戒すべきであった。彼らは有希の具体的な能力を知らなくとも、悪魔の特質については概ね理解していたのである。
さて……、この様な状況で、大悪魔は屡々会話を楽しむ。
お互いがどう云う布陣を敷いたのか? 戦闘についてどう考えているのか? どちらが戦術的に勝ったのか? しかし、この軍団は、その様な敵同士のコミュニケーションを楽しむ趣味は無いらしい。彼らはすぐさま有希を抹殺するための作業に取り掛かった。
彼らの中で、正八角形に位置するドルイド僧が、先ず広場と森の境界付近の地面に独鈷を挿し込む。但し、これは先程ヌルデの村に施した妖力を封じるものでなく、悪魔の魔力を封じる八角円の金属製の独鈷だった。
そして、その8人を含めた全員が、森から現れて悪魔封じの結界の中に入って行き、有希を倒す為に彼女を取り囲んでいく。
大体、結界と云うものに捉えられた者は、力を封じられてから、初めてそれに気が付くことが多い。
真久良たちもそうであったし、有希も同じ轍を踏んだ。特に有希は、先程の結界が自分に無力であった為に、悪魔のことなど知らないだろうと、敵のことをかなり軽んじていた。その結果、有希は人間となった状態で、この怪しい武器を持った僧侶15人と闘う破目に陥ってしまったのである。
彼らは長柄錫杖と云う棒で、有希に次々と襲い掛かってきた。本来なら、その様な物、有希には何の問題もないのだが、今、彼女は人間に戻っている。悪魔であった期間の遺産とも云うべき運動能力で、何とか素早くそれを
だが、やられてばかりの有希ではない。
相手の行動にかなり動揺した有希であったが、直ぐに自分を取り戻し、その対策を実行に移した。
結界の端に追いやられた時に、彼女は自分の腕に、カナフのポケットから取り出した金の腕輪を嵌めたのである。
この結界は悪魔の能力を封じるもので、悪魔はこの結界からは自由に出ることが出来ない。それは結界の壁と内在する悪魔の能力が反発する為で、悪魔の能力のない人間は、その限りではないのだ。
腕輪を嵌めた有希は、もう悪魔ではない。
彼女は結界からあっさりと外へ出て、森の際に刺さっていた独鈷の一つを蹴り飛ばした。そして、嵌めた腕輪を再び外し、復讐に燃える残忍な目付きで、敵の集団を睨みつける。
こうして、外した腕輪をカナフのポケットに戻した時、有希は再び完全な悪魔に戻っていたのである。