有希の冒険 覚醒(7)
文字数 1,425文字
『極光乱舞』は相手の全身の分子から、熱エネルギーを光に変えて放出させ、相手を凍結させる大魔法だ。
しかし、有希は凍り付かなかった。光は最初に少し漏れ出しただけで、有希を凍結させるには至らない。呪文はそこで停止した。
「呪文が失敗し、不完全だったのか?」
耀公主は最初はそう思ったのだが、そうではないことに彼女も直ぐに気付く。有希の後ろに、巨大な霞の様なジニーの影が、両掌を耀公主に向けて呪文を遮っていたのだ。
ジニーは『魔法反転』、リバースの呪文を唱えている様だった。しかし、その呪文完成は有希、いや、耀公主でも不可能な程の早さだ。そんな高速で呪文完成できる者など、耀公主でも1人しか思い浮かばない……。
一方、耀公主には有希の後ろでジニーに見えたものが、有希からは目の前の少女として映っている。それは初めて見る金髪の、有希と同じ歳くらいの少女だった。
「なんだ、あなただったのか……」
有希は、朦朧とする頭でそう思った。
因みに、観客からは、有希が呪文を唱え、最後の最後に呪文のカウンターを発動したかの様に映っている。その少女は、有希の心の中に存在する為、傍から見ることなどは出来ないのものなのだ……。
少女の唱えた『魔法反転』は、耀公主の唱えた『極光乱舞』を反射させ、耀公主へと氷結魔法を襲い掛からせていた。
有希の身体から流れ出ていた光のリボンが、今度は耀公主の体から流れ始める。
「何とか……なった様だな。
全く、手間を掛けさせおって。兎に角これで……、この
耀公主は、それだけ言い残すと、直後に全身を霜に覆い尽くされ、そのまま粉々に砕けて行った。そして、その粉々になった破片は、白い霧となって、淡雪が溶ける様に音もなく消えていく……。
「そうか……、ママの『思い出』だったのね。盈さんが憑依したのは……」
有希は、その場で立ったまま気を失い、前のめりに倒れた。それを地面に落ちる前に受け止めたのは、白瀬
霊狐シラヌイは、有無も言わせず有希に金丹を飲ませる。有希は悲鳴を上げた。あまりの激痛に目を醒ましたのである。
「どうやら、金丹で痛みを思い出したみたいね。でも、金丹は痛みも和らげている筈なのよ。だから我慢なさい。それに痛みは回復の為に必要なものだし……」
「でも、これでは、痛みに耐え切れず死んでしまうわ……」
有希の心の中の別人格は、シラヌイにそう言うと、自身の全身に『麻痺』の呪文を唱えた。麻酔替わりなのだろう。完全には程遠いだろうが、有希は死ぬほどの痛みから、多少はそれで解放される。
「じゃあ、後は有希が自分で何とかしてね」
有希の心の中の別人格はそう言うと、その後は黙って行動の決定権を有希に戻した。
どうやら、この有希の中で覚醒した別人は、有希の身体を乗っ取って支配しようと云うのではなく、有希の人格の1つとして、オブザーバー的な立場で有希の行動決定に関与する心算らしい。
結局、月宮盈たちが懸念した有希の精神崩壊は、単なる杞憂に過ぎず、純一が信じ願った通り、基本的に有希は、元の有希の儘でいられると云うことの様であった。
因みに……、
後に有希は、自分の中に存在する別人格を良心……。あるいはアルウェンと名付ける。