有希の冒険 模造品(1)

文字数 1,864文字

 決戦の半刻前、円形闘技場(コロッセオ)は既に開始のゴングを待つばかりの状態になっていた。

 貴賓席(最前数列分のエリア)の正面中央には、政木の大刀自とその配下の狐侍たち。
 宇宙人方貴賓席の最後列に座るのは、黒いコートのフードを目深に被った3人の宇宙人の戦士。そして、貴賓席の後方にある一般市民席のエリアには、応援に回った狐を始めとする妖怪の一団が陣取っている。
 一方、反対サイドには、風花、沼藺(ぬい)、有希の3人が貴賓席最後列に座り、一般市民席には彼女らを応援する、これも妖怪の集団が座っていた。
 この応援団であるが、宇宙人サイドには人間界侵攻を推進する妖怪が座り、有希のサイドには、人間界侵攻に反対する妖怪が陣取っている。
 まぁ基本的には、こう云う図式であるが、単純にそれだけと云う訳でもない。
 政木家の美しき闘うプリンセス沼藺(ぬい)は、アイドルスターとして多くの狐系妖怪から絶大な支援を受けているが、彼女の少し高慢な態度から、(アンチ)沼藺(ぬい)の妖怪の存在も少なくはない。その観点で、どちらの側にするか決めている妖怪も少なからず存在していたし、また、一部のオサキ狐の様に、主義は反人間であるが、今回だけは有希の応援をしていると云う妖怪もない訳ではなかった。
 そう……。
 この闘いは、妖怪層の未来を決める決闘であると同時に、妖怪たちにとって、ある種エンターテイメント的な催し物にもなっていたのである。

 午の刻の鐘。双方の戦士がアレーナと呼ばれる闘技の場へと現れて来る時が来た。
 先ず有希の側の先鋒、風狸の風花が観客席からアレーナを囲む3メートルもの高さのフェンスを跳び越え、一気にアレーナの中央に登場する。
 宇宙人の側は、フードを目深にかぶった3人のうちの1人で、肩にぐったりした女性の体を担いでいる奴らしい。
 その宇宙人は立ち上がり、ゆっくりと円形闘技場の観客席の階段を降りて行く。だが、宇宙人自身はアレーナに入らない。宇宙人は観客席の最下段まで来ると、その肩に担いだ人間をアレーナに投げ入れた。
 その投げられた人間は、風花の近くまで飛び、そこの地面で弾んだ後、転がり止まった。風花はその身体が当たって怪我しない様に数メートル後ろに跳び退く。
「何の心算?」
 風花の質問に、宇宙人は無言のまま、そのフードを取り去り、髪を直した。その中の顔、それは紛れもない風花の姉、沼藺(ぬい)のものだった。
 その沼藺(ぬい)は、無表情のまま、元の宇宙人の戦士の席へと戻って行こうとする。

 多くの観客たちが、その沼藺(ぬい)と有希の側の沼藺(ぬい)とを何度も見比べる。その中で有希だけは、宇宙人の沼藺(ぬい)の袖口の中に、あのフリンジがあるのを見逃さなかった。
「あなた誰? それに……、闘わない気? 逃げるの?」
 宇宙人側の沼藺(ぬい)は振り返り、風花の質問に答えを返す。
「私は沼藺(ぬい)。勿論、私はあなたのお姉さんではないわ。そして、あなたのお相手はそこに投げた遺体がする……。少し待っていてね、直ぐ動き出すから……」
 風花は呆然とその宇宙人を見送った。そして、宇宙人が席に着くのと同時に遺体が動き出すのを見て、風花はその大きな目を一層大きく見開く。

 宇宙人はゆっくりと立ち上がると、体に着いた砂ぼこりを軽く(はた)いた。そして風花に向かってニッコリと微笑む。
 有希はその顔を凝視し、風花以上に大きく目を見開いた。そして悪魔の能力を駆使して敵の正体を確認する。もし、万が一それが事実であれば、大変なことになる。
 そして、それは間違いではなかった……。

 有希は風花に向かって大声で叫ぶ。
「風花、ギブアップして! あなたじゃ、この人には敵わないわ!!」
「あら? 有希ちゃんは、ああ言っているわよ。どうする?」
 動き出した宇宙人は、笑みを浮かべながら風花に問う。だが、風花は、降伏を勧める有希に向かって大声で拒否の返事を返した。
「何言ってるのよ、有希! 宇宙人って言っても、相手は人間よ。私が負ける訳ないじゃん。それに、これは戦争よ、戦士3人ずつしかいないけど……。
 だから、この闘いは、どちらかが相手を殺すまで終わらないわ。ギブアップなんてない! 負ける時は、私が死ぬ時よ!!」
「風花、駄目よ!!」
 もう、有希の目には涙がいっぱい溜まっている……。

 有希の言葉を、風花はもう完全に無視している。仕方ない……。有希は相手の女性への説得を試みることにした。
「耀子叔母さん、どうしてこんなことしているの? なんで、あなたが宇宙人なの? それは後でいいわ、風花を助けて、お願い!」
 そう、その姿は父純一の妹……、
 大悪魔、藤沢耀子その人であった……。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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