有希の冒険 模造品(3)

文字数 1,774文字

 耀子は風花を一旦下に降ろし、再び拳による攻撃を再開した。それも、拳を普通の重さのまま、相手が直ぐに息絶えない様にと、しつこくボディを狙う。

 耀子の攻撃が命中する度に、風花は地面に崩れ落ちた。そして、1人ではもう立ち上がれない風花を、耀子はまた髪の毛を掴んで無理矢理立ち上がらせ、再びボディに拳をぶち込む。耀子はもう、この攻撃に徹することにした様だった。
 風花は意識があるのかないのか、もう本人にすら分かりはしない。

 その繰り返しが10を超えた辺り……、耀子が風花の髪を持ち彼女を引きずり上げた時、体を細かく震わせていた沼藺(ぬい)が、消え入りそうな小さな声で呟いた。
「助けて。妹を助けて……」
「おい、聞こえんな? 何か言ったか?」
「助けて、風花の命を助けて!」
 沼藺(ぬい)は今度は大声でそれを叫んだ。
 耀子は指の皮をロープに変え、それで沼藺(ぬい)の左手首を縛りあげると、一気に彼女を闘技場(アレーナ)の中央まで引き寄せた。沼藺(ぬい)は精神的なショックの為か、何の抵抗もせず地面に叩きつけられる。それは巨大な魚が一本釣りで釣り上げられたかの様だった。

「おい、それがお願いする態度か?
 そう云う時は両手を突いて、頭を地面に擦りつけてお願いするのが筋ってものだろう?
 それとも、政木のプリンセスには、そんなこと、プライドが許さないかな?」
 耀子は風花を左手でぶら下げたまま、沼藺(ぬい)に命令する。沼藺(ぬい)はゆっくりと、その指図に従った。
 それを終えた沼藺(ぬい)の額は、競技場(アレーナ)に撒かれた砂で黒く汚れている。風花は、そんな姉の姿を涙を溜めた目で見つめていた。

「お姉ちゃん、止めて……。お姉ちゃんはそんなことしちゃ駄目。私なんか、狐と違う風狸なんだから……、お姉ちゃんがそんなことする価値なんて無いよ……」
 耀子は風花の言葉を聞いて、再び沼藺(ぬい)に尋ねる。
「妹はああ言っているぞ。どうする? 血の繋がらない風狸なんかの為に、大切なプライドに泥は濡れないよな……。どうだ? 止めるか?」
「血の繋がりなんか関係ない。風花は大切な、1人っきりの妹よ!」

 そういう沼藺(ぬい)に、耀子は次の命令を出す。
「ほう、本当かな? では、この大観衆の前で四つン這いになり、3遍廻って『ワン』と言え。狐の姿などでするなよ、それでは当たり前だからな。人間の姿のままでだ……。
『コン』ではないぞ、『ワン』だ!」
 沼藺(ぬい)は、今度も黙って耀子の指示に従った。そんな沼藺(ぬい)を風花は黙って見ている。
「良くやるな……。自分の身内可愛さに、そこまでやるとはな……。本当にプライドは全て捨てたらしいな」
 沼藺(ぬい)は黙っていた。
「おお、そう言えば、先ほど私は狸の糞を踏んだのだ。酷い所だな妖怪層(ここ)は……。
 済まないが、靴を綺麗にしてくれないか?
 お前の舌で。靴の底まで舐めて……」
 耀子は沼藺(ぬい)の顔を残忍そうに覗き込み、にやりと笑った。

「耀子叔母さん! いくら何でも酷い!」
「有希ちゃんは黙ってなさい!」
 有希のクレームを、耀子は一喝する。
 沼藺(ぬい)は四つン這いのまま、耀子の靴の近くにまで近付いた。
「さあ、舐めろ。それとも止めるか? あるいは隙をついて私を騙し討ちにするか?
 どれを選ぶもお前の自由だ……。
 親切だろう? 選択の余地を与えたのだ」
「これを……、舐めれば……、風花を助けてくれますか?」
「助かるかは分からんぞ。だが攻撃は止めてやる。こいつのギブアップを認めよう。そして、これが最後だ。お前に『次の闘いを態と負けろ』などと言ったりはしない。どうだ? 政木のプリンセスが、妹可愛さに、狸の糞を舐めるか?」
 沼藺(ぬい)はそれを聞くと、ゆっくりと耀子の右の靴に顔を寄せ、舌を伸ばした。

 この状態で沼藺(ぬい)の動きは一旦停止した。
 それは唯、狸の糞を舐めるだけのことではない。彼女のこれまで培ってきた、全てを捨てることだった。政木のプリンセスだと家来や領民に模範を示してきたが、これからは『狸の糞の舐めた姫様じゃ』と言って馬鹿にされ、蔭口を叩かれ、言うことも聴かれず侮られるに違いない。
 もし仮に、それが領民の命を救うものなら、領民から神と崇められもしよう。だが、これはあくまで身内を助けると云う私事に過ぎない。そんな私事では、誰も同情などしてはくれないものだ……。

「でも、それでもいい。自分は風花を助けたい。全てを捨てても……」
 沼藺(ぬい)は舌を伸ばしたまま、顔を耀子の靴に近付けていった。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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