悪魔たちの休日(1)
文字数 1,623文字
クリーム色のタイトなスーツに帽子、おしゃれなサングラスを身に纏い、ハイヒールを鳴らし大股で歩くその姿は、『ティファニーで朝食を』のオードリーヘップバーンも
反対側からは女性がもう1人、こちらは若干ラフな姿。セーターとGパンの上に安手の上着を引っ掛けている。彼女は広場を越えて花見客の多い、小径の方へと向かっていた。
この女性、巣鴨の庚申塚にある眼科医院で長年働いていた人物で、今年こそはと桜まつりの会場を訪れ、のんびり花見を楽しもうと考えている。
さて、このラフな方の、もう初老と言ってもいい女性、実は昔、不思議な言動の多い、少し変わった人間だったのだが、今はごく普通の生活を営む1人の主婦になっている。
彼女の名は藤沢耀子……。
時計台の前からヘップバーンは降りていき、耀子は広場から時計台の方へと登って行く。桜に気を取られ、上を見続けていた2人は、擦れ違いの時、ぶつからない様にと目線を下げ、お互いの顔を確認した。
世の中には、こうした擦れ違いは
「あの……、違っていたら、ご免なさい。耀子さんじゃありません?」
藤沢耀子は名前を呼ばれ、不思議そうに振り返った。息子の友達のお母さんだろうか? どうもその辺りには、思い当たる女性を耀子は思い出せない。
「ええ、藤沢耀子ですけれども、どこかでお会いしましたでしょうか? 年のせいか、直ぐには思い出せなくて……」
ヘップバーンの方はサングラスを外して、にっこりと笑う。
「やっぱり、耀子だ。変わってないな~。あたしよ、あたし!」
耀子は、サングラスを外したその女性を直ぐに思い出した。確かに耀子の言う通り、彼女は年の為か、人の顔を覚えられなくなってきている。だが、不思議なことに、遠い記憶にある友人の顔だけは、今でも直ぐに思い出すことが出来るのだ。
「さなえ? 早苗なの?」
それを聞いて、早苗と呼ばれたヘップバーンの方は、飛び跳ねる様に喜びを露わにする。彼女の思考は、この一瞬であの当時に戻っていた。
「ひっさしぶり~。どう? 元気してた?」
「早苗こそ、どうしたのよ? 五十年ぶりかな~?」
「そんなに経っている訳ないじゃん! 私たち、還暦にはまだ……、ほんの少しだけ余裕あるんだから……」
「ところで……、早苗、今日は時間はある? どこかでお茶しない? ここはお話するには、ちょっと騒がし過ぎるから……」
「もち、OKだよ。用事があってもキャンセルするけどね。耀子は大丈夫?」
「うん、旦那は日本にいないし、息子は何処で何をやっているのだか……。私は自由の身の上よ、何時でもOK」
「そうね……、六義園でも散策してから、何か食べようか? それとも、みつばち直行で、クリーム小倉あんみつでも食べる?」
「散歩も悪くないけど……、あんみつも捨てがたいわね! あんみつ食べようか?」
早苗は頷いて承諾の意を示すと、向きを変え耀子の脇に歩いてくる。そして目線で早苗が合図を送ると、2人は王子駅の南口の方へと並んで歩き始めた。
逢坂早苗、旧姓小野、耀子の中学高校時代のクラスメート。耀子にとっては数少ない友人の1人……と云うより、彼女の初めての友達であり、一番の大親友であった。
そんな2人は、高校卒業と同時に
そして、耀子は看護師に、早苗は外務省勤務から外交官夫人へと立場を変えていった。
これまでの長い間、不思議と2人が逢ったことは一度もない。それなのに、今、偶然にも人混みの飛鳥山公園で2人は出会い、そしてお互いであることを確認できた。
人はこういう偶然を、