第78話 第三の欺瞞『虚飾の傑作』【15】
文字数 1,184文字
【15】
『斜陽』において、四章以降、徐々に主人公かず子のキャラクターが変化し、六章の【戦闘戦闘、開始。】の言葉を境にして、かず子がまるで別人になってしまうように感じられること。
そして、太宰が『斜陽日記』を換骨奪胎し、敢えてメロドラマのようなものにしてしまったこと。
その理由は、山崎富栄の存在であり、彼女の日記であり、彼女との新しい恋愛関係が背景にあったのではないのか――。
塚本サキによる富栄に対する説教の件は、説教当日の六月三日から、別れ話が持ち上がった六月十七日の二週間の間の、二人の寝物語の中で富栄が太宰に話したことなのだろう。
太宰はそのエピソードからインスピレーションを得て、それを当時執筆中であった『斜陽』の中に「古い道徳」と称してアンチテーゼとして据えた。
加えて『斜陽』の後半からは、主人公かず子に富栄のキャラクターを持たせた――。
おそらくそれが真相なのではないだろうか。
それによって『斜陽』はメロドラマになってしまった。
それが、私が感じている『斜陽』の不自然さと破綻の原因であったのだ。
太田静子は生前、これらのことを知っていただろうか。
太田静子の精神の成長の記録である彼女の日記は、太宰の創作のために利用され、都合よく改変され、他の愛人の日記とごっちゃにされてしまった。
それでもまだ静子は、『斜陽』が太宰と自分の共同作業によって生み出されたと信じていたようだが、そんな静子の姿は哀れさを誘う。
次に引用する、山崎富栄が自身の日記に記した太宰と彼女の会話は、太宰の人となりを端的に表わしているものであろう。
こんな人間の「優しさ」など虚構であり虚飾である。
「人を憂える」などと言えた義理ではない。
昭和二十三年一月十日付けの富栄の日記から引用する。
【おひとりになられてから、ウトウトなさっていられると、太田静子さんのお使者がみえてお手紙を、お手渡しする。
「読んでごらん」と仰言ってみせて下さる。
「今までの中で一番下手なお便りですね」と言ったら、
「うん、一番ひどいよ。自惚れすぎるよ。斜陽のかず子が自分だと思ってるんだなあ。面倒くさくなっちゃったよ」
「二人でなんとかしていきましょう」
修治さん、急に泣かれて、
「サッちゃん、頼むよ、僕を頼むよ」
「修治さん、いつまでもおそばについております」
「独りで苦しまないで、よろこびも、苦しみも一緒にしたいのです」
「僕を良人 だと思ってね」
「そう信じてますわ。信じて生きておりますわ」
「みんなが、僕を、僕を……」
「修治さん、泣かないで……泣いちゃ、駄目。ね。あなたのお母さまのぶんとも、わたしは守ります」
「うん、守ってね。僕を守っていてね。いつでも僕のそばにいてね」
修治さんが可哀想で可哀想で、みんながなぜ、もっと、もっと大事にしてあげないのだろう。】
(山崎富栄『太宰治との愛と死のノート』)
『斜陽』において、四章以降、徐々に主人公かず子のキャラクターが変化し、六章の【戦闘戦闘、開始。】の言葉を境にして、かず子がまるで別人になってしまうように感じられること。
そして、太宰が『斜陽日記』を換骨奪胎し、敢えてメロドラマのようなものにしてしまったこと。
その理由は、山崎富栄の存在であり、彼女の日記であり、彼女との新しい恋愛関係が背景にあったのではないのか――。
塚本サキによる富栄に対する説教の件は、説教当日の六月三日から、別れ話が持ち上がった六月十七日の二週間の間の、二人の寝物語の中で富栄が太宰に話したことなのだろう。
太宰はそのエピソードからインスピレーションを得て、それを当時執筆中であった『斜陽』の中に「古い道徳」と称してアンチテーゼとして据えた。
加えて『斜陽』の後半からは、主人公かず子に富栄のキャラクターを持たせた――。
おそらくそれが真相なのではないだろうか。
それによって『斜陽』はメロドラマになってしまった。
それが、私が感じている『斜陽』の不自然さと破綻の原因であったのだ。
太田静子は生前、これらのことを知っていただろうか。
太田静子の精神の成長の記録である彼女の日記は、太宰の創作のために利用され、都合よく改変され、他の愛人の日記とごっちゃにされてしまった。
それでもまだ静子は、『斜陽』が太宰と自分の共同作業によって生み出されたと信じていたようだが、そんな静子の姿は哀れさを誘う。
次に引用する、山崎富栄が自身の日記に記した太宰と彼女の会話は、太宰の人となりを端的に表わしているものであろう。
こんな人間の「優しさ」など虚構であり虚飾である。
「人を憂える」などと言えた義理ではない。
昭和二十三年一月十日付けの富栄の日記から引用する。
【おひとりになられてから、ウトウトなさっていられると、太田静子さんのお使者がみえてお手紙を、お手渡しする。
「読んでごらん」と仰言ってみせて下さる。
「今までの中で一番下手なお便りですね」と言ったら、
「うん、一番ひどいよ。自惚れすぎるよ。斜陽のかず子が自分だと思ってるんだなあ。面倒くさくなっちゃったよ」
「二人でなんとかしていきましょう」
修治さん、急に泣かれて、
「サッちゃん、頼むよ、僕を頼むよ」
「修治さん、いつまでもおそばについております」
「独りで苦しまないで、よろこびも、苦しみも一緒にしたいのです」
「僕を
「そう信じてますわ。信じて生きておりますわ」
「みんなが、僕を、僕を……」
「修治さん、泣かないで……泣いちゃ、駄目。ね。あなたのお母さまのぶんとも、わたしは守ります」
「うん、守ってね。僕を守っていてね。いつでも僕のそばにいてね」
修治さんが可哀想で可哀想で、みんながなぜ、もっと、もっと大事にしてあげないのだろう。】
(山崎富栄『太宰治との愛と死のノート』)