第88話 終章『最期の逆説』【3】

文字数 651文字

【3】

 ただ、ここで確認しておきたいのは、太宰の【フランスのモラリストたちの感覚を基調とし】との(げん)である。
 太宰がここで挙げている「フランスのモラリスト」という言葉で注意が必要な点は、この「モラリスト」が、「道徳を説く人」や「道徳家」、現在言うところの「モラルの高い人」では無いと言うことだ。
 「モラリスト」とは、フランス文学の伝統的気質を表す言葉だそうである。

【モラリスト(仏: moraliste)とは、現実の人間を洞察し、人間の生き方を探求して、それを断章形式や箴言のような独特の非連続的な文章で綴り続けた人々のことである。
 moris(フランス語mœurs)は人間の慣習や風習、性格や生き方などを意味し、こうした人間の行動や振舞い全般を省察するのがモラリストである。「道徳家」(moralisateur)とは別の概念。】

 ここに記載されている箴言(しんげん)の例としては、パスカルの「人間とは考える葦である」が一番ポピュラーであろうが、他に、ラ・ロシュフコーの

【われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳にすぎない。】

【自己愛は、この世で最もずるい奴より、もっとずるい。】

【誰をも気に入らぬ人は、誰にも気に入られぬ人より、はるかに不幸である。】

 等といった、太宰の小説のテーマにでもなりそうな言葉もある。
 これらの箴言に共通する感覚は「シニカル」であり、文学的に言い換えれば、「社会や人間について懐疑的な視点で臨み、それらについて確実な認識を発見しようとする姿勢とその文学」とでも言えるのだろうか――。
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