第52話 第二の欺瞞『韜晦の仮面』【16】
文字数 1,099文字
【16】
太宰が自ら臨 んだ「貧困」は、葛西のそれに比べれば、いかにも「拵 へもの」の中途半端なものだった。
太宰の貧困は虚構である。
だから、太宰の「偽悪・露悪」には、葛西のような迫力がない。
葛西は実生活で、後に多額の借金を踏み倒してしまう下宿の娘を、あろうことか愛人にしてしまう。
葛西はその十七八も年下の下宿の娘おせいと同棲し、自分との確執を作品に書き連ねる。
そして愛人おせいに子供を孕ませ、自身の小説『死児を産む』では、無事に生まれた子を「死産した」と書く。
更に葛西は、自分のことばかりか友人の作家について虚構のゴシップを作り上げそれも自作に書き連ねる、などなど葛西の実生活は破天荒で破滅的であり、作品の「偽悪・露悪」は徹底している。
葛西は、自作の中で愛人おせいを、自分に暴力さえ振るう「鬼婆」のような女に描いてみせた。
無論おせいはそのような女性ではないし、酒乱の果てに虐待していたのは葛西の方だと云われている。
そのような露悪は、救いようのない悲惨な現実の渦中に身を置く葛西の、「開き直りの虚構」であり、「徹底的に自分を落としてみせる」という読者へのサービス精神でもあり、自分が虐待しているおせいに対する葛西なりの贖罪である。
葛西のその徹底した「偽悪・露悪」は葛西の作品の根幹を成すものである。
そして、葛西の「偽悪・露悪」は、やはり一種の優しさの裏返しである。
本来は従順な愛人おせいについて、自分に対して暴力的に反逆するように書いてしまうのは、自分が今行なっている非道への反省と、おせいに対する罪滅ぼしなのである。
本当は、おせいに自分に対して暴力的に反逆して欲しいのである。
自分を非難し痛めつけて欲しいのである。
虐めている相手に優しくされればされるほど、身を切られるものだ。
太宰の「偽悪・露悪」も、その精神構造は葛西のそれと同様であると思われるのだが、葛西の姿勢に比べれば、太宰のそれは甘く不徹底である。
私はそのことを『斜陽』や『桜桃』(昭和二十三年)に感じている。
太宰は自作の中で太田静子も山崎富栄も突き放せない。家族については、もちろん突き放せない。
だから、
【子供より親が大事、と思ひたい。子供よりも、その親のはうが弱いのだ。】
などと書いてしまう。
極悪人に成りきれない太宰は、【思ひたい】の一言に逃げ道を作ってしまうのだ。
太宰の、その「自己保身のようなもの」は、太宰が志賀に投げつけた、【自分を投げ出し切れないものがあるのか――】という言葉と同質のものであろう。
そしてそれは、終生恵まれた環境の中に身を置いていた「郷土の秀才」の限界なのだろう。
太宰が自ら
太宰の貧困は虚構である。
だから、太宰の「偽悪・露悪」には、葛西のような迫力がない。
葛西は実生活で、後に多額の借金を踏み倒してしまう下宿の娘を、あろうことか愛人にしてしまう。
葛西はその十七八も年下の下宿の娘おせいと同棲し、自分との確執を作品に書き連ねる。
そして愛人おせいに子供を孕ませ、自身の小説『死児を産む』では、無事に生まれた子を「死産した」と書く。
更に葛西は、自分のことばかりか友人の作家について虚構のゴシップを作り上げそれも自作に書き連ねる、などなど葛西の実生活は破天荒で破滅的であり、作品の「偽悪・露悪」は徹底している。
葛西は、自作の中で愛人おせいを、自分に暴力さえ振るう「鬼婆」のような女に描いてみせた。
無論おせいはそのような女性ではないし、酒乱の果てに虐待していたのは葛西の方だと云われている。
そのような露悪は、救いようのない悲惨な現実の渦中に身を置く葛西の、「開き直りの虚構」であり、「徹底的に自分を落としてみせる」という読者へのサービス精神でもあり、自分が虐待しているおせいに対する葛西なりの贖罪である。
葛西のその徹底した「偽悪・露悪」は葛西の作品の根幹を成すものである。
そして、葛西の「偽悪・露悪」は、やはり一種の優しさの裏返しである。
本来は従順な愛人おせいについて、自分に対して暴力的に反逆するように書いてしまうのは、自分が今行なっている非道への反省と、おせいに対する罪滅ぼしなのである。
本当は、おせいに自分に対して暴力的に反逆して欲しいのである。
自分を非難し痛めつけて欲しいのである。
虐めている相手に優しくされればされるほど、身を切られるものだ。
太宰の「偽悪・露悪」も、その精神構造は葛西のそれと同様であると思われるのだが、葛西の姿勢に比べれば、太宰のそれは甘く不徹底である。
私はそのことを『斜陽』や『桜桃』(昭和二十三年)に感じている。
太宰は自作の中で太田静子も山崎富栄も突き放せない。家族については、もちろん突き放せない。
だから、
【子供より親が大事、と思ひたい。子供よりも、その親のはうが弱いのだ。】
などと書いてしまう。
極悪人に成りきれない太宰は、【思ひたい】の一言に逃げ道を作ってしまうのだ。
太宰の、その「自己保身のようなもの」は、太宰が志賀に投げつけた、【自分を投げ出し切れないものがあるのか――】という言葉と同質のものであろう。
そしてそれは、終生恵まれた環境の中に身を置いていた「郷土の秀才」の限界なのだろう。