第79話 第三の欺瞞『虚飾の傑作』【16】

文字数 533文字

【16】

 『斜陽』成立の最大の功労者である太田静子を、太宰は「自惚れすぎるよ。斜陽のかず子が自分だと思ってるんだなあ。」と、もう一人の愛人富栄の前でバッサリと切り捨てて見せた。
 そして、乳飲み子を抱えながら明日をも知れない生活の窮状を訴える静子の手紙を読んで、「面倒くさくなっちゃったよ」と吐き捨てる。
 太宰はこれを自身の「優しさ」だと言えるのだろうか。
 太宰を擁護する人々は、どのような解釈を加えて「これが太宰の優しさだ」と強弁するのであろうか。

 太宰は、『一歩前進二歩退却』(昭和十三年)で、

【作家は大いに恐縮し、卑屈なほどへりくだつて、さうして読者は旦那である。作家の私生活、底の底まで剥ごうとする。失敬である。
 安売りしてゐるのは作品である。作家の人間までを売つてはゐない。】

 と書いたが、太宰が【安売りしてゐる作品】のために、太宰に利用されたり、人生を変えられた人々は、太宰にとっていったいどのような存在だったのだろう。

 作品と作者の生活は不可分である。
 不可分であるからこそ、『斜陽』のような継ぎ接ぎのチグハグな作品が出来上がったのであろう。
 それがたまたま、終戦後の「一億総被害者」とでもいうようなチグハグな世相に受け入れられただけだと私は考えている。
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