第51話:家庭訪問~御山の闇
文字数 4,157文字
「きょうは御山さんの家に行けば終わりですね」
「じゃ、行きましょうか。ナビ、よろしくお願いね」
「…はい」
御山の家は成川を渡ったところにある、国防軍駐屯地の中にある官舎だ。
だから自由に出入りはできず、入り口の詰所で手続きをすることになる。
脇に止めさせられ、俺たち全員は車から降り、書類に目的や行き先、住所に生年月日など細かく書き込まされた後、官舎横にある外来者用の駐車場に車を移動させた。
「せ、先生、俺やっぱり・・・」
ここまでやっては来たものの、いざ御山の家を目の前にすると、やはり躊躇してしまう。
若いから治りが早いのか素人目には普通に見えるようになってきた御山の腕だが、ちょっとした動作でも顔をしかめるときが今でもある。
それに、彼女の大事な目標を奪ってしまってから、ほとぼりが冷めるほどの日数はたっていないのだから。
「あなたを連れて行くということは、御山さんにもお母様にもお伝えしてあるの」
かえで先生はそれだけ言うと、優しい顔で俺を見つめた。
俺もかすみも、先生の後に続くしかなかった。
ぴんぽん
「はい」
「神姫高校2年ナタリエ組担任の紫村かえでです」
「はい、お待ちしておりました」
インターホン越しの声はくぐもった感じだったが、間違いなく御山だ。
「どうぞ」
官舎の1階にある御山の家。
玄関を開けると、御山は一礼し、俺たちも含め中に入れてくれた。
言うまでもなく、御山にとって俺は天敵。
そして、秋季大会出場の夢を奪ってしまった憎むべき相手だろう。
だが、俺が家庭訪問でかえで先生と行動をともにしていることはホームルームで発表されたとおりで、先生が御山と母親にも念押しで伝えたことで理解している。
本当はイヤなんだろうが、そんな表情はおくびにも出さないところは、さすがというか、切り替えがすごい。
帰宅してからわざわざ着替えたのか、パリッとアイロンがかかったような皺一つないセーラー服姿は、いつも学校で見る御山にさらに輪をかけたような凛々しさがにじみ出ている。
横にはお母さんが立ち、「いつも娘がお世話になっております」と深々と頭を下げる。
御山が大人になると、きっとこうなるんだろうなと思えるような、目鼻立ちのはっきりした美人のお母さん。
背筋をぴんと伸ばし、和服の着こなしも板についている。
隙のない動作でかがむと、さっと3人分のスリッパが並べられた。
通されたのは和室の居間で、小さいながらもちゃんと床の間もある。
そこには何て書いてあるのかは分からないが、達人の筆によるものと思われる掛け軸がかかっており、本物なのかどうか、鈍い紫色の鞘に収まった日本刀も鎮座している。
正座したお母さんは、自分は座布団に座らず、畳の上に正座して両手をそろえ、またも深々と頭を下げた。
やがて、御山が5人分のお茶をお盆に載せて現れ、そのうちの2つを盆の上に残し、自分の部屋に案内してくれた。
「ごめんね。本とか、適当に見ててくれて構わないから。あ、そうそう、アルバムとかもよかったら」
俺の方は見ずに、かすみに話しかける御山。
さっきとは打って変わって、教室と同じ表情に戻っている。
やっぱり家に来た先生の前で、少し緊張してたのだろうか。
本棚とかを指さすと、すぐに居間に戻っていった。
御山の部屋は建物の角にあるようで、南と東に窓があり、風通しがいい。
本棚には参考書と並んで、大量の文庫本や新書の類が置いてある。
「へえ、御山さんって読書家なんだね」
「そうねぇ。あ、漫画も少しだけ。これ、今はやりの『お釈迦様がみてる』」
目ざとく見つけたかすみは、ぱらぱらとページをめくっている。
「かすみも漫画って読むんだ」
「うん、たまにね。お店にも置いてあるし」
俺も違うのを一冊手にとって開いてみた。
俺が普段見るのは少年ダッシュとかサタデーみたいな、いわゆる男の子向けの漫画本や雑誌ばかり。
それとは随分、雰囲気が違う。
文庫本とはいっても流行りのラノベではなく、俺でもタイトルを聞いたことのある小説やエッセーにノンフィクション。
それらに混じって、料理本やバレーの指導書なども少し。
何となく御山の一面が理解できたようで嬉しい。
「あ、DVDプレーヤーだ」
俺は壁際のテレビの下にある筐体を見つけ、指さしながらかすみの方を見た。
「ソフトは何があるの?」
「え~っと、ここにはない…ああ、本棚のあそこ、あそこに、うわ、いっぱいあるよ」
2人で幅1メートルぐらいで天井まである本棚の前に立つと、そのうちの5段分がDVDのソフトで埋まっていた。
そのほとんどは映画で、洋画、邦画、アクションものからサスペンス、ホラーに恋愛ものと、ジャンルも幅広い。
アニメもちょっとあり、
「あ、これ『らっき~☆すた~』だ」
「『ゲロゲロ軍曹』もあるわね。これって人気なんでしょ?」
「う~ん、まさにコレクション、だね。なんか御山さんに親しみが湧いちゃったよ。こういうことには興味ないように見えたからね」
「うふ、そうね。あれ? ここからはゲームね」
テレビのあたりをもう一度見てみると、そこには「プレイキャスト」が置いてある。
棚の中にはそれらのソフトもちらほらあって、DVDときれいに分けてある。
「これ、麻雀ゲームよね」
「え? 御山さんって麻雀できるのかな。すごいな」
「ひょっとして、お父様のかしら」
「それならそれで、なんか微笑ましいね」
俺もゲームはいくつか持っているけど、大半が『ポリゴン・ファイター』『エース・コマンドー』『みんなのゲートボール』『戦車でGO ファイナル』といった格ゲーやスポーツものばかりだ。
いずれはこういう麻雀ゲームをやる日も来るんだろうか。
別の本棚の中には、女の子らしく、占いや血液型を扱ったもののほか、なぜだか呪術の本もあったりして、趣味の広さに驚くばかりだった。
ステレオの上に目を移すとそこには写真立てがあり、国防軍の制服を着た、たぶんお父さんだろうか、和服のお母さんと学校の制服姿の御山と3人で写っている写真が誇らしげに飾ってある。
写真の中の御山とお母さんは、無理に笑おうとしてるのか、どこかぎこちない。
背景には横断幕らしきものも写っており、「第87近衛戦車師団派遣壮行会」と読み取れる。
左下には「9-23-20××」と日付が入っており、ついこの間だ。
「御山さんのお父様は、中東に行ってらっしゃるそうね」
「ああ、何かそんな話聞いたことあるよ。心配だろうね。出発の…ときのかな、これ」
「ええ」
本棚の一番下に目をやると背の高い写真集みたいな本に混じって、分厚いものが何冊か置いてあった。どうやらアルバムみたいだ。
「これアルバムかな?」
「そうみたいね。御山さん、そういえばアルバムもどうぞって言ってたけど…」
「じゃあ、見ても…いい…のかな」
何となくプライバシーに触れまくりで躊躇されたが、せっかくなので見せてもらおうと、その中の1冊を手にとって開いてみた。
「姫高の制服ね、これ」
「そうだね。じゃあ、比較的新しいのだね」
パラリパラリと、写真の挟まれた、一枚が厚いページをめくっていく。
高校の入学式当日だろう、校門のところで両親と写ってるよくある写真や、学校敷地内にあるチャペル、何かの大会と思われるバレーの試合写真なんかが日付順にきちんと貼られていた。
「御山さん…」
かすみは何かを言おうとして、やめた。
おそらく、バレーをやめざるを得なくなった御山のことを、思わず口走りそうになったのだろう。
気が重い。
御山は体育祭でのあの事故が元で秋季大会に出場できなくなって主将の責任が果たせないと、部活のバレーをやめてしまっていた。
これの原因は俺にある。
そのため俺は四面楚歌状態で、御山は言うに及ばず、東城や春菜といったクラスの連中、それに妹・美砂との関係すら随分ぎくしゃくした。
東城や春菜とは、すぐに何とか表面的には修復したような気はするが。
最後のページには何もなく、ポケットに少し膨らんだ封筒が挟んであるだけだった。
中にはおそらく、これから貼る未整理の写真が入っているのだろう。
封筒の口はクリップで留めてある。
さすがにこれを見るわけにはいかない。
冒してはならぬものに触れた気まずさと、今にも御山が部屋に戻ってくるような強迫観念で俺はちょっと焦り気味になり、封筒を戻そうとして手を滑らせてしまった。
取り落としたショックでクリップが外れ、中の写真が床に散乱する。
見覚えのある風景や姫高の生徒が写っている。
どうやら修学旅行に行ったときのもののようだ。
これから整理するのだろう。
しかし、袋の中に入っている以上、見るわけにはいかない。
戻すためにかき集め、そのうちの一枚を手に取ったとき、それは目に飛び込んできた。
写っていたのは・・・東城と、御山だった。
「!」
だが、その一枚。
それは、東城の両隣に、御山と春菜が並んで立っていたはずのものだ。
背景には、万博会場の大観覧車が写っている、俺が撮影した一枚だから間違いない。
その写真の春菜は・・・首のところで切り取られていた。
「どうしたの?」
怪訝そうにかすみは尋ねるが、「いや、何でもないよ」と答え、写真はすぐ袋の中に収めた。
見てはならないものを見てしまった罪悪感と、人間の心の底のどす黒さへの嫌悪感のようなものがない交ぜになった複雑な気持ち。
「私だって、もっと一緒にいたい」
体育館の裏で、東城にしがみついてうなだれていた御山。
東城とはどういう関係なのかは分からないが、彼女の奥底にある、ただならぬ妖気、いや、怨念のようなものすら感じ、呼吸が苦しくなる。
嫌なものを、見てしまった。
◇
◇
◇
東城と春菜の家に行かなかったため時間的余裕があったのか、御山母娘とかえで先生との話は結構長くなった。
ほかのうちでは長くて30分だったが、結局1時間ぐらいかかったろうか。
日も沈みかけ、部屋の中が茜色に染まるころ、今日の家庭訪問はこれで終わりとなった。
帰りがけ、先生の計らいでわずかの時間をつくってもらい、体育祭で怪我させてしまったことを、御山とお母さんに正式に詫びさせてもらうことができた。
俺の母親から丁寧な詫び状が届いていたことも初めて知った。
御山は不機嫌そうに目を逸らしていたが、お母さんが笑顔だったのが救いだった。