第104話:船橋弥生の思い
文字数 3,665文字
回収したメガホンをダンボール箱に詰め終わり、両腕を突き上げ伸びをする。
「船橋、大活躍だったからな。お前がいなかったらここまで準備できなかったろ」
施設棟の空き教室。
当座の用がなくなったメガホンの詰められた箱を積み上げながら、東城がねぎらう。
「なんだかんだで、こういう忙しさは好きなんだけどね」
「好きなのかよ」
「うん」
「奇特なやつだな」
「全く無かったところから徐々に形ができていくじゃない。そのプロセスとか、その間のやりとりとか、達成感を得る前の途中段階が好きっていうか」
今回の野球の応援はもちろん、それより前から始まっていた記念祭準備といい、船橋はどこか充実した表情を漂わせ作業していた。
計画通りに進まないことがあっても怒ったりせず、いや怒るんだけれども、怒ってるだけじゃなく、そこで立ち止まらず次善の手を次々と考え出し指示を飛ばしていく。
傍から見ていても実に頼れる存在で、マネジメントのしっかりできる、社会で言うところのプロジェクトリーダーとはこういうヤツのことを言うんだろうなと感心して眺めていた。
「なんか分かる気がするな。クリスマスツリーは飾ってる途中の方が楽しい感じがするしな。これはもっと目立つ場所に付けようとか、同じのは適当にバラけさせた方がいいぞって、わいわいとな」
「そう、それよ。東城分かってるじゃない」
「そうか?」
「そうよ。すでに出来上がったものを楽しむより、その楽しいものを作り上げていくことこそが至高だと、わたしは思うわ。わたしはね」
「だから船橋は実行委員の仕事も苦にならないんだな。お前、生き生きしてるもんな。冊子とか編集してるとき」
「時間が…あるからね。ほらわたし、部活も辞めてるじゃない」
「え? 船橋、部活入ってたのか?」
船橋は記念祭の実行委員で忙しい。
こんな作業に駆り出されていても、欠席したり遅刻することもなく毎日顔を出している。
当然、部活なんかに入ってると出られない日なんかもあるはずで、東城でなくとも「船橋は部活をやっていない」と思い込むのも無理はない。
「いやわたし、実はコミック研究会なんてとこにいたのよ、一応ね」
「コミック研究会? 同好会…だよな?」
「同好会ですらなかったわ、最後はね。ヨソの学校では漫画研究会と言ったりして結構部員とかもいるみたいだけどね」
「何で、辞めたんだよ」
ダンボール箱をすべて積み上げ、下級生や中等部の生徒が全員退室した教室の中、数脚残された椅子に逆向きに座り、東城は問いかけた。
船橋も1脚持ってくると東城の横に座り、箱の山を見るともなしに見ながら話し始めた。
「辞めたというか、同好会が残らなかったのよ。3年生が卒業しちゃって定員割れ」
「そりゃ、辛いな…」
学校には正式な部活動以外に、部活未満ではあるが、同好の士を集めて少人数でも活動できる「同好会」というものが認められている。
ただしこれにも一定の条件はあり、その中でも人数に関しては「最低でも5人必要」なのだという。
確かに、あの野球部も昨年まではたった5人の同好会扱いだった。
それでもま、5人はいたわけで、同好会の体は成していたわけだが、船橋のコミック研究会はそれにも満たなかったとは、いったい何人いた、いや、何人しか残らなかったのだろうか。
「船橋以外には何人残ってたんだよ」
「私だけよ」
「お前だけかよ」
「一応はビラとか作って、廊下に貼らせてもらったり、勧誘はしたんだけど。反応なかったわ」
同好会に最低でも5人必要なのは、まがりなりにも学校からは活動費として補助金みたいなものが配分されるからだ。お金をもらう以上は会計係や活動報告をまとめて提出する係といった役割分担も必要で、1人しかいない同好会を認めてしまうと、それは団体ではなく個人への補助金になってしまい、考えたくはないが、何もせずにカネだけもらう不届き者が出ないとも限らない。そりゃ学校も認めるわけないよな。
悲しそうというよりも、つまらなそうな顔で校内シューズのつま先をこねる船橋。
「誰かに声はかけたのか?」
「ぜんぜん」
「こういっちゃ何だが、そりゃ集まんねーだろ」
「中学の時はそういうのが好きな子が結構いたから、黙ってても集まるだろうと思ってたんだけどね」
船橋はつま先をこねるのをやめると、東城の方を横目で眺める。
「活動内容はどうなってんの? まさか集まって漫画読むだけじゃないだろ」
「本を出すのよ」
「本~!?」
船橋には同じ趣味の大学生の従姉がいるそうだ。
すでにある漫画やアニメの作品を題材に、二次創作っていうらしいが、それをネタに数ページの漫画を描いているらしい。いわゆる同人誌ってやつだ。
その薄い本をコミックマーケットやそれに類するイベントで販売したりするそうで、船橋はそれを手伝ったりしていたそうだ。
どうりで、記念誌の編集作業なんか堂に入ってたのも、そのためだろう。
編集や描画ソフトの扱いなんか、実に扱い慣れたものだった。
「で、私もね、8ページとか10ページの作品を描いたりしてるんだけど、学校にいるうちに1冊ぐらいは出したかったのよね。みんなで一緒に作ってさ」
「どんな本、出そうと思ったんだ?」
「個人で出すならともかく、学校の同好会から出すとなると変な本じゃ拙いじゃない。たとえばBLとか」
「ビーエルかよ」
「だからさ、BLは出さないわよ。いや、神姫は共学になっちゃったけど以前は女子校だったじゃない。でも女子校って存在としては認識されてるけど、その中身って世間からは謎が多いと思われてるじゃないの。事実、入学する前はわたしもそうだったんだけど」
「うんうん」
「で、女子校とはなんぞや、って絵の多い解説本みたいなのを出せたらなと思ったのよ」
「へえ、面白いかも知れねーな。神姫以外にも系列あるから、各校制服カタログとか、校章や由来の話を絵をたくさん使って出せれば面白そうだよな」
「そうなのよ! って、東城あんた、結構いいネタ思いつくじゃない」
船橋って、結構面白いやつなんだな。
まあ、今までも片鱗は見せてもらってはいたが、会話の内容はといえばほとんどが学祭関係のことだったし。
でも、きょうこうやって生き生きと語る船橋の姿を見ていると、学祭繋がりだけでない、1人の楽しいクラスメート、いや、仲間といるみたいで、どこか落ち着く。
入学からの時間はあっという間に過ぎ、今はもう3年生の夏休みだけれども、もっと早く船橋とこういう話をしてれば、今とはちょっと違った高校生活が送れてたんじゃないかな、今まで少し損をしていたんじゃないかなとさえ思えてくる。
そんな船橋にはなんだかんだでいろいろ世話になった。
毎日の作業が順調なのも彼女のおかげだ。
真面目で周りのことにも気を配れるし、実は妙に波長の合うところもある。
彼女が高校生活の思い出に本を出すために何か、力になれることが…オレにもある…はずだよな。
「船橋さ。その同好会って、人数集まれば今でも復活できんの?」
「たぶんね。一度潰れたら二度目はなしなんてどこにも書いてないし」
「今でも、やる気あるのか? 3年だけど」
「さすがに時間的にヤバいとは思うけど、卒業するときの思い出には…なるよね…ほとんど時間切れだけどね」
船橋の横顔にちょっとだけ浮かんだ寂しげな表情。
「オレ、入ってやるよ」
「え?」
「製本っぽいこと教えてもらったしさ。手伝えるぜ。おんぶにだっこだけど、船橋のおかげでいろいろ上手く回ってるしさ、ここ。やっすい恩返しだけど、漫画に興味あるやつ、オレが集めてやるよ」
「東城、あんた本気で言ってるの?」
「だめか?」
「いや、でも、あと4人よ」
「第2号はオレなんだから、あと3人だろ」
「じゃあ3人目は?」
「ま、とりあえず春菜だろ。大丈夫。あいつ結構漫画好きみたいだから。断らねーって」
「4人目と5人目は?」
「ジェシカとかどうだ? あいつ、腐女子とか変な言葉知ってるだろ。喜んで参加しそうじゃねーか」
「ジェシカかあ…。この前、締めちゃったけど大丈夫かな」
「問題ねーよ。その後もピンピンしてるじゃねーか」
「最後の1人はどうするの?」
「う~ん、手っ取り早く山葉といきたいとこだが、あいつ漫画よりゲームだからな」
船橋は、座ったまま上半身を真っ直ぐ伸ばすと、左手で顎の辺りを触りながら、うんうんと頷いている。
しばしの沈黙。
自問自答が終わったのか、
「ありがと東城。5人目ぐらい、わたしが探すよ」
船橋はすっと立ち上がった。
それに釣られ、オレも立つ。
「そうか。いつでも手伝うからな。本、出そうぜ、一緒によ」
どこか上気してるけど、とても嬉しそうな表情で見つめてくる船橋。
諦めかけていた目標を、もう一度追うことができるかもしれない高揚感。
「な、なんか喉乾いたし、帰りに駅あたりで茶でも飲まね。そこで計画詰めようぜ」
「東城とデートかあ」
「お、おう」
「じゃあ、紀伊國さん連れてった例のメイド喫茶連れてってよ」
「かしこまりました、弥生お嬢様。エスコートさせていただきますので、なんなりと」