第34話:恋敵の下級生・1

文字数 2,333文字

<2年生 9月某日>

こうして、俺の疑惑は晴れた。

「事件」からおよそ1週間。
周りの連中もこのことに突っ込んでくることはなく、早くも「そういえば、そんなこともあったな」という過去の出来事のひとつに過ぎなくなっている雰囲気だ。
直後の数日間は、さすがに何となく居心地の悪い気持ちも残っていた。

「疑われるようなことをしなければ、そもそも警察に目をつけられるはずはない」
「証拠が揃わなかっただけよ」
「結局、あの人が犯人なんでしょ」

嫌疑不十分で不起訴になったり、あるいは裁判で無罪になっても、その人に対する世間の視線や空気は変わらず、このような言葉を浴びせられることがあるという。
一度疑いを掛けられてしまえば、結果はどうであれ、元のようには戻らない。
周りの人間すべてが自分の知らない者にでもならなければ、それはずっとついて回る。
口では「よかったな」と言いながらも、心の中にはなお「疑い」「好奇」の気持ちを持たれ続け、外出先など、ふとしたはずみで姿を見られただけで、ヒソヒソ話の餌食にされる。
そして、語られるときは必ず名前の前に「あの事件で捕まった」という枕詞をつけられる人生を歩まざるを得なくなるのだ。

もちろん今回の出来事は、新聞やテレビで報じられる冤罪事件と比較することすら(はばか)られるほど些細なことだ。
俺には何ら落ち度がなかったということは明々白々で、それは東城や春菜といった真実を知る人物が証明できる。
そして現に、この2人は、かすみやかえで先生にも「山葉は悪くない」と正直に伝えてくれた。
美砂や二股のことはともかく、穐山や来栖、吉村、慈乗院らほかの連中にも、あれは事故だったということを正しく伝えてくれたおかげで、仲間内では「困った奴だな」という一種の苦笑じみた雰囲気はあるにせよ、空気はほぼ元通りになったと思う。
居心地の悪さも癒えつつある。
ありがたい話だ。



そんな、今日の部活終了後、夕方のことだった。

河合(かわい)玲人(れいじ)という名のその1年生は、どこか母性本能をくすぐられるのか、女生徒たちの間でも「かわいい男の子」で知られているらしい。

確かに、1年生ということもあるにはあるが、見た目はそれよりずっと子どもっぽく、思わずほっぺたを引っ張ってみたくなるような、小動物的雰囲気をまとっている。
そもそも男子生徒が少ない学校なので、俺も今年の入学式のとき、入場してきた新入生の中にこの生徒を見つけ、なんかかわいい奴がいるなと気づいてはいた。
だが、それもほんの一瞬で、すぐに気にもとめなくなっていたのだが。

部活はかすみと同じ茶道部で、以前から俺が彼女と校門前や部室棟付近で待ち合わせしたときに姿は見ていた。
そのときは部員でない俺にも「失礼します」と挨拶していく、いかにも部活で上下関係を叩き込まれた、よくある下級生といった感じだった。
ただ、部活の先輩で、しかも女であるかすみに対しては、どことなく甘えた視線を送る、第三者の男から見ると、何となく年上の女に媚びてるのが丸分かりな「あざとい嫌な奴」的雰囲気は感じていた。
しかしその一方で、それも処世術の一種なのだろうと、どこか達観した見方をしていたのも事実だった。

その河合が、かすみと一緒に帰る姿を目撃した。

同じ部活なのだから、こういうケースもあるだろう。
部の用事で同行するという考え方もできる。
俺はいくら無罪放免とはいえ、「事件」のホトボリも十分に冷めていない段階でかすみを誘えば、彼女も受けづらいのではないかと思い、ここ数日は一緒に帰ってはいないし、もちろん部室棟に近付くこともしていなかった。
それどころか、教室でもほとんど口をきいていなかったのだ。
かすみの相手が女生徒だったのなら何も思うところはないのだが、いくら下級生とはいえ、男子と帰ってゆく姿を目の当たりにし、おもしろいはずはない。

かすみは俺の幼馴染だ。
涼子のことでゴタゴタはあったが、かすみは俺の彼女…のはずだ。そう信じたい。
好きだ、かすみだ、と言いながらも、実は正式に告白したわけではないけれども。
それともやはり、あんな騒ぎに巻き込まれた俺に嫌気でもさしてしまったのだろうか。
そんなことはないと思いたい。
思いたいが、なんなんだ、この不快感は。
なんとも言えぬもどかしさ、もやもや、胸を掻き毟りたいような気分。
今すぐ走っていって、かすみに声を掛けたい、あの下級生を引き離し、そのまま一緒に帰りたいという衝動。

かすみとは約束せず、ひょっとして一緒に帰る機会があるかもしれないと、ダラダラと放課後も勝手に待っていた俺。
むしろ気付かない方がましだったのか。
あと1分、いや30秒でも違う時間に校舎を出ていれば見ないで済んだかもしれない。
見たくない、見なければよかったという悔恨の思いも募る。

あの2人はどこまで行くのだろう。
駅に直行するのだろうか。
それともどこか店にでも寄るのだろうか。
河合はどこに住んでいるのか分からない。
駅に行くなら、同じ方向の電車に乗るのか、あるいは逆なのか。
嫌だ。嫌なものを見た。悔しい。
昨日の今頃には考えてもみなかった「ライバル」が突然現れたのだろうか。
前はそんなことなかったじゃないか。
いつでも俺と一緒に帰っていたのに。
それともあの1年生は俺の知らないところで、虎視眈々とかすみを狙っていたとでもいうのか。

河合に対してだけでなく、かすみに対しても不信感みたいなものが、どうしようもなく湧いてくる。
彼女がどこで誰と何をしようと勝手といえば勝手だ。
俺に彼女を拘束する権利なんかないってことは、言われなくても分かってる。
別の相手と帰るときは俺の許可を取れ、なんて非常識なことはもちろん思ってはいない。
だが、しかしだ。


諦められない俺は、気付かれぬよう2人のあとをつける道を選んだ。

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登場人物紹介

山葉譲二

・やまは/じょうじ

・2年N組

・出席番号:36

・1月16日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・山葉美砂の兄

・部活は性に合わないのでやってない

・父親は樺太に赴任中で母親もたまに不在。こちらでは美砂と2人暮らしになるタイミングもある

・1年時はクラスの文化祭実行委員

・創立記念祭の実行委員

東城薫

・とうじょう/かおる

・2年N組

・出席番号:21

・2月10日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・佐伯春菜の彼氏

・山葉譲二の親友

佐伯春菜

・さえき/はるな

・2年N組

・出席番号:15

・3月22日生まれ

・16歳

・帰宅部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・東城の彼女。中学から付き合っている。小学校も同じだった

・東城、山葉の3人でつるんでいる

・父親が大手商社員

・東城の呼び方は「薫」。一人称は「わたし」

・中学時代はバレーが得意だったらしい

・山葉的には「バカそうに見えるが意思のはっきりした娘で、相手を立てるべきときはちゃんと立てる」良いやつ

・チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこ

※アイコンは自作です

山葉美砂

・やまは/みさ

・1年B組

・1月22日生まれ

・15歳

・彩ケ崎中学出身

・家庭部

・電車通学

・山葉譲二の1歳違いの妹

・父の転勤の関係で1年の半分は譲二と2人だけで暮らしている

※アイコンは自作です

紅村涼子

・べにむら/りょうこ

・2年N組

・出席番号:30

・5月3日生まれ

・16歳

・彩ケ崎東中出身

・電車通学

・初期の主人公級キャラ

・ひょんなことから山葉に告って付き合うことになるが、山葉は何とか別れたいと思っている

・なんだかんだで結構可哀想な立ち位置のキャラ

・小5のときに家族の転勤で関西方面からやってきた

・メガネっ娘

※アイコンは自作です

一ノ瀬かすみ

・いちのせ/かすみ

・2年N組

・出席番号:5

・5月15日生まれ

・16歳

・茶道部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・山葉譲二の幼稚園からの幼馴染。小学校で同級だった最後は6年生で、中学3年間はクラスが同じになることはなかった。譲二の妹・美砂のことも知っている

・おとなしく、相手を慮る気持ちが強い

・自宅は彩ケ崎駅南商店街の蕎麦屋「香澄庵」

・呼びかけ方は「山葉くん」。一人称は「わたし」

※アイコンは自作です

紫村かえで

・しむら/かえで

・2年N組担任(1~3年まで同じ)

・12月6日生まれ

・25歳

・中高大とも美咲女子

・国語担当

・紫村かなでの妹

・面倒見が良く生徒みんなから好かれている

・姉のかなでと一緒に伏木教頭の伯母が経営しているアパートに住んでいる

・軽自動車のコニーに乗っている

※アイコンは自作です

紫村かなで

・しむら/かなで

・2年K組担任

・10月9日生まれ

・26歳

・中高大とも美咲女子

・英語担当

・紫村かえでの姉

・妹かえでよりは性格がきつめ

※アイコンは自作です

穐山冴子

・あきやま/さえこ

・2年N組

・出席番号:1

・7月3日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・東京市赤坂区

・一応は電車通学

・1人娘で父親は軍人上がりの華族で会社経営者。金持ち

・同じく内部生の紀伊國蓮花と中学からとても親密

・穐山と紀伊國の父親同士は実は仕事での縁が深く旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・紀伊國のことは「蓮花」。それ以外も男女問わず呼び捨て。一人称は「わたくし」

・いろんなシーンで登場する準メーンキャラ

※アイコンは自作です

鶯谷ミドリ

・うぐいすだに/みどり

・2年N組

・出席番号:6

・8月25日生まれ

・たぶん16歳

・出身中学設定なし(内部生ではない)

・自宅は東京市淀橋区

・通学手段不明

・一人称は「あたし」「あたしゃ」

・校内の情報に精通しており、ヤバい情報や資料を多数持っている敵に回してはならない女

・たまにしか登場しない

※アイコンは自作です

織川姫子

・おりかわ/ひめこ

・2年N組

・出席番号:7

・2月11日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・自宅は横濱。ここからはるばる通っている

・ティーンズ雑誌の街角美少女に選ばれたことがある

・山葉を山葉と呼び捨てで呼ぶ数少ない女子

・一人称は「わたし」

・呼びかけるとき必ず「やあ」で始まる

・登場回数は少なめ

・アイコンは自作です

柏木踊子

・かしわぎ/ようこ

・2年N組

・出席番号:8

・6月13日生まれ

・16歳

・吹奏楽部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・かすみの実家・香澄庵近くにある小料理屋の娘で、商売柄親同士も仲がいい。かすみとは幼馴染

・後半は比較的登場回数が多い

・山葉と東城に何度かぱんつを見られる

・アイコンは自作です

紀伊國蓮華

・きのくに/れんげ

・2年N組

・出席番号:10

・11月21日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・自宅は東京市麻布区

・絶えず穐山とともにいる

・穐山のことは「冴子さん」と呼んでいる

・紀伊國と穐山の父親同士は実は仕事の縁で旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・非常に清楚な出で立ちでモテるはずだが、穐山がいつもそばにいるので男は寄りつけない

※アイコンは自作です

来栖マリ子

・くるす/まりこ

・2年N組

・出席番号:12

・12月24日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・天然。ドジ。料理がゲロマズ(らしい)。憎めない性格

・入学したての主人公たちを校内探検に誘ってくれた

・物語の至る所に出没する

※アイコンは自作です

ジェシカ・ライジングサン

・6月30日生まれ

・2年N組

・出席番号:18

・16歳

・Jessica Risingsun

・アメリカ人の留学生でオタクだが、日本全般の知識が豊富

・同じアメリカ人のレナーテに誤情報を吹き込むことがあり、それが元でレナーテと犬猿の仲

・銀行支店長の家にホームステイしていたが、支店長が不正融資で逮捕され紫村姉妹の家に転がり込む

・本編での登場は少ないが番外編「紫村姉妹の居候」と「ジェシーとレナ」では主役扱い(連載が終わったら公開します)

※アイコンは自作です

慈乗院和歌男

・じじょういん/わかお

・2年N組

・出席番号:19

・10月3日生まれ

・16歳

・太刀川第2中学出身(太刀川市)

・自転車通学

・かえで先生のことが大好きな男子生徒

・中学ではバスケ部だった

・モブだったが、なんだかんだで後半は重要な役割を持つ

・親が、生まれるのは女の子なので「和歌子」って名前にしようと決めていたが、男だったのでヤケクソで和歌男にしたらしい(ただし風説の類)

船橋弥生

・ふなばし/やよい

・2年N組

・出席番号:29

・1月28日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(御山、吉村と同じ)

・体型はちょっと太めらしい(山葉の見立て)

・物語後半での登場頻度が非常に高いキーキャラ

※アイコンは自作です

御山沙貴子

・みやま/さきこ

・2年N組

・出席番号:33

・8月15日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、吉村と同じ)

・バレー部(後に主将)

・電車通学

・物語のとても重要な人物

・1年のとき山葉に着替えを覗かれて以来、山葉のことを徹底的に敵視している

・とても執念深い性格

・同じ中学出身の船橋による中学時代の回想が恐ろしい

※アイコンは自作です

吉村莉緒

・よしむら/りお

・2年N組

・出席番号:38

・11月7日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、御山と同じ)

・母親は死んでおり父親が男手ひとつで育てた。学費免除の特待生で入学

・実は美形

・おとなしい性格でクラスでも仲の良さそうな同級生はいないようだが、後半から出番が増える

※アイコンは自作です

レナーテ・バックマン

・2年N組

・出席番号:40

・2月24日生まれ

・16歳

・Renate Bachmann

・セミロングの金髪で青い目。日焼け対策で夏でも白の中間服を着ている

・横里米軍基地の軍医である父親について母と妹とともに日本に来たので留学ではない

・中学までは基地内のスクールだったが高校から神姫に入った

・兄もいるが本国で大学生

・ジェシカにはめられ変な日本語で恥をかかされることが多い

・春菜と仲がよくお泊まりに来たこともある

・日本語で「小川麗菜」という当て字の名前を持っている。ジェシカと吉村が考案したもの

※アイコンは自作です

小錦厚子

・こにしき/あつこ

・理事長兼校長

・誕生日設定なし

・年齢不詳だが60歳は超えてるだろう(山葉の想像)

・かつては国語教員だった

・なぜだか男には「セニョール」と話しかける(が、スペイン系ではない)

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