第65話:別れの9文字

文字数 2,358文字

<2年生 1月10~15、16日>

「では、きょうはここまでね」

ホームルームが終わり、教科書や筆記用具を片付けるガタガタした音が響き始める。

「あ、そうだ、佐伯さん。転校手続きの書類ができたので職員室まで取りにきてちょうだい」
「は~い、分っかりましたー」

かえで先生は努めて明るい。
教師が一緒に悲しんで、春菜をますます落ち込ませてはいけないという配慮からだろう。
それに、系列校だから安心ということもある。
授業道具を小脇に抱えると、そそくさと教室を出て行った。

しかし、あっという間に春菜は元の春菜に戻った。
「分っかりましたー」と、まるで行楽にでも行く雰囲気だ。

「ねえ、マリ子、帰りにマッキントッシュ行かない?」
「いいですねー。限定メニューが食べてみたかったんですよ~」
「じゃあ春菜、職員室の前で待っててやっから、さっさと来いよ」
「オッケー!」

あれから2日後。
転校話なんて本当にあったのかと思うぐらい、日常が戻っている。
俺の予想では、きっと当日まで2人のジメジメした日々が続き、最後のホームルームではクラスメートとの涙の別れで、俺までもらい泣きするんじゃないかと思っていた。
それがどうだ、あの明るさ。
吹っ切れるというコトバがあるが、まさにそれだ。
辞書を引けば「今の東城と春菜のこと」と例にすらなりそうだ。
わいわいと、教室を出て行く。
廊下からも嬌声が続き、掃除中の教室でもうるさいと思うほどだった。

3日後。
昇降口のところでもきゃーきゃーと話が途切れない。
来栖や織川、涼子までも誘って帰って行く。
きょうは、すかいあ~くに寄るとか言っている。

4日後。
相変わらず賑やかだ。
東城がバカを言って周りに集まった連中を爆笑させている。
春菜も手を叩いて大笑いし、勢い余って席から転げ落ちている。
あの穐山と紀伊國までが話に加わり、春菜を助け起こしている。

5日後。
土曜日で半ドン。
歌い初めと称してカラオケに繰り出すようだ。
引っ越しの準備で子供のころの恥ずかしい写真が出てきたといって、みんなに見せている。
それをネタに盛り上がる。
「かわいい」とか「信じられない」と一斉に声が上がる。

6日後。
きょうは日曜。
関東特有の冬の青空。
おだやかな一日。

7日後。
週明けの月曜。



東城と春菜はともに欠席した。



休み時間、来栖が転げるように教室に駆け込んできた。

「は、春菜さんと、と、東城さん、はあ、はあ、い、家出したらしいって!」

教室の全部の窓が砕け散るんじゃないかと思うほどの驚きの声。
直後、収拾のつかない喧騒の渦となった。

「来栖さん、詳しく教えて!」
あの御山が来栖につかみかかり、肩を揺すっている。

さっそくメッセを飛ばしている奴がいる。

「そんなそぶり、なかったじゃん!」
慈乗院は誰に聞くともなく、周りの連中に問いかける。

トークでは飽き足らず、電話をかける奴がいる。

「駆け落ちとは、なかなかやるな」
穐山は言うと、ちらっと紀伊國の方を流し見る。

隣の教室に駆け込んだ奴もいる。

「イエデって、何?」
意味の分からないジェシカが隣のレナーテの肩をつつく。

廊下に出ていた連中を呼び戻す奴がいる。

「あんなに明るかったのに、どうして…」
かすみは右手を口にあて、狼狽している。


答えは、これだろう。
明るかったのは、家出をする決心をしたからだ。
家出という目標ができた2人。
悲しさから一転、2人でどこかに逃げて一緒に暮らすという明るい未来を思い、逆に元気になったのだ。
吹っ切れたと思っていたが、まさか本当に吹っ切っていたとは。

「ちょっとみんな、静かに。静かにして。・・・いいから静かになさいっ!」

バンっ!
両手を机に叩きつける大きな音。

ホームルームの時間でもないのに、騒ぎを聞きつけたかえで先生がやってきた。

我に返った生徒たち。
まだ休み時間は続いているが、無言で席に着く。
ふだんは早く話が終わらないかという態度の連中も、興味津々、真剣そのものだ。

「いい、あなたたち。落ち着きなさい」

かえで先生の説明によると、2人は日曜の朝にはすでに姿を消していたらしい。
書き置きなどはなく、いないことに親が気付いたのは昼過ぎだったそうだ。
2人とも高校生だからそれぞれ部屋を持っている。
日曜だし普段より遅くまで寝ていてもおかしくない。
気付くのが遅れるのも当然だ。
朝からいなくなっていたというのが分かったのは、ほとんど始発のような時間に、よく似た2人が改札を通るところを彩ケ崎の駅員が見ていたから。
警察からの情報では、その朝の1番目か2番目の電車に乗ったらしいという。
両方の家では旅行バッグがなくなっており、着替えだけでなく保存食なんかも持ち出されたらしい。
だがすでに捜索願が出されており、あちこちの警察に連絡がいっているという。

「くれぐれも、あなたたちが動揺しちゃだめよ。必ず無事に見つかるから」

そう言い残し、かえで先生は教室を出て行った。
入れ違いに、廊下で待っていた宗教のピアッツァ牧師が教室に入り授業が始まったが、生徒たちのヒソヒソ話がやむことはなかった。



そして、その4日後。
東城たちは、あっさり捕まった。

逃げた先は逢坂(おおさか)だった。
新斎橋(しんさいばし)とかいうところ。
人が多いので見つかりにくいという考えだったという。
小石隠すにゃ砂利の中ってやつだ。
安ホテルを転々としていたそうだが、4軒目で不審がられ通報された。
ホテルを出たところで待ち構えていた私服警官に声をかけられ、荷物を投げ出し春菜の手を引いて逃げたという。
しかし、地の利も何もない。
数十メートルも走らないうちに回り込まれ、警察へ。
迎えにいった両方の親とかえで先生にこっぴどく叱られ、その日の夜には自宅に戻った。
2人は自宅謹慎に。



東城は見送りに行くこともできないまま、春菜はこの街を去った。



「絶対忘れない 大好き」

春菜からの短いメッセ。
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登場人物紹介

山葉譲二

・やまは/じょうじ

・2年N組

・出席番号:36

・1月16日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・山葉美砂の兄

・部活は性に合わないのでやってない

・父親は樺太に赴任中で母親もたまに不在。こちらでは美砂と2人暮らしになるタイミングもある

・1年時はクラスの文化祭実行委員

・創立記念祭の実行委員

東城薫

・とうじょう/かおる

・2年N組

・出席番号:21

・2月10日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・佐伯春菜の彼氏

・山葉譲二の親友

佐伯春菜

・さえき/はるな

・2年N組

・出席番号:15

・3月22日生まれ

・16歳

・帰宅部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・東城の彼女。中学から付き合っている。小学校も同じだった

・東城、山葉の3人でつるんでいる

・父親が大手商社員

・東城の呼び方は「薫」。一人称は「わたし」

・中学時代はバレーが得意だったらしい

・山葉的には「バカそうに見えるが意思のはっきりした娘で、相手を立てるべきときはちゃんと立てる」良いやつ

・チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこ

※アイコンは自作です

山葉美砂

・やまは/みさ

・1年B組

・1月22日生まれ

・15歳

・彩ケ崎中学出身

・家庭部

・電車通学

・山葉譲二の1歳違いの妹

・父の転勤の関係で1年の半分は譲二と2人だけで暮らしている

※アイコンは自作です

紅村涼子

・べにむら/りょうこ

・2年N組

・出席番号:30

・5月3日生まれ

・16歳

・彩ケ崎東中出身

・電車通学

・初期の主人公級キャラ

・ひょんなことから山葉に告って付き合うことになるが、山葉は何とか別れたいと思っている

・なんだかんだで結構可哀想な立ち位置のキャラ

・小5のときに家族の転勤で関西方面からやってきた

・メガネっ娘

※アイコンは自作です

一ノ瀬かすみ

・いちのせ/かすみ

・2年N組

・出席番号:5

・5月15日生まれ

・16歳

・茶道部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・山葉譲二の幼稚園からの幼馴染。小学校で同級だった最後は6年生で、中学3年間はクラスが同じになることはなかった。譲二の妹・美砂のことも知っている

・おとなしく、相手を慮る気持ちが強い

・自宅は彩ケ崎駅南商店街の蕎麦屋「香澄庵」

・呼びかけ方は「山葉くん」。一人称は「わたし」

※アイコンは自作です

紫村かえで

・しむら/かえで

・2年N組担任(1~3年まで同じ)

・12月6日生まれ

・25歳

・中高大とも美咲女子

・国語担当

・紫村かなでの妹

・面倒見が良く生徒みんなから好かれている

・姉のかなでと一緒に伏木教頭の伯母が経営しているアパートに住んでいる

・軽自動車のコニーに乗っている

※アイコンは自作です

紫村かなで

・しむら/かなで

・2年K組担任

・10月9日生まれ

・26歳

・中高大とも美咲女子

・英語担当

・紫村かえでの姉

・妹かえでよりは性格がきつめ

※アイコンは自作です

穐山冴子

・あきやま/さえこ

・2年N組

・出席番号:1

・7月3日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・東京市赤坂区

・一応は電車通学

・1人娘で父親は軍人上がりの華族で会社経営者。金持ち

・同じく内部生の紀伊國蓮花と中学からとても親密

・穐山と紀伊國の父親同士は実は仕事での縁が深く旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・紀伊國のことは「蓮花」。それ以外も男女問わず呼び捨て。一人称は「わたくし」

・いろんなシーンで登場する準メーンキャラ

※アイコンは自作です

鶯谷ミドリ

・うぐいすだに/みどり

・2年N組

・出席番号:6

・8月25日生まれ

・たぶん16歳

・出身中学設定なし(内部生ではない)

・自宅は東京市淀橋区

・通学手段不明

・一人称は「あたし」「あたしゃ」

・校内の情報に精通しており、ヤバい情報や資料を多数持っている敵に回してはならない女

・たまにしか登場しない

※アイコンは自作です

織川姫子

・おりかわ/ひめこ

・2年N組

・出席番号:7

・2月11日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・自宅は横濱。ここからはるばる通っている

・ティーンズ雑誌の街角美少女に選ばれたことがある

・山葉を山葉と呼び捨てで呼ぶ数少ない女子

・一人称は「わたし」

・呼びかけるとき必ず「やあ」で始まる

・登場回数は少なめ

・アイコンは自作です

柏木踊子

・かしわぎ/ようこ

・2年N組

・出席番号:8

・6月13日生まれ

・16歳

・吹奏楽部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・かすみの実家・香澄庵近くにある小料理屋の娘で、商売柄親同士も仲がいい。かすみとは幼馴染

・後半は比較的登場回数が多い

・山葉と東城に何度かぱんつを見られる

・アイコンは自作です

紀伊國蓮華

・きのくに/れんげ

・2年N組

・出席番号:10

・11月21日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・自宅は東京市麻布区

・絶えず穐山とともにいる

・穐山のことは「冴子さん」と呼んでいる

・紀伊國と穐山の父親同士は実は仕事の縁で旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・非常に清楚な出で立ちでモテるはずだが、穐山がいつもそばにいるので男は寄りつけない

※アイコンは自作です

来栖マリ子

・くるす/まりこ

・2年N組

・出席番号:12

・12月24日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・天然。ドジ。料理がゲロマズ(らしい)。憎めない性格

・入学したての主人公たちを校内探検に誘ってくれた

・物語の至る所に出没する

※アイコンは自作です

ジェシカ・ライジングサン

・6月30日生まれ

・2年N組

・出席番号:18

・16歳

・Jessica Risingsun

・アメリカ人の留学生でオタクだが、日本全般の知識が豊富

・同じアメリカ人のレナーテに誤情報を吹き込むことがあり、それが元でレナーテと犬猿の仲

・銀行支店長の家にホームステイしていたが、支店長が不正融資で逮捕され紫村姉妹の家に転がり込む

・本編での登場は少ないが番外編「紫村姉妹の居候」と「ジェシーとレナ」では主役扱い(連載が終わったら公開します)

※アイコンは自作です

慈乗院和歌男

・じじょういん/わかお

・2年N組

・出席番号:19

・10月3日生まれ

・16歳

・太刀川第2中学出身(太刀川市)

・自転車通学

・かえで先生のことが大好きな男子生徒

・中学ではバスケ部だった

・モブだったが、なんだかんだで後半は重要な役割を持つ

・親が、生まれるのは女の子なので「和歌子」って名前にしようと決めていたが、男だったのでヤケクソで和歌男にしたらしい(ただし風説の類)

船橋弥生

・ふなばし/やよい

・2年N組

・出席番号:29

・1月28日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(御山、吉村と同じ)

・体型はちょっと太めらしい(山葉の見立て)

・物語後半での登場頻度が非常に高いキーキャラ

※アイコンは自作です

御山沙貴子

・みやま/さきこ

・2年N組

・出席番号:33

・8月15日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、吉村と同じ)

・バレー部(後に主将)

・電車通学

・物語のとても重要な人物

・1年のとき山葉に着替えを覗かれて以来、山葉のことを徹底的に敵視している

・とても執念深い性格

・同じ中学出身の船橋による中学時代の回想が恐ろしい

※アイコンは自作です

吉村莉緒

・よしむら/りお

・2年N組

・出席番号:38

・11月7日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、御山と同じ)

・母親は死んでおり父親が男手ひとつで育てた。学費免除の特待生で入学

・実は美形

・おとなしい性格でクラスでも仲の良さそうな同級生はいないようだが、後半から出番が増える

※アイコンは自作です

レナーテ・バックマン

・2年N組

・出席番号:40

・2月24日生まれ

・16歳

・Renate Bachmann

・セミロングの金髪で青い目。日焼け対策で夏でも白の中間服を着ている

・横里米軍基地の軍医である父親について母と妹とともに日本に来たので留学ではない

・中学までは基地内のスクールだったが高校から神姫に入った

・兄もいるが本国で大学生

・ジェシカにはめられ変な日本語で恥をかかされることが多い

・春菜と仲がよくお泊まりに来たこともある

・日本語で「小川麗菜」という当て字の名前を持っている。ジェシカと吉村が考案したもの

※アイコンは自作です

小錦厚子

・こにしき/あつこ

・理事長兼校長

・誕生日設定なし

・年齢不詳だが60歳は超えてるだろう(山葉の想像)

・かつては国語教員だった

・なぜだか男には「セニョール」と話しかける(が、スペイン系ではない)

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