第38話:恋敵の下級生・5
文字数 2,267文字
おかず、とは言っても冷凍食品の調理に着手する必要もなかった。
美砂は部活で作ったコロッケの残りを持ち帰ってきたからだ。
もし俺が何か作ってしまったらどうしたのだろうか。
メッセとかで連絡もなく、本当なら小言のひとつでも言いたいところだが、飲み込んだ。
美砂が着替え終わると、ほどなくして晩飯が始まった。
俺が食事前に謝ったことがよほど意外だったのか、「ふふん」と鼻であしらわれはしたが、美砂はそこそこ機嫌がいいように見える。
適当な世間話にも乗ってくる気配を見せる。
まずはコロッケを褒める。
なぜコロッケを作ったのか説明をする美砂。
同じクラスのタカちゃんはクリームコロッケに挑戦したが、全部パンクしてしまったという。
同じクラス。
そう、俺は同じクラスの、河合のことが聞きたいんだ。
だが、どうやってこのネタに無理やり関連付けたらいいだろう。
「同じクラスに家庭部の子って何人いるんだ?」
と聞いてみる。
「女子はタカちゃんと、白菊さんだよ」
「白菊さん?」
「うん。アーチェリーの白菊茉莉奈先輩の妹。
「え? 白菊先輩って妹いたのか!」
よーし、乗ってきた!
2個目のコロッケに箸を伸ばす。
「知らなかったんだ」
「なんか、一人っ子っぽく見えないか」
「どうかな」
「で、女子は、ってことは男子の家庭部員もいるのか?」
少し加速するぞ。
「いるよ」
「やっぱり料理作るのか?」
「当たり前でしょ。前にインスタのアカウント教えたよね。それ見れば料理の写真と一緒に男子も写ってるから。どうせ見てないだろうけど」
なにバカなことを聞いてんの? という顔をされる。
ちょっとしまったかもしれない。
だが、諦めんぞ。
美砂は食事が終わるとしばらくは部屋に篭ってしまう。
聞くべきことは、今聞いておかないとチャンスがなくなる可能性もある。
「そりゃそうか。ははは。で、何人いるんだ?」
「…3人、だけど」
何でそんなことを知りたがるの? とでも言いたげに俺の顔を一瞥すると、美砂も2個目のコロッケを取り皿に移す。
少しイライラしているようだ。
「クラスの男子も1人いるよ」
そこで、願ってもない答えが得られた。
クラスの男子。
そこから話題を発展させていこう。
「へー、そうか。美砂のクラスも男子って10人ぐらいだっけ」
「…な・な・に・ん」
こう答えて、ギロっとこちらを睨む。
「ごはん、ちょっと水が多かったんじゃない」
「す、すまん。入れすぎたかもしれん」
あう。話が逸れてしまう。
大皿の上のコロッケも残り2個。
サラダもほとんどなくなって、食事が終わる時間も近い。
父親がいる家庭だったら晩酌とかもあって、もう少しゆっくりなんだろうに、俺たちはふだん、さっさと食器を片付けて自分たちの好きなことをやりたいがために、食卓にいる時間は結構短い。
これは、単刀直入に河合のことを持ち出すしかないのか、それとも…
「7人いるんだけど、どういうわけか全員文系の部活なんだよね」
おお!美砂でかしたぞ!
これで一気に核心への距離が縮まったってもんだ。
「文系って、吹部とか、生け花とか、そういうやつか」
「音楽系が多いかな。軽音とか」
「ああ、ギターかついでる生徒とか見るもんな」
お互い、ついにコロッケ最後の1個に手を伸ばした。
もう残り時間わずか。アディショナルタイムすらないぞ。
速度を上げよう。
「ほかは?」
「ほかって、どうしてそんなこと聞くわけ? うちのクラスに興味でもあるわけ?」
返事もだんだん忌々しそうになってきた。
ここはもう適当かますしかない。
「いや、俺らのクラスって、俺もそうだけど、東城とか、クラブ入ってる奴少ないじゃん。よそはどうなのかなって、ナニゲに聞いてみただけだよ」
「…」
く、しまった。
東城なんて名前出したの拙ったか。
「音楽系以外は、うちの部と、美術部、天文と…」
さっさと返事してこの場を離れたくなったのか、ちゃんと返事をしてくれるじゃないか!
そうそう、あと1人。
いるだろ、茶道部の奴が!
「ああ、茶道部にもいた」
「茶道部?」
「茶道部がどうかした?」
「あ、いや、かすみと同じ部かと思ってさ」
「…河合って子だよ。ほら、上級生に人気があるとかいう」
美砂、お前はほんといい妹だ。
名前を自ら持ち出してくれるとは、俺は嬉しいぞ。
「河合?」
もちろん俺は、そんな奴は知らないというフリをした。
「そんな、上級生に人気の1年生なんているのか?」
「そう。どこかの誰かとは大違いだけどね」
さりげなくムカつくことを言う奴だが、ここは我慢だ。
「何で人気なんだよ」
だが、美砂はそれには答えず、ごちそうさまと手を合わせると、食器を重ね始めた。
いかん、いつの間にか追い抜かれた。
このままでは部屋に帰ってしまう。
食器を洗うのは、料理当番である俺の役割でもある。
美砂はこの後はフリー。
部屋に戻ろうと思えば、今すぐ立ち去ることもできる。
ここまできて、一番大事なことが聞けないのか。
「分かんない。話したことないし。ああいうタイプ、嫌いだから。でも…」
「…」
「でも、なんか、尽くすタイプらしいよ、と・し・う・え・に。 聞いた話だけどね」
こう言うと美砂は急ににっこり微笑み、スマホの画面上で指を動かしながら部屋に戻っていってしまった。
結局、これだけ頑張っても情報として得るものはほとんどなかったと言って等しい。
しかし、最後に聞き出した「年上に尽くすタイプ」という言葉。
あれはまさに、俺が昼間、目の当たりにしたことだ。
それを裏打ちすることはできた美砂の情報。
これだけでも十分、妹に感謝しなければならないだろう。
ありがとう、美砂。