第22話:花火大会
文字数 5,155文字
テストが終わった。
夏休み最初の2日間が潰され、なんかすげー損をしたような気もするが、これで完全にフリーだ。
気になるテストの返却だが、それは来週の出校日に行われ、成績が悪いと補習となる。
俺は幸い、鶯谷からテスト問題を教えてもらったので、ほぼカンペキだ。
いきなり100点というのも不審がられるので、わざと間違いを書く余裕すらあったよ。
東城も春菜も全然ダメみたいなことを言っていたから、補習は間違いないだろう。
なんか気分がいい。
今日は美崎湖岸で花火大会がある。
以前、電車の中でかすみに誘われた、あの花火大会だ。
本当ならテストが終わる予定だった先週土曜に行われるはずだったのだが、例の大雨で湖岸が荒れてしまったため、今日に延期されていた。
学校が終わると、多くの生徒がダッシュで飛び出した。
制服のままじゃ味気ないので、家に帰って私服や浴衣に着替えるためだ。
中には駅のロッカーに預けて、そのままトイレで着替えるという要領のいい連中もいる。
俺はこの花火をかすみと2人だけで行きたかったというのは、言うまでもない。
かすみにその後、そのことを伝えようと思ってはいたのだが結局、風邪や大雨騒動などで言えずじまいになってしまい、何人かのクラスメートと連れ立って行くことになってしまった。
ま、人数が多い方が楽しいといえば楽しいのだが。
一緒に行くのは俺たち以外は、東城、春菜、レナーテ、ジェシカ、御山、慈乗院、美砂、それになんと、かえで先生だ。
美砂には声をかけなかったのに、どこで知ったのだろうか。
レナーテとジェシカが一緒とは…何か起きなければいいが。
御山が来るのは意外だった。一体何を考えているんだろう。
慈乗院はかすみが誘ったらしい。
で、かえで先生は慈乗院が呼んだということだが、先生はきっとあいつに独占されてしまうだろう。
慈乗院は勝手に「かえでガーディアンズ」を名乗り、かえで先生にべったり張り付いている。一人なのにガーディアン「ズ」とはこれ如何にとは思うが。
先生もそれを知ってか知らずか、まんざらでもなさそうってトコがおもしろいっちゃあ、おもしろい。
花火は午後7時から始まる。
俺たちはいったん家に戻り5時に元町の駅前に集合することにした。
美崎湖というのは、美咲元町の駅から南へ、ちょっとした丘を越えて下っていった先にある。
直線距離なら姫高からも近いのだが途中は結構な急斜面で道路はなく、山岳部の連中でもない限り難易度は高い。当然、スカートの女生徒には到達不可能だ。
そのため、学校からは元町の駅を経由して逆V字形に南に戻ることになる。
湖と名乗ってはいるが、ちょっとでかい池という風情で地味だ。
不便さと地味さで、普段は犬の散歩やジョギングの市民がいる程度だという。
近いのだから学校の屋上こそが特等席のような気もするが、花火のために夜の校舎が開放されることは、さすがにない。
美崎湖の「崎」という字は違うが、読み方が同じ美咲市の名前もこの湖に由来しているらしい。
駅前からはバス。
道路沿いは緑が深く、公園や遊歩道も整備されているが、駅付近を除けば住宅や店もあんまりないところだ。
湖の辺りには、ボート乗り場や小さな旅館、会社の保養所が少しある程度。
言ってみれば袋小路のような場所で、そこからほかの地域に道が通じていることもなく、駅からのバスは全部ここで折り返す。
普段、本数は2、3時間に1本しかない。しかも終バスは午後5時だ。
しかしさすがに花火のある日。この日だけは、臨時バスが走っていて、周辺には露店も軒を連ねて賑やかになる。
「お、いるいる」
俺は東城、春菜、かすみと彩ケ崎の駅で一足先に待ち合わせ、元町の駅に着いたのは、約束の時間の10分ほど前だった。
すでに、慈乗院、かえで先生、レナーテは着いていて、改札を出た先で俺たちの方に手を振っている。
かえで先生は…浴衣姿だ!
その横で慈乗院は鼻の下を伸ばして、かえで先生のキンチャクやビニールシートを持っている。
レナーテも浴衣姿だが、誰に借りたんだろうか。
「お待たせー、きゃあ、レナーテ、かわいい!」
春菜が走って行き、レナーテの回りを跳ねている。
「あとは、御山さんとジェシカ、それと妹さんね」
かえで先生は集まった面子を目で数えると、俺の方に顔を向けた。
別に俺は幹事じゃないんだが、ま、いいか。
俺はあの晩のことで、美砂や東城と気まずい雰囲気になっていた。
しかし俺と東城、俺と美砂、それぞれの間には「この話題にはこれ以上触れない」という暗黙の了解みたいなものができてしまい、何かしっくりこないが有耶無耶になりつつある。
東城が「何もしてない」と言ったことは信じているし、ひとつ屋根の下で暮らす美砂も普段と変わらぬ様子で食事を作ったり、学校と家を往復している。
夕方の駅で見失った、あの美砂に似た少女が美砂でなかったということは、あの後すぐに分かったのも幸いだった。
鶯谷があの2人を正面から写した写真を、俺の靴箱に届けてくれたからだ。
つくづく、あの女は凄い。
絶対、敵に回したくない奴だと痛感した瞬間だった。
そうして迎えた花火大会。
いろいろあったことはとりあえず置いといて皆と楽しまねば。
東城もそれを察してか、努めて明るく振る舞っているようだ。
「やあ、みんなも花火~」
突然俺たちに加わってきた娘がいた。
呼びかけに「やあ」をつける独特な話し方で、それが誰かはすぐに分かった。
「やあ、みんな」
「なんだ、織姫。お前、制服かぁ?」
東城が先に反応した。
一度帰って着替えるのは時間的に無理だし、別に服装にこだわりはないので駅周辺で時間をつぶしながら、知った顔が現れるのを待っていたらしい。
「何ていうか、この方が動きやすいじゃない」
腰に手を当て、笑顔の織川。
浴衣姿を拝めなかったのは残念だが、美人が仲間に加わり気分も高まる。
「お、あれ、K組の連中じゃねーか?」
東城が目ざとく、別のクラスの女の子たちを見つけた。
「相変わらず変わりもんが多いな、あのクラス」
K組の女生徒たちは4、5人で固まっていて、東城が言う「変わりもん」は夏だというのに、どこで調達したのか焼き芋を頬張りながらニコニコしている。
「このクソ暑いのに。どこで売ってんだ焼き芋。お、あそこには1年生もいるな」
俺も別の集団を見つけ、指さした。
私服や浴衣に着替えてるので普段とはまた様子も違っているが、美砂の同級生のタカちゃんや国分ちゃんがいたので、すぐに分かった。
それに、あの輪の中には美砂もいるようだ。
間もなく、俺たちを見つけると美砂が走ってきた。
「すいませーん」
「美砂ちゃん、みんなはいいの?」
かすみが尋ねたが、ここで偶然出会っただけだから、当初の予定通り俺たちと一緒に行くそうだ。
ほどなくして、御山とジェシカも到着し、織川を加え11人になった俺たちはバスに乗り込み、湖へ向かった。
◇ ◇ ◇
花火大会が始まるまで1時間以上ある。
周辺の道路は露店がひしめき、ヤバそうな兄貴がやってる店だけでなく、学校前にも売りに来ているケバブやクレープの販売車がいたり、駅前のVipバニーズや、すかいあ~くも出張販売所を設けアイスクリームや弁当を並べるなど、ここがあの静かな美崎湖かと思うほどの賑やかさだ。
俺はかすみと並んで歩いている。
御山はレナーテと楽しそうだ。
ジェシカは織川、美砂、慈乗院、かえで先生と一緒に立ち止まったり、何かを見つけてしゃがんだりして忙しい。
東城は春菜と一緒にりんご飴を食べながら相変わらず仲がいい。
さして涼しくなるわけもないが、ウチワをパタパタ振って、いかにも夏祭りって感じ。
俺たち11人は最初ひとかたまりとなって露店巡りを楽しんでいたが、
「あ、紅村さん」
かすみのそのひと言に、俺はぎょっとした。
見ると、かすみの目の前には涼子が一人で立っており、ちらっとこちらに視線を向けた。
「あ、一ノ瀬さん。それに、山葉くんも」
「お、おう」
おう、と返事するしかないだろ。
なんだってこんなときに涼子が目の前に。
他の連中も寄ってきて、せっかくだから一緒に回ろうということになった。
そりゃそうなるわな。
最初に見つけたのがかすみだったため、成り行きかなんか知らないが、俺はかすみ、涼子の3人で歩くことになってしまった。
「紅村さんが来ること分かってたら、最初から誘ったのに」
「ううん、最初は前々から用事があって、この日はダメだったの。そしたら急に用事がなくなって。ここに来れば誰かに会えるかなと思って」
「そうなんだ。みんなもいるし、楽しみましょ」
かすみは呑気なものである。
なんにも知らないから仕方ないが、俺は少し不機嫌になった。
「にしても紅村さん、この前は大変だったんでしょ、ほら、あの大雨のとき」
うっ。
話が続かなくなったのか、急にかすみがその話題を持ち出した。
「うん、あの時はほんと。電車は止まるし、雨風は酷くなるし」
「確か、山葉くんと一緒だったのよね」
いきなりこちらに話を振ってくる。
「あ、ああ、大変だったよ」
その話はよせ。
そんなことは言い出せず、返事をするしかない。
「でも、朝まで駅って大変だったわねえ」
あくまで、かすみはノー天気である。
紅村の方をちらりと見る。
一瞬目が合った。
「山葉くんがいてくれて助かったの。ホント、優しかったわぁ」
「山葉くんは、昔っから誰にでも優しい人だったよね」
「わたし、山葉くんのこと一生忘れないと思う」
かすみはそれ以上語らず、俺の方をちらりと見ただけだった。
くそっ!
完全に尻尾を握られてる。
しかも、こんな、よりにもよってかすみがいる状況で、身動きも取れない。
今すぐ紅村の口を塞いで、ひと気のないところにでも連れて行き、懇々と言って聞かせたくても、もちろんそんなことはできっこない。
これからも、こんな真綿で首を絞められるような目に遭うのだろうか。
不快だ。
◇
◇
◇
午後7時。
最初の一発を合図に、花火大会が始まった。
赤や緑のはじける光にあちこちで歓声が上がる。
歩いているうちに人ごみの中でバラけてしまったが、みんなもそれぞれの場所で花火を眺めているのだろう。
ま、スマホがあるのだから、帰りに集合すればいいか。
せっかくだから、俺はかすみと2人だけで花火を…見たかった。
しかし、結局は紅村を含めた3人で見るハメになってしまい、そのまま、花火大会は終わった。
その後、連絡を取り合い、11人、いや12人が揃ったのは花火が終わって30分近くたってからだった。
結局、他の連中はほとんど一緒に花火を見ていたらしい。
聞くところによると、レナーテがまたジェシカに騙され、みんなの前で大恥をかかせられたそうで、カンカンだったという。
なんでも、花火が上がるときに「キ○玉屋~」と声を出すのが日本の慣わしだとジェシカに吹き込まれたレナーテが、みんなの前で大声で叫んでしまい、周りにいた客からも一斉に振り向かれたんだそうだ。
意味も分からずにいたところ、春菜に耳打ちして教えてもらったレナーテが切れ、ジェシカと胸倉のつかみ合いになったという。
なんともはや、ジェシカって奴は…
それにレナーテだって過去に何度か痛い目見てるってのに警戒感なさすぎだろ。
もちろん2人が仲直りをするはずもなく、ジェシカはかえで先生にこっぴどく怒られ、ソッポを向いている。
レナーテはレナーテの方で、御山とわざとらしいほど明るく話しているのがおかしかった。
駅に向かうバスは次々とやってくる。
混んではいたが、たまたま列の先頭になった俺たちは全員座ることができた。
当然、かすみの隣に座ろうと思ったのだが、なぜか紅村に席を取られてしまい、俺の横には織川がいる。
ひとしきり、花火が綺麗だったとか、屋台で何を食べたかという話をすると、不意に織川が話題を変えた。
「ところで、美砂ちゃ、妹さんて東城のこと好きなの?」
「え、何で?」
「なんか、東城と春菜の間に割り込んで、腕に絡みついたりしてたよ。春菜、ちょっと怒った顔してた」
俺は左斜めの2、3列後ろの方に座っている東城と春菜の方を見た。
いつもと変らぬ様子でニコニコしながら話をしていて、こっちには気付かない。
美砂はなぜだかかえで先生の隣に座って機嫌良さそうに話しこんでいる。
通路を挟んだ1人掛けの席にいる慈乗院が、それをジト目で睨んでいる。
「好きとかじゃなくって、学年違うしさ。他に話できる相手がいないからあの2人のトコに行ったんじゃねーの」
何か引っかかるものはあったが、適当に返事をしておいた。
元町の駅に着くと、もう10時を回っており、さすがに解散となった。
俺たち彩ケ崎に向かう連中はそのまま電車に乗って帰ったが、電車の中でも、そして家に着いても、特に美砂に変った様子はなかった。