第40話:修学旅行~ある目撃
文字数 3,884文字
10月からの約1カ月間はイベントラッシュだ。
2年生はまず上旬に修学旅行。
中旬には体育祭があり、11月上旬になると、今度は文化祭が始まる。
それぞれの準備などもあり、勉強なんてほとんど身が入らない状態だ。
今、俺たちは修学旅行で新幹線に乗っている。
目的地はなぜだか
去年の2年生は台湾で、その前の年は夏に大連と旅順へ行ったっていうのに、なんで俺たちの時は那古野なのか、皆目見当がつかん。
一説によると、理事長の小錦が那古野には行ったことがないらしく、それで決まったんだと。
万博もとっくに終わっちまったのに、何を考えてるんだか。
車内では東城と春菜が並んで座り、向かい合わせた座席には、御山とレナーテ。
ハーレム状態の東城は4人で実に楽しそうだ。
座席は気の合った者同士で座ってよいということで、それぞれの席は盛り上がっている。
俺はというと、一番端っこのドアの真横で、村本と同席していた。
じっとしていられない生徒がほかの車両との間を行き来したり、ひっきりなしにやってくる車内販売のおかげでドアは開いたり閉まったりを繰り返している。
気が散って仕方ないが、そんな環境に村本と一緒にいるのには理由がある。
あの体育館裏での涼子との一件。
それに続く、かすみと河合のこと。
涼子のことについて、かすみには東城、春菜も立ち合わせて事情を話し、分かってもらえた。
かすみも俺のことを一応は信じてくれるという。
だが、気の優しいかすみは、自分があからさまに俺と付き合っているところを見せ付けては涼子や河合を傷つけると心配したのだ。
そのため、校内では普通の友達程度の付き合いにして、仲良くするのは外だけにしようと、そういう結論になった。
でなきゃ今、俺の横にはかすみがいて、東城たちの向かい側に座っていたはずだ。
しかし、嫌われたわけではないので、俺はそれはそれで納得している。
村本とは、それほど親しい方じゃなかった。
朝、教室で顔が合えば挨拶はする、そんな程度の間柄。
パソコン同好会とやらに入ってはいるみたいだが、だいたいは一人で学校に来て、一人で帰ってゆく。
そこで、一緒に座る相手を村本の方から指定することはないだろうと踏んだ俺は、わざと奴を指定したのだ。
それは涼子を避けるためだ。
涼子については、体育館裏での事件後すぐに断ろうとは思っていたのだが、かすみを巡る河合との確執みたいなものが発生し、ちゃんとは伝える暇がなかった。
そのため、万が一にも涼子が俺の隣に座るのを避ける必要があったのだ。
まったく、どうして俺の周りのトラブルは完全クリアーにはならないんだろうか。
さて、その村本だが、いかんせん、こうやって並んで座っていても共通項がほとんどない。
どうやら鉄ヲタらしく、窓の外を見ては「あれは何系だ」とか「何線が見える」とか、きゃーきゃー言ってるが俺は全く興味がないし、パソコンの話を振ったところでついていけないだろう。
しかし、ダンマリもつまらないのでゲームや漫画の話をしているうちに、突然、相談を受けた。
さっきまでとは打って変わり、なんだか落ち込んでいる様子だ。
「どうしたんだよ、村本」
「うう…」
「なにがあったんだ」
「み、御山さんに振られて…しまいました」
「み、御山って、あのバレー部の御山沙貴子っ?」
◇ ◇ ◇
まあ、御山がかわいいのは認める。
しかしだ、よくもまあ、あんなのに告ったよな、村本も。
他の相手にはどうだか知らないが、こと、俺に関しては、御山は鬼門だ。
いや、御山だけではない、奴の属するバレー部自体が鬼門なんだが。
「ふ~ん。でもまあ、そう落ち込むなよ」
こういう場合の常套句で「落ち込むな」とは言ったものの、他にいいセリフは浮かばんのかと、我ながらもどかしい。
「うう。御山さん、他に好きな人が…いるそうなんです」
「他に好きな奴? まあ、あいつだってそりゃいるだろうさ。そこそこかわいいんだし、他の男もほっとかんっしょ」
「うう、でも、悲しいですぅ」
「てか、お前、ちゃんと御山本人から聞いたのか?」
「て、手紙を渡したんですが…」
「手紙って、もちろんアレだよな?」
「その場で、読みもせずに突っ返されて、そのときに。うう」
「速攻かよ」
村本はうつむいたまま嘆いている。
「まあ、他にもさ、女の子いるんだし、な!」
「うう、ボクは御山さんでなきゃダメなんですよぅ」
「でも振られたんだろ? だったら潔く忘れちまえ。もう、めそめそすんなよぉ」
「でも、相手がボクの知らない人じゃなかったから」
「ん? どういうことだ?」
「御山さんの好きな人、見てしまったんです」
「誰だよ、それ」
「うう、い、言えません」
「言えねえって、おまえ相談持ち掛けといてそりゃねーだろ」
「うう、でも」
「誰にも言わねーから、なっ」
「約束…ですよ」
「ああ、分かった。だから教えろ」
「と、東城さんです」
「!」
「東城さんと御山さんが、体を寄せ合って歩いているところ、見てしまったんです」
「と、東城ぉ? ってか、あいつ春菜がいるじゃん! お前も知ってんだろ」
「だ、だから、言いたくなかったんです」
「でも待てよ。2人で歩いてたからって、なんで付き合ってることになるんだよ。たまたま、じゃねーのか?」
「体寄せ合ってて、たまたまもないじゃないですか」
「んん、まあ、確かに一理あるが」
俺は腰を浮かせると、だいぶ前の方に座っている東城を見た。
ここからは後頭部しか見えない。
奴の横の窓際には春菜が座り、春菜の向かい側にはレナーテ。
レナーテの横には御山がいるので、東城と御山は向かい合っていることになる。
でもな、だからって、そんな大胆な。
だいたい東城は、美砂の件で春菜以外の女には懲りてるはずだ。
それに春菜にだってあんなに愛されてるのに、浮気なんかするわけないだろ。
現に、ほら、今だって春菜の肩に手を回していちゃつきながら自撮りしている。
クラスでも「夫婦」って言われてるぐらいで、それは御山も知ってると思う。
「それ、見間違いじゃなんかじゃねーの?」
俺は村本に念を押してみた。
「見間違いなんかじゃないですよ。東城さんならともかく、好きな女の子を見間違えるわけないです」
「ん。それは、そうだな…」
「うう」
「で、それって、いつのことよ?」
「6…月です。6月の、下旬」
「6月下旬かあ。夏休み前だよな。あのころって大雨が降って、それ以外はだいたい休みの日でも東城、春菜と一緒にいたからな。あいつ一人で御山と会う時間なんてなかったはずだがな」
ん、待てよ?
大雨っていやあ、例の美砂と東城がキスしたっていう事件もあったな。
大雨のとき?
そうだ、あのころ、クラスで風邪が流行ってて、俺は涼子と組んで処沢の上川んチに行ったんだった。
そのとき、確か東城はくじ引きで御山と組んだはず。
そ、そのとき…か?
「なあ、村本さ。6月って大雨降ったじゃん」
「ええ」
「東城と御山を見たっての、その前? それとも後?」
「ちょうど大雨当日だと思います」
「な~んだ! だったら心配いらねーって。ほら、あの時さ…」
俺は例のクラスメート宅冊子配布作戦のことを話した。
あの日は回っているうちに大雨になり、俺でさえ涼子と体を密着させて歩かざるを得ないほどだったんだ。
東城に御山が寄り添っていたというのも、雨を避けるためと考えれば何らおかしなところはない。
「それって、雨の中だっただろ?」
村本を安心させるためと、自分の考えが合っているということを確認する意味も込め、俺は自信に満ちた口調で村本の肩を叩いた。
「う~、雨、降ってたかなあ」
「降ってたさ。まあ、3カ月も前で忘れちまったかもしれないけど、間違いねーって」
「言われてみれば…」
「だろ? で、時間は夕方だったはずだぜ」
夜は俺が帰らなかったんで、東城は美砂と一晩中いて力づけてくれてたわけで、これは美砂という証人がいるから間違いない。
朝は一緒に春菜と登校したはずで、昼間は学校。朝でも夜でも昼でもないっていったら、残るのは夕方しかないじゃないか。
で、夕方といえば、冊子配って、そんで帰ってくると、その時間とぴったり合ってる。
「夕方というよりは、夜でしたけど」
「まあ、一緒さ。雨が降ってたんだから、いつもより暗かったはずだし」
「…そうですね」
「だからさ、心配ないって。付き合ってたんじゃなく、雨に濡れないよう一緒に歩いてただけだって」
「うう、分かりました。そこまで言うなら違うかもしれません。でも『好きな人がいる』って言ったのは確かなんです」
「…そう、だよな」
「誰なんでしょうか」
「俺に聞かれてもなあ。御山のことはあんまり知らないから」
なんで俺が東城のことを擁護してやらにゃならんのか、考えるとムカつくが、まあいい。
「場所は? そう、場所はどこよ、見た場所」
「彩ケ崎駅の南口です」
「彩ケ崎の南口? そりゃ、御山を見送っただけだろ。俺と同じで東城は北口から徒歩だけど御山は確か市電だろ。市電の乗り場は南口だ。まちげーねーよ」
東城が女に親切なのは昔っからだ。
相手が御山であっても、奴にとっては雨に濡らしては可哀想な一人の女の子に過ぎん。
それ以外にありえないだろう。
「あの、山葉さん」
「ん…ん?」
「こんなこと言うと怒られるかもしれないんですが…」
「ん、なに?」
「あの、妹さんって、付き合ってる人…」
なにぃ~
やっと東城騒動が終わったかと思ったら、今度は村本かよ!
もう、ゴタゴタはごめんだ。
「ああ、あいつ、好きな奴いるって。悪いね」
「ふえ~ん(泣)」
俺は適当にありもしないことを言って、村本には諦めてもらった。
ごめんな、村本。
電車は那古野駅に到着した。