第54話:後夜祭
文字数 3,992文字
後夜祭。
恒例のフォークダンスだ。
フォークダンスは義務ではなく、踊りたい連中が踊ればいい。
だいたいはカップルで踊っているが、女子同士、中には受け狙いなのか男同士という組み合わせもある。
笑い声が飛ぶ。
ぱちぱち…
オレンジ色の炎から火の粉が舞い上がり、見ている生徒の顔も同じ色に染まる。
俺たちは踊るというのもこっ恥ずかしく、グラウンドの隅の方で草の上に腰を下ろして見ていた。
春菜は東城の左に座り、右腕を絡ませて身を寄せている。
俺もかすみと並んで座ってはいるが、あそこまであからさまにはできない。
普通の間隔をあけ、炎を眺めていた。
昼間の出来事。
指輪を買ってもらい有頂天になった美砂。
爆発寸前だった春菜。
板ばさみの東城。
ただ、おろおろしてただけの俺。
全く無関係な柏木が現れたことであの場はうやむやになったが、このままではまた同じことが起きかねない。
美砂はいったいどういうつもりなのだろう。
数カ月前の大雨のとき、美砂は東城に慰められ、キスをした。
あれで美砂はのぼせ上がり、春菜と東城がデート中のファッションビルや花火大会でも絡みついたりしていた。
だが部活とウソをついて出かけた日、東城に告って断られ、あれで終わっていたはずだ。
美砂本人が「好きだと言ってくれたというのはウソだった」と言ったのだから。
俺が東城を殴っちまった、あの時だ。
しかし、きょうの美砂の態度からは、相変わらず東城のことは諦めていないように見える。
公園であんなふうに好きな男の前で醜態を晒したんだから、いくら月日が流れたとはいっても、ふつうは懲りてるだろう。
それとも、俺の知らないところでまた奴と何かあったのか?
でも、東城が見せたあの困惑の表情。
肩を持とうというつもりではないが、あれは「必死に隠そうとしてるのに、美砂が勝手にばらそうとしてる」ことに対する怒りや焦りの要素を含んだ困惑ではなく、「終わったはずなのに、まだ美砂が何か勘違いしており、ここに春菜がいるのにやめてほしい」という、本当に困っている顔に見えたんだが…
東城もキッパリ断ればいいのに、やつにはそんなことはできない。
公園で告られて断ったとはいうものの、それは体育館裏で東城本人ではなく春菜から聞いた言葉だ。
まさか、まだずるずると続いている…なんてことはないよな。
美砂が何を考えているのかは分からないが、はっきり断らない東城の態度が状況を混乱させているのも確かだ。
あいつは、女の子にいい格好をしようとかいうよりも、相手が春菜であれ美砂であれ、道に迷って困っている見ず知らずのおばあさんであれ、女に何かを頼まれると断れない、放っておけない、女の人に可哀想な思いをさせたくない、そういう性格なのだ。
それは中学の時からよく知っている。
このままでは、美砂も春菜も東城も、そしてこの3人の周りの人たちも振り回され、傷つき、不幸になるだけだろう。
でも、俺に何かできるだろうか。
美砂に酷い言われようをされることもあるが、血を分けた、かわいい妹だ。
東城と春菜だって、いろいろあったが親友だ。
どちらかの肩を持つなんてこと、できっこない。
俺だって、好き好んで誰かから憎まれたくはない。
◇
◇
◇
騒動の後、R組の和風喫茶。
美砂は何も疑うことはないというような顔で東城の隣に座ろうとした。
教室の机を並べ替えてクロスをかけただけのテーブルは4人がけ。
こちらは柏木含め6人なので、余った2人は少し離れた2人席へ行くことになる。
美砂は東城がどこに座るのか見極めようと、立ったままだ。
東城と春菜もなかなか座れない。
俺とかすみとて、そうだ。
「な~に、遠慮しあっちゃってぇ」
何も知らないのは柏木だけ。
彼女はさっさと座ると、「かすみ、隣に座ってよ」と、強引に手を引いて座らせた。
向かい側には残り2席。
さて、どうなる。
だが、解決策はあっさり柏木に示された。
「エッチな2人はあっち、あっち!」
ぱんつを見られ、胸を揉まれたことを根に持っている柏木は、俺と東城に向かって手をひらひらとさせ追い払う。
「え、でも私は…」
「ここは、女の子だけで座るのよ」。美砂は何かを言い出そうとしたが、柏木は聞いちゃいない。
「さっさと注文して食べようよぉ。ほらそこの男子、物欲しそうに見てないで! しっしっ!」
なおも畳み掛ける柏木に
ぎこちない動き。
春菜と美砂は「ど、どうぞ」とか言いながら席を譲り合っている。
根本的な解決には何らならないが、当座の修羅場を回避でき俺と東城はむしろホッとして、日当たりの悪い2人席で向き合って抹茶をすすることになった。
1時間ほどで解散。
クラスと家庭部の片付けに行く美砂は別れしな、東城の目の前にリングのはまった左手をかざし、礼を言うと去っていった。
そのときはもう、春菜の方には一瞥もくれなかった。
◇
◇
◇
「そろそろ帰るか」
キャンプファイヤーも終わりに近づいた。
東城は立ち上がり、春菜に手を貸している。
「何だか疲れた」
体を重そうにして春菜も立ち上がる。
「あしたは残りの片付けと掃除か」
俺も脱力した返事しか出てこない。
4人で駅へ続く坂道を下っていく途中も、会話は弾まない。
このあたりで建物といえば姫高しかないため、バスも午後7時半が最終という環境だ。
夜も9時を回り、駅への移動手段は徒歩のみ。
普段も歩いているとはいえ、疲れたときにはバスに乗りたいのも人情。
こういうときに限って、目指すものがないのは世の常なのか…
文化祭実行委員会の役員など、許可を受けた一部の生徒は見張りや火の始末などで校内に泊まっていくことが許可されているようだが、一般の生徒は帰宅しなければならない。
ただ、疲れているのはいろいろあった俺たちぐらいのもので、他の連中は高揚した気分が持続しているのと、夜の学校という非日常ということもあって文字通りワイワイガヤガヤと
「オレも泊まりてーな」
東城が誰に言うともなく、ボソっと呟くが誰も返事はしない。
とにかく疲れた一日。
みんな早くベッドにもぐり込みたいのが心情なんだろう。
坂を下ってゆく生徒の列は道路を挟んで両側にできており、それなりの人数だ。
事情を知らない人が見たら、こんな夜にいったい何があったのかと思うだろう。
花房神社が左手に現れるころ、その先の早苗橋が見えてくる。
まっすぐ伸びた橋を渡れば市街地で、美咲街道と呼ばれる国道を越えれば駅はすぐそこだ。
「なあ山葉、今何時だぁ?」
前を歩く東城が、気だるそうに振り向いた。
時間なんて自分で調べりゃいいのに、なんで俺に聞く。
しょうがないからスマホでも見て答えてやろうかと思ったら、
「9時半回ったとこだよ、薫」
代わりに春菜が返事をした。
しかし、
「電車、乗れそうなの何分だぁ?」
さらに質問を続けてくる東城。
何だか鬱陶しい気分ではあるが、俺のスマホに時刻表アプリが入っていることを知ってのことなんだろう。
確かに交通は便のいい街ではあるが、この時間になると本数も減ってくるから、それを調べてくれっていう意味なのだと察し、ポケットの中をまさぐった。
いつもの右の内ポケット、あれ? おかしいな…
左の胸…ん?
尻のポケットも…ないな
ブレザーのポケットを全部捜してもスマホが見つからない。
拙いな、落としたのか?
俺は立ち止まり、もう一度全部のポケットに手を突っ込んでみたが、やはりなかった。
「どうしたの?」
かすみや東城たちも立ち止まる。
「いや、スマホ、なくってさ…あれ?」
まだ、坂を下りてくる生徒たちの邪魔になってるみたいなので端っこに4人で寄る。
スクールバッグの中もあちこち見てみるが、それらしいものは見つからず、さすがに焦る。
こういうとき、バッグの中に余計なものを詰め込んでない奴はすぐに答えが得られるんだろうが、俺は整理が下手なのか、ペットボトルの茶だのミニタオルだの、駅前で配ってたティッシュや、くしゃくしゃになったチラシなんかに邪魔されて全然手が奥に進まない。
そのうえきょうは、文化祭のパンフレットも加わっているのでなおさらだ。
焦りとともに腹まで立ってきて、中身を路上にぶちまけたい気分だ。
「じゃあ、ちょっと私が電話入れてみるわ」
そんなとき、機転を利かせたかすみが自分のスマホを取り出した。
「かすみ、あったまい~」
春菜が酔っ払いみたいにはしゃぐ。
かすみは履歴から俺の名前を選び、発信ボタンを押すと、画面をこちらに向けた。
しかし、期待とは裏腹に俺の着信音はどこからも聞こえてこなかった。
「こりゃ落としたな」
何とも情けなく、自分に問いかけるように呟く。
「山葉、キャンプファイヤーのとき草むらに寝そべったりしてたじゃねーか。あそこらへんに転がってるかもしんねーぞ。行こうぜ」
「じゃあ、みんなで戻ろうか」
「さすがにスマホは拙いわよね。あちこちで電話掛ければ音で見つかる可能性もあるし」
3人はそれぞれにスマホ探しを手伝おうと、道を戻ろうとする。
ありがたい話だ。
だが、あすは朝から後片付けで、きょうはもう遅い。
それに、みんなが疲れていたのは見て分かってる。
「いや、いいよ。ひとっ走り行ってくるわ。東城さ、かすみを送ってってくれ」
「水くせーぞ。4人で捜した方がはえーだろ」
「私はいいのよ、山葉くん」
落としたのは俺がドジ踏んだからだ。
行って必ず見つかる保証だってない。
このまま決断しないでいると、みんなもついてきてしまうだろう。
「見つかったらトーク送るわ」
そう言い残し、俺は今来た道を小走りで戻った。
「あいつも言い出したら聞かないとこあっからな。しょーがね、帰るか」
仕方ないなという顔をして、3人は再び坂を下っていった。