第30話:妹の嘘

文字数 2,335文字

<2年生 9月某日・土曜夜>

「あ…」

美砂は明らかに焦っている。
俺が家にいることは分かっていたはずだ。
だが、よもや玄関で鉢合わせするとは思わず、心の準備ができていなかったのだろう。

「ご、ごめんなさい。遅くなっちゃって」
「いや、俺もすっかり忘れてたから。でも、どこ行ってたんだ」
「兄貴遅いからさ…外に、食べに」
「1人でか?」
「ん、友達…と」
「友達って」
「部の」
「こんな時間までアレだろ。俺にも責任があるから、今度学校で詫び入れとかないと。誰だよ、名前は」
「いや、そんな詫びなんていいよ、そんな」
「じゃあ、名前だけ教えろよ」
「え、いいよ、そんな。どうしてそこまで」
「言えないような、相手じゃないよな?」
「ん……」
「お前、最近変だぞ。この前も、部活、本当は休みだったんだろ」
「……」
「お前さあ…」

「いいじゃない、そんなこと!」

美砂が突然切れた。

「いいワケねーだろ! 何でウソつくんだ。ウソついてまで、どこほっつき歩いてんだ。いいか、この家に親がいない以上、お前の身に何かあったら困るんだよ!」
「何よ、それ? 自分のメンツのこと考えてるの? それともシスコン?」

痛いところを突かれた。
確かにそうかもしれない。
つい勢いで親のことを持ち出してしまったが、そんなことはどうでもいい。
美砂が何をしているのか、この俺が、知りたいのだ。
ここでやめてもよかったが、止まらなかった。

「何だその言い方? じゃあな、はっきり言ってやる! 春菜から聞いたぞ、全部! お前、まだ東城と付き合おうって気ぃ持ってんのか」

春菜、東城。
この言葉が出たとたん、美砂は横を向いてしまった。

「おい、どういうつもりなんだ。何とか言え」

横を向いたまま答えない。

「あの2人のことを壊すな」

美砂は黙っている。

「俺はシスコンじゃない。恋愛するなとか言ってるんでもない」

美砂は黙ったまま背を向けると、玄関から出ようとした。
俺は肩をつかみ、部屋に引きずり戻そうとした。
美砂は俺を振り払うと向き直り、怒りのこもった口調で言い放った。

「…いいでしょ、誰と付き合ったって。東城さんだって私のこと好きだって、言ってくれたんだから!」

◇    ◇    ◇

公園に呼び出した東城は口から血を流し、顔を押さえ砂場にうずくまっている。
聞く耳を一切持たず、いきなり叩きのめした。
追いかけてきた美砂を振りほどき、東城の顔面にパンチを食らわせたのだ。
美砂は今、泣きながら東城の血を拭いている。
俺が呼び出した春菜も一緒にハンカチで血をぬぐっている。

なぜ殴られたのか、東城もよく分かっているだろう。
殴られた理由が分かれば、後は東城、あいつが考えることだ。
気の済んだ俺は一言も発せず、3人に背を向けるとひと仕事終えた映画のヒーローのように体を翻し、その場を立ち去ろうとした。

しかし、その直後、
突然腰に蹴りこまれ、思わず前のめりに倒れてしまった。
蹴ったのは春菜だった。

「どうして薫をこんな目に遭わすのよ。薫だけが悪いんじゃないじゃない。だいたい、あなただってかすみと涼子と二股かけて、偉そうに人のこと言えた義理なの!」

春菜は機関銃のようにまくし立てた。

「あんただって、かすみ、かすみって言いながら、いまだに涼子には何にも言ってないじゃない。知ってるの? 涼子、本気なんだよ! だけどあんたに嫌われたくないからって我慢してるんだよ。それをそのまんまほったらかして、かすみがダメになったときの安全パイにでもしようって気? サイテーだよ、そんなの! それなのに、どのツラ下げて薫のこと殴るわけよ!」

春菜はなおもまくし立てる。

「…そうだったの」

美砂も呆然と俺の方を見ている。

「…べ、紅村のことは」

俺は何か言おうとしたが、春菜に遮られた。

「だいたい、こういうところに私を呼び出して、薫のこんな姿見せ付けてさ。それで何? 何なの? 私を呆れさせて薫と別れさせようってでもいう気?」

「いや、そうじゃなく…」

「こんなことになったのは、私にだって責任があるんだよ、きっと。美砂ちゃんにたぶらかされてさ。薫、勘違いしたんだよ、優しいから」

春菜は東城をかばっている。
倒れている東城の上体を抱き起こすと「ごめんね」と言いながら血をぬぐっている。

黙っまま見続ける美砂。

「でもな、春菜。美砂がたぶらかしたって、そういう言い方、ないじゃないか。東城だって…」

俺は躊躇したが、続けた。

「…東城だって、美砂に好きだ、って言ったんだぞ」

俺は3人の関係を壊したくなかった。
壊したくなかったのに、自分から壊すようなことを、言ってしまった。

美砂はうつむいている。

「だから何? 私がもっと薫のこと大事にしてあげなかったからそうなったの。薫は悪くないの!」

春菜はきつい表情で、俺と美砂を睨みつけた。
東城は何か言おうとしているが、口の中が切れているためしゃべれない。

「…ごめんなさい…あれ、ウソ…だったの」

うつむいていた美砂が、消え入りそうな声でつぶやいた。

「美砂、それって」
「ごめんなさい。東城さんに好きって言われたっていうの、ウソ…だったの」

「私が一方的に好きになっただけで、東城さんが困ってたの知ってたの。でも、諦められなくって、それで…春菜さんの邪魔をしたりしてたの…うう…悪いのは、私…なの」



そんな。
そんな。
俺は、いったい。
これじゃ俺はピエロじゃねーか。
美砂に踊らされて、美砂の言うことだけを鵜呑みにして、1人で勝手に噴火しちまってたっていうのか?
それで東城をブチのめして、春菜に憎まれ、2人の前で美砂は醜態を晒し、俺は…

俺はどうしていいのか分からなくなった。

「薫、行こ」

東城に肩を貸し、春菜は2人で帰っていった。

美砂の鼻をすする音だけがする。
後味の悪さが残る夜の公園で、俺は立ち尽くすしかなかった。
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登場人物紹介

山葉譲二

・やまは/じょうじ

・2年N組

・出席番号:36

・1月16日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・山葉美砂の兄

・部活は性に合わないのでやってない

・父親は樺太に赴任中で母親もたまに不在。こちらでは美砂と2人暮らしになるタイミングもある

・1年時はクラスの文化祭実行委員

・創立記念祭の実行委員

東城薫

・とうじょう/かおる

・2年N組

・出席番号:21

・2月10日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・佐伯春菜の彼氏

・山葉譲二の親友

佐伯春菜

・さえき/はるな

・2年N組

・出席番号:15

・3月22日生まれ

・16歳

・帰宅部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・東城の彼女。中学から付き合っている。小学校も同じだった

・東城、山葉の3人でつるんでいる

・父親が大手商社員

・東城の呼び方は「薫」。一人称は「わたし」

・中学時代はバレーが得意だったらしい

・山葉的には「バカそうに見えるが意思のはっきりした娘で、相手を立てるべきときはちゃんと立てる」良いやつ

・チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこ

※アイコンは自作です

山葉美砂

・やまは/みさ

・1年B組

・1月22日生まれ

・15歳

・彩ケ崎中学出身

・家庭部

・電車通学

・山葉譲二の1歳違いの妹

・父の転勤の関係で1年の半分は譲二と2人だけで暮らしている

※アイコンは自作です

紅村涼子

・べにむら/りょうこ

・2年N組

・出席番号:30

・5月3日生まれ

・16歳

・彩ケ崎東中出身

・電車通学

・初期の主人公級キャラ

・ひょんなことから山葉に告って付き合うことになるが、山葉は何とか別れたいと思っている

・なんだかんだで結構可哀想な立ち位置のキャラ

・小5のときに家族の転勤で関西方面からやってきた

・メガネっ娘

※アイコンは自作です

一ノ瀬かすみ

・いちのせ/かすみ

・2年N組

・出席番号:5

・5月15日生まれ

・16歳

・茶道部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・山葉譲二の幼稚園からの幼馴染。小学校で同級だった最後は6年生で、中学3年間はクラスが同じになることはなかった。譲二の妹・美砂のことも知っている

・おとなしく、相手を慮る気持ちが強い

・自宅は彩ケ崎駅南商店街の蕎麦屋「香澄庵」

・呼びかけ方は「山葉くん」。一人称は「わたし」

※アイコンは自作です

紫村かえで

・しむら/かえで

・2年N組担任(1~3年まで同じ)

・12月6日生まれ

・25歳

・中高大とも美咲女子

・国語担当

・紫村かなでの妹

・面倒見が良く生徒みんなから好かれている

・姉のかなでと一緒に伏木教頭の伯母が経営しているアパートに住んでいる

・軽自動車のコニーに乗っている

※アイコンは自作です

紫村かなで

・しむら/かなで

・2年K組担任

・10月9日生まれ

・26歳

・中高大とも美咲女子

・英語担当

・紫村かえでの姉

・妹かえでよりは性格がきつめ

※アイコンは自作です

穐山冴子

・あきやま/さえこ

・2年N組

・出席番号:1

・7月3日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・東京市赤坂区

・一応は電車通学

・1人娘で父親は軍人上がりの華族で会社経営者。金持ち

・同じく内部生の紀伊國蓮花と中学からとても親密

・穐山と紀伊國の父親同士は実は仕事での縁が深く旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・紀伊國のことは「蓮花」。それ以外も男女問わず呼び捨て。一人称は「わたくし」

・いろんなシーンで登場する準メーンキャラ

※アイコンは自作です

鶯谷ミドリ

・うぐいすだに/みどり

・2年N組

・出席番号:6

・8月25日生まれ

・たぶん16歳

・出身中学設定なし(内部生ではない)

・自宅は東京市淀橋区

・通学手段不明

・一人称は「あたし」「あたしゃ」

・校内の情報に精通しており、ヤバい情報や資料を多数持っている敵に回してはならない女

・たまにしか登場しない

※アイコンは自作です

織川姫子

・おりかわ/ひめこ

・2年N組

・出席番号:7

・2月11日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・自宅は横濱。ここからはるばる通っている

・ティーンズ雑誌の街角美少女に選ばれたことがある

・山葉を山葉と呼び捨てで呼ぶ数少ない女子

・一人称は「わたし」

・呼びかけるとき必ず「やあ」で始まる

・登場回数は少なめ

・アイコンは自作です

柏木踊子

・かしわぎ/ようこ

・2年N組

・出席番号:8

・6月13日生まれ

・16歳

・吹奏楽部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・かすみの実家・香澄庵近くにある小料理屋の娘で、商売柄親同士も仲がいい。かすみとは幼馴染

・後半は比較的登場回数が多い

・山葉と東城に何度かぱんつを見られる

・アイコンは自作です

紀伊國蓮華

・きのくに/れんげ

・2年N組

・出席番号:10

・11月21日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・自宅は東京市麻布区

・絶えず穐山とともにいる

・穐山のことは「冴子さん」と呼んでいる

・紀伊國と穐山の父親同士は実は仕事の縁で旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・非常に清楚な出で立ちでモテるはずだが、穐山がいつもそばにいるので男は寄りつけない

※アイコンは自作です

来栖マリ子

・くるす/まりこ

・2年N組

・出席番号:12

・12月24日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・天然。ドジ。料理がゲロマズ(らしい)。憎めない性格

・入学したての主人公たちを校内探検に誘ってくれた

・物語の至る所に出没する

※アイコンは自作です

ジェシカ・ライジングサン

・6月30日生まれ

・2年N組

・出席番号:18

・16歳

・Jessica Risingsun

・アメリカ人の留学生でオタクだが、日本全般の知識が豊富

・同じアメリカ人のレナーテに誤情報を吹き込むことがあり、それが元でレナーテと犬猿の仲

・銀行支店長の家にホームステイしていたが、支店長が不正融資で逮捕され紫村姉妹の家に転がり込む

・本編での登場は少ないが番外編「紫村姉妹の居候」と「ジェシーとレナ」では主役扱い(連載が終わったら公開します)

※アイコンは自作です

慈乗院和歌男

・じじょういん/わかお

・2年N組

・出席番号:19

・10月3日生まれ

・16歳

・太刀川第2中学出身(太刀川市)

・自転車通学

・かえで先生のことが大好きな男子生徒

・中学ではバスケ部だった

・モブだったが、なんだかんだで後半は重要な役割を持つ

・親が、生まれるのは女の子なので「和歌子」って名前にしようと決めていたが、男だったのでヤケクソで和歌男にしたらしい(ただし風説の類)

船橋弥生

・ふなばし/やよい

・2年N組

・出席番号:29

・1月28日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(御山、吉村と同じ)

・体型はちょっと太めらしい(山葉の見立て)

・物語後半での登場頻度が非常に高いキーキャラ

※アイコンは自作です

御山沙貴子

・みやま/さきこ

・2年N組

・出席番号:33

・8月15日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、吉村と同じ)

・バレー部(後に主将)

・電車通学

・物語のとても重要な人物

・1年のとき山葉に着替えを覗かれて以来、山葉のことを徹底的に敵視している

・とても執念深い性格

・同じ中学出身の船橋による中学時代の回想が恐ろしい

※アイコンは自作です

吉村莉緒

・よしむら/りお

・2年N組

・出席番号:38

・11月7日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、御山と同じ)

・母親は死んでおり父親が男手ひとつで育てた。学費免除の特待生で入学

・実は美形

・おとなしい性格でクラスでも仲の良さそうな同級生はいないようだが、後半から出番が増える

※アイコンは自作です

レナーテ・バックマン

・2年N組

・出席番号:40

・2月24日生まれ

・16歳

・Renate Bachmann

・セミロングの金髪で青い目。日焼け対策で夏でも白の中間服を着ている

・横里米軍基地の軍医である父親について母と妹とともに日本に来たので留学ではない

・中学までは基地内のスクールだったが高校から神姫に入った

・兄もいるが本国で大学生

・ジェシカにはめられ変な日本語で恥をかかされることが多い

・春菜と仲がよくお泊まりに来たこともある

・日本語で「小川麗菜」という当て字の名前を持っている。ジェシカと吉村が考案したもの

※アイコンは自作です

小錦厚子

・こにしき/あつこ

・理事長兼校長

・誕生日設定なし

・年齢不詳だが60歳は超えてるだろう(山葉の想像)

・かつては国語教員だった

・なぜだか男には「セニョール」と話しかける(が、スペイン系ではない)

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