第13話:お願い
文字数 2,467文字
「山葉くん、わたしやっぱり諦められないよ」
「今さらそんなこと。あのとき分かったって言ったじゃないか」
「確かに言ったよ。でも、忘れられないよ、山葉くんのこと。前みたいに、また一緒に…」
「ごめん。何て言われようとダメだよ。確かに俺も一緒に帰ったりプールに行ったりした。それは認めるよ。それで君を誤解させたって言うんなら謝る。このとおりだ。許してくれ」
「そ、そんな」
「でも、今、好きな子がいるんだ。君とは付き合えない」
「そ、そんな。わたしのこと捨てるの」
「捨てるなんて人聞き悪いこと言うなよ。捨てる以前に君と恋人になったつもりなんかないし、愛だとか、そんなこと考えたことないって」
「…酷い。わたしのこと弄んで、いらなくなったとたん、ボロ雑巾のように捨てるんだ」
「ちょっと待てよ! なんだよそれ! 勝手に勘違いしてたの、そっちだろう」
「許さない…わたし、絶対に許さないからっ!」
「やめろよ! 何言ってんだ!」
「捨てられた! わたし、山葉くんに捨てられたぁぁぁぁぁ!」
昼休み、突然オレの机に来た涼子と言い合いになった。
涼子は勝手にあることないことわめきたて、最後にはその場で泣き崩れてしまった。
「本当なの、山葉くん」
「か、かすみ」
「あ~あ、結局フタマタだったんだ。2人とも可哀想」
「春菜…」
「ほんとあなた、最っ低な人ね。人の着替えを覗くだけのことはあるわね」
「…くっ」
「お前、女を泣かすなんてサイテーだな」
「と、東城ぉ」
「あはは、わたしを捨てたバチよ」
「さようなら、山葉くん」
「待ってくれ、かすみ。待ってくれええ」・・・・・
§
§
§
・・・・・だああああ! またこの夢かよ!
昨夜もこの夢を見たんですが。
まさか、学校での昼寝でまで見ちまうとは、うう。
かすみはきょう、熱が出て休みだ。
テスト前だってのに、風邪が流行ってるからだ。
他にも休んでる生徒が何人もいる。
昨日一緒に帰ったとき、少し咳き込んでいたので気になってはいたが、その後具合が悪くなったそうだ。
朝、出掛けにスマホに連絡が入った。
帰りに見舞いに寄ると伝えたが、伝染すと悪いから気持ちだけもらっておくと丁寧に断られた。
そんなこともあり、今日は久しぶりに昼飯は1人。
東城と春菜の3人で食べようかとも思ったが、チャイムが鳴ると同時に2人してダッシュで飛び出していきやがった。
最近、周りにコンビニやファストフードがないことに目をつけたキッチンカーが学校の近くに来るようになり、生徒の間で結構なブームだ。
クレープやたこ焼きみたいな軽食系だけでなく、ケバブの車まで来てるらしい。
作ってるのはヒゲをはやした中近東系だっていうから、本格的なのかもしれない。
俺は学食で1人ってのもわびしいから売店でパンを買い、この屋上でパックの牛乳とともに流し込んだあと、つい寝込んじまったってワケだ。
夢が夢だから寝覚めはすこぶる悪かったが。
起きて周りを見回すと、弁当を広げてる連中や、フェンスにもたれかかって話に花を咲かせてる真っ最中って姿が目に入った。
ということはまだ昼休み。
寝たといっても、ほんの数分のことだろう。
天気予報だと南の方に台風がいて、上陸はしないがゲリラ豪雨には気を付けた方がいいらしい。
今夜はもちそうだが、明日からは影響が出るだろうって話だ。
今はまだそんな気配はまるでなく、青空も見えている。
しかしさすがは台風。
時折、何となく生暖かい風が吹いてくる。
女生徒のスカートや髪が風で揺れる。
丈の短い娘が多いので、フェンスに寄りかかっている俺からはスカートの中が見えそうだ。
「いかんいかん」
あらぬ疑いを掛けられたら御山の件もあるし、どんな目に遭わされるか分かったもんじゃない。
俺は頭をすっきりさせたくもあったので、顔を洗いに行くため立ち上がり、4階に下りる階段室の扉を開けた。
鉄のドアなので結構重い。
勢いよく開けて入ろうとしたその瞬間、誰かと思いっきり衝突した。
「っ!」
女の子は声にならぬ声を上げると、痛さと、衝突した驚きでその場に尻餅をついてしまった。
「あ、ごめん! 大丈夫?」
俺は思わずかがみ、声をかけた。
「いえ、驚いただけですから。いいんです。申し訳ありません、こちらこそ」
今風でない、丁寧な言葉遣い。
ショートだが、尻餅の衝撃でところどころ髪の毛が跳ね上がっている。
華奢な体つき、端正な顔立ち。
スカートの裾を押さえ、ほんの少し頬を赤らめて上目遣いに見上げた女の子は、同じクラスの
吉村とはほとんど口をきいたことがない。
あまり活発な印象もなく、他の女生徒曰く「何を考えてるのか、いまいち掴めない」子だ。
性格が正反対に見える椎名とはなぜか仲がいいらしいが、それ以外の女子としゃべっているところはあまり見たことがない。
「ごめんなさい。驚かせてしまって」
「こっちこそごめん。立てる?」
俺は吉村に手を貸し、立ち上がるのを手助けしてやった。
「あ、ありがとう…ございます」
「いいよ、いいよ、俺も不注意だったし。じゃ、行くから」
「はい…あ、あの」
「え?」
「あ、な、なんでもありません。失礼…します」
やっぱ変わってるよな、あの娘。
確かに掴みどころがねーや。
ま、俺には関係ないけど。
トイレで顔を洗い、教室へ戻った。
午後最後の授業も終わりHRだ。
隣の教室で授業だったかえで先生は、すぐにやってきた。
あまりにも早くやってきたので、日直が黒板を消すのが間に合わない。
「いいわよ、後で。にしても、すごい字ね」
そこには、とてもではないが字とは呼べないシロモノが書き連ねられていた。
辛うじて「気合」とか「抹殺」と読み取れるが…
「あ、そっか、数学だったわね」
なんともいえない、呆れたような顔でかえで先生は言うと、すぐに納得したようだ。
前の授業は数学。
ついさっき、数学担当教員の金剛こと、
「ま、いいわ。えーっと、それよりみんな聞いてくれる? お願いがあるんだけど」
かえで先生からのお願いということで、それまでざわめいていた教室内は一気に静まり返った。