第59話:アキバへ~タフな2人
文字数 7,028文字
土曜日ということで、相当な混み具合だ。
「こっちこっち」
東城の腕にしがみついたまま、春菜が俺とかすみの方を向いて手招きする。
2人はもう、改札の外だ。
自動改札に
チャージしてあってよかったな。
もし切符だったら、乗り越し精算の間に盛岡と韮崎を見失ってるところだ。
「どっち行った?」
「あいつら、今あそこだ」
東城が指さすところには、あの2人がいる。
電気製品とかには目もくれず、はっきり目的地があるような感じ進んでいく。
彼らが向かった先は、テレビ会館という建物だった。
「おい、テレビ会館って何だ? テレビでも買うのかあいつら」
東城は当然の質問をした。
事実俺だって、テレビとかその関連商品を売ってる店だと思ったぐらいだ。
建物の表はいたって普通の、よくアキバにある雑居ビルの入り口風で、電話機や時計、温風ヒーターとかが雑多に並べられている。
「とにかく行こうよ」
春菜の掛け声で、俺たちは追跡を開始した。
入るとすぐにエスカレーターがあり、前を見ると盛岡と韮崎が仲良く並んで立っている。
後ろから急いでいる客が来たため、盛岡は彼女の肩を抱いて通路を空けてやってる。
結構気のつく奴なんだな、盛岡は。
2人が最初に入っていったのは「K-BOX」という店だった。
「おい、何だこの店は! テレビなんてねーじゃねーか」
東城が眉をひそめる。
それもそのはず。
店内にはテレビのテの字もなく、コミックやアニメ、素人が描いたとしか思えない、同人誌っていうんだろうか薄い漫画の本やゲームセンターの景品、ポスター、CD、DVD、テレホンカードなどが所狭しと並べられていた。
新品はほとんどなく、どれも中古っぽい。
どうやら、その手の商品専門のリサイクルショップのようだ。
客層はといえば、何が入っているのかぱんぱんに膨らんだリュックを背負った奴や、冬だってのに腕まくりしてアニメの女の子が描かれたカードを品定めしてる男、インバウンドかなにか知らないが、すでに両手にいっぱい他店の袋をぶら下げた紅毛碧眼の男たち。
そういった連中がひしめきあって一種独特のニオイが充満した店内は、むせ返るようだ。
春菜は「うっわぁ~」と声には出さなかったものの、顔をしかめて東城の袖をつかむ。
俺はアニメやゲームには、そこらへんの人よりは興味がある方なので特に違和感は感じなかったが、この2人にはそういった耐性はなかったようだ。
「で、あの2人は?」
東城の横に並んで、姿を捜しながら話しかけた。
「DVDだかブルーレイ見てるようだな」
東城があごで指し示す方を見ると、そこにはガラスのショーケースにへばりつき、韮崎と相談しながら品定めする盛岡の姿があった。
「お、韮崎が離れたぞ……店員に話しかけてるな……お、店員が鍵束みたいなの持ってきた」
商品棚を挟んで俺たちは様子を眺めている。
これならそう簡単には存在を知られることはあるまい。
「ショーケース開けたぞ……お、受け取った……なんか、チェックしてるようだな……あ、頷いた……レジに向かったぞ」
東城の実況で、どんな状況なのかよく分かる。
だが、2人の姿を目で追っていた東城が目を丸くして叫んだ。
「ああっ!」
「ど、どうしたのよ薫」
「か、かすみがレジに並んでるぞ! 見つかっちまう」
「え、かすみが?」
俺は慌てて振り返った。
しかしかすみの姿はなく、レジがよく見える位置に移動すると確かにそこには列に並んでいる彼女の姿があった。
かすみと盛岡たちの間には7、8人の客がいるため、それが遮る形になっているので奴の位置からは見えにくいとは思うが、不安だ。
「かすみは現在支払い中……お、商品とおつりを受け取った。あ、俺たちを探してる! だ、ダメだって、そっち向かっちゃ!」
東城は焦った表情で振り向くと、俺の胸倉をつかんできた。
「おい、連れて来い! お前の女だろーが」
「うぐ、だからって、ぐふっ…何で胸倉つかまれなきゃ…ならないんだよお」
「ああっ! わ、わりい、つい。ま、いいからとにかく連れて来い。バレるなよ」
東城はしまったという顔で手を離すと片手を顔の前で立てて謝ってくる。
ま、いい。
とにかくかすみを2人に見られないよう連れて来なくては。
俺はややうつむき加減にコソコソとかすみに近づく。
ひ~!これじゃまるで万引きでもして挙動不審な奴って思われちまうぜ。
かすみぃ、頼むよぉ。
かすみは相変わらずきょろきょろしてて、盛岡に気付かれるのは時間の問題だ。
列は進んでいて、距離も縮まってるし。
腰をかがめたままでかすみに近づき、真横に並んでから顔を上げ、小さく「行こ」と声をかけた。
「あ、山…」
「しっ!」
かすみの手を引いて、東城と春菜のところに慌てず急いで戻ってくる。
「かすみぃ」
春菜がかすみの肩をぽんぽんと叩く。
「ご、ごめんなさい。買い損なったコミックを見つけて、つい」
「後ろに盛岡たちが並んでたのよ」
「えっ!? き…気付かれた?」
「いや、大丈夫だ。あいつらなーんにも知らんと並んでるわ。2人してDVDのパッケージ見つめてる」
東城の説明でほっと胸をなでおろし、2人が店を出るまでずっと見張り続けた。
◇ ◇ ◇
その後2人は店を出ると階段で上の階に向かった。
相変わらず尾行は続く。
次に2人が立ち寄ったのはホークスという、さまざまな人形の並んでいる店だった。
人形だけでなく、アニメに出てくる美少女の模型なんかも展示してある。
「随分濃ゆい店だな…。ホークスってーから、南海の応援グッズでも売ってるのかと思ったぜ」
東城は絶句しているが、春菜は初めて見る美少女フィギュアに興味をそそられたようで、珍しそうに眺めている。
「ねえねえ薫ぅ、見て見てこれ」
「うわっ! こんな脚の長い人間いるわけないだろっ!」
「あ~っ、ぱんつはいてなーいっ!」
春菜は店の中でバカ声で叫び、客や店員から冷ややかな視線を浴びる。
「み、見つかるわよ」
かすみが慌てて春菜の口を塞ぐ。
幸い、あの2人の耳には届かなかったようで、相変わらず親しげに商品を眺めている。
冷や汗をかきながらも、せっかくなので俺もあちこち見て回ることにした。
しかし、いろんな商品があるもんだ。
これは「よろめきメモリアル」のフィギュアじゃないか。
ふ~ん、よく出来てるもんだな。
前作の「どぎまぎメモリアル」からのヒロイン「藤咲つみれ」のそのフィギュアは、両手でカバンを持ちセーラー服姿で微笑んでいる、パッケージの姿が見事に再現されている。
その隣には「イッキ当選」という、女子高生が喧嘩で政治家にのし上がる人気コミックのフィギュアも置いてある。
人形、どうやらドールって言うらしいが、そのコーナーには素っ裸のボディーや、それに着せる服がいっぱい。
まだまだ世の中、知らないことがたくさんあるなと感心しちまう。
そして、ある商品の前で俺は目が釘付けになってしまった。
「山葉くん、どうしたの」
「こ、これ…好きなんだよ俺」
「艦隊これくた~…? 女の子が大砲持ってたり、網みたいなもの(たぶん電探のこと)が頭に付いてるけど、流行ってるの、これ?」
「うう、何か一つ買ってこうかなあ」
「あ、だったらプレゼント…してあげても」
「え? ど、どうして」
「来月、山葉くんの誕生日じゃない。だから、ちょっと早いけど誕生日プレゼントってことで、どう?」
か、かすみ…
俺はその場で抱きしめたい衝動をこらえるのに必死だった。
「だ、だったらかすみ、俺も何か、その、プレゼントするよ」
「そんな、いいわよ」
「だ、ダメだよ。俺だって君に、何かその、そうだ、クリスマスプレゼントってことで!」
「…そう。ありがとう」
かすみは少し考えてから、
「じゃあ、欲しいものがあるんだけど」
「いいよ、いいよ! で、何それ? この店にあるの?」
「いや、さすがにそれは。ゲーム…なんなんだけど。あとでもし、ゲーム屋さんに行くことがあったら…いい?」
「ん、分かった! どーんと任せてよ」
で結局俺は前から欲しかった駆逐艦照月の小さな可動フィギュアを買ってもらってしまった!
「なんかお前ら、さっきからモノ買いまくってねーか」
かすみからもらった包みを手に、幸せそうにしていると東城が春菜とともに店内巡回から戻ってきた。
「いや、まあ、いろいろあって」
なぜか口ごもってしまう俺。
「ふーん。ねえ薫ぅ、私にも何か買ってよ」
「え? 何か欲しいモンでもあんのか、この店に」
「う~んとね、これ」
春菜が指さしたのは「ねんどらんど」とかいうデフォルメがかわいいフィギュアだった。
このフィギュアは顔の表情や髪の毛、上半身や下半身、持ち物などを自由に組み替えて遊ぶことができるもので、以前、少年ジャンクに特集記事が出てたので覚えている。
そこそこ人気の商品だそうで、フィギュアとはいっても女の子でも楽しめそうなものだ。
にしても「ねんどらんど」か。
なんか春菜らしいといえば、らしいかな。
「なんかいろんな種類があんじゃん。で、どれ?」
「え~っとね、これとこれ」
「二つもかよ!」
「あ、半分は私が出すから、1個分お願いっ!」
「あ、ん、ま、いいよ。二つとも買ってやるよ」
「え? ほんと? 薫サイコー!」
春菜は東城の腕にしがみつくと、ほっぺたにキスをした。
まあこれは春菜独特の作戦だったのかもしれないが、東城も幸せそうな顔をしておカネを出していたから、お互い満足しただろう。
結局、盛岡と韮崎の2人はこの後も同じビルの中にある潰瘍堂という胃の痛くなりそうな名前の模型屋を回り、さらに場所を移動して、獅子の穴、イエローサブウェイ、兄メイト、琴武器屋、メッセサンダーと行き先はとどまるところを知らなかった。
かれこれ2時間は歩きっ放し。
4人ともいい加減疲れてしまった。
「あ、あいつら、何てタフなんだ」
ある路地裏まで来た俺たちは、建物の影から2人を見つめていた。
2人は自販機の前で止まると、盛岡がサイフから小銭を出し、何か買っている。
「おいおいおいおいおい、あの缶なんだ? なんか食ってるぞ、あいつら…おでん缶って自販機に書いてあるな。おでんなんか売ってるのか、自販機で!」
「あ、あるある。この自販機にも書いてある」
俺たちが立ち止まったところにも、たまたま同じ自販機が置いてあった。
「よし、俺たちも買うぞ」
「山葉、ボタン押せよ」
東城がおカネを入れた。
何も考えず、言われるがまま俺はボタンを押した。
がらがら、しゃん
「なーーーーーーーーーーーーーーー!おでんじゃなくて、どて煮って書いてあるぞ、これっ! 山葉、お前どのボタン押したんだ。俺は食わんぞ、どて煮なんぞ。責任とって、お前食え!」
「知らねーよ! だって全部同じのしか入ってないじゃないかこの自販機。おでんって書いてあるのは隣の自販機だぞ。確認せずにカネ入れたの、お前だろーが!」
「何を言っておるか! 押す前に確認ぐらいするであろう、貴様!」
なぜだか穐山のような口調になる東城。
「やめなよ薫ぅ」
「あ、じゃあ私がいただくわ」
「え?」
3人ともその場で固まってしまった。
だって、
かすみが どて煮を 食べて いる
しかも路上で。
かすみとどて煮。
似合わねーーーーーーーーーーーっ!
だが、あまりにも美味そうに食べる様に触発され、俺たち全員どて煮を食べることになってしまった。
まあ、腹も減ってたし、美味しかったからいいけどね。
◇ ◇ ◇
おでんを食べ終わった2人はなおも探索をやめなかった。
次に入っていったのは、表に手書きの看板が立てられた細長い雑居ビルだった。
「げ、エレベーターかよ。う~む、他にも客がいるな。だいたいオレたちは一緒に乗れないし、あいつら何階で降りるのか分からんし、困ったな」
どうやって尾行すべきか、東城は腕組みして悩んでいる。
「じゃあ、二手に分かれましょうか」
そこで出たのはかすみらしい冷静な判断だった。
「かすみ、あったまいー!」
「よし! じゃあオレたちここで見張ってっから、頼むわ!」
「え? どうしてお前ら見張りなんだよ」
「何をおっしゃるかな君は。かすみと2人っきりにしてあげようという、この心憎い配慮っ!」
きっと東城はもう疲れてしまって、動きたくないんだろう。
春菜だって壁にもたれかかって、もうどうでもいいって顔してる。
俺だって休みたいよ。
「いいじゃない。行きましょ」
この華奢な体のどこにそんなパワーが秘められているのか、かすみはやる気満々だ。
「お願いねー」
けだるそうに手を振る春菜の見送りを受け、戻ってきたエレベーターで最上階に向かった。
このビルは7階建てで、1フロアが1店舗になっている。
相変わらず模型屋や同人本の店ばっかりだ。
上から順に探していくと、真ん中あたりの階で、盛岡と韮崎がいるのを発見した。
その店はパソコンゲームの店だった。
ただ、パソコンゲームとはいっても、いわゆる18禁も扱ってる店のようで、パッケージには「奴隷」だとか「妹」「人妻」「メイド」「調教」「肉」なんてタイトルが踊っている。
くはっ! これは流石に退散した方がいい。
かすみだって顔を真っ赤にして居心地悪そうにしてるに違いない。
俺は振り向いて、とりあえず店から出ようとした。
が
「あの、これ、買ってくれる?」
「は?」
かすみがあるゲームを手に明るい顔をしている。
「クリスマスプレゼント…」
そのゲームはパッケージやタイトルこそ普通のものだったが、○に18という数字の入ったシールが貼られている。
いくらなんでも拙いっしょ、これ。
だって俺ら一応は高校生だし。
「だめ?」
「君と永遠」と書かれたゲームのパッケージをかすみは興味深そうに眺めている。
「こ。これが欲しいの?」
「うん。鶯谷さんが前に学校に持ってきててさ。そのとき、パッケージの説明を見せてもらったんだけど、結構面白そうだなって。学園ものよね。別に、いやらしいゲームじゃないんでしょ、これ?」
「いや、でも。18ってシールが」
「同じ高校生の鶯谷さんだって買えたんだから大丈夫じゃないの。それに絵もきれいだし」
いや、鶯谷はですね…
ええい、もういい!
覚悟を決めた。
中身はどうなってても知らん。
かすみがそんなに欲しいってんなら、玉砕あるのみだ。
俺はそのゲームを受け取ると、こそこそせず、堂々とレジに向かった。
エプロンをして、目だけぎらぎらした店員がちらっとこちらを見る。
中古でも3800円と結構な値段だが、今はそんなことより未成年ってことを気付かれないようにしないと。
年齢を証明できるものを出せとか言われないだろうな…
「あの、お客様」
ぎくうっ!
「会員証はお持ちですか?」
はあっ。そういうことか。
「な、ないです」
「お作りしましょうか」
「いえ、結構です」
顔をそむけて返事する。
「はい、では3800円に消費税が…」
支払いを済ませ、商品を受け取ると何食わぬ顔で店を出る。
額には汗。かすみの手をつかむと、上の階の踊り場に身を隠した。
それから間もなくして、盛岡と韮崎は店から出てきた。
またも何やら買ったようで、手提げのビニール袋が増えている。
こ、この財力は一体…
2人はこのビルの中ではここにしか用事はなかったようで、表に出ると駅の方に向かって歩き出した。
「どうだった?」
「なんかあいつら、またモノ買ってたよ」
「何買ったか分かるか?」
「たぶんエロゲー」
「エロゲー? 盛岡ってそんな趣味あったのか。まあいい、追おうか」
「ねえ、社畜王ランスって何かな」
ビルから離れようとした時、春菜がポスターを見て問いかけた。
「あとでスマホで調べようぜ」
東城に促されその場を後にした。
駅に向かったかと思われた2人はそのまま素通りしてしまった。
万勢橋の広瀬中佐銅像前にあるゲーセンをやり過ごすと、環状線の高架の方に向かって進んでいく。
やがて2人はあるビルの中に迷うことなく入っていった。
そのビルには「オトナの百貨店」とデカデカ書いてある。
「あだ、あだ、あだ、あだ、あだ、あだ、あだーーーーーーーーーーーーーーーるとしょっぷう」
「うっわあ~。何これ?」
春菜は入り口に展示された何やら得体の知れないものを指さして顔を紅潮させている。
あの春菜が顔を真っ赤にさせるとは、一体どんなシロモノなんだ。
店の入り口には聞いたことのないいやらしい商品名や、コスプレだの下着だの、SMだの強精剤だのオットセイだのと書かれたけばけばピンクのチラシが貼りまくられ、どう考えたって俺たちには入ることの許されない雰囲気が醸し出されていた。
その中の1枚には「絶倫マムシパワー ハイパーブラックターボ」という、忘れることのできない商品名まである。
「こ、これは流石に拙いよ。俺はイヤだぜ」
「何言ってんだ、山葉。お前にもいずれは必要になるときが来る! 入るぞ! ジーク・ハイル!」
東城は完全に狂ってしまい、右腕を斜めに突き上げ店に突入の構えだ。
勝手にどうぞ。
俺は絶対にヤだもんね。
「何言ってんのよ山葉ぁ、ここまで来たら毒皿じゃない」
俺は東城と春菜に引きずられ、店内に無理やり連れ込まれた。
が、次の瞬間、店員に店の外へつまみ出されてしまった。
入り口には18歳未満入店禁止という紙が張ってある。
「おい! 盛岡と韮崎がOKで、なんでオレらが追い出されるんだ」
東城は納得いかないよう俺に向き直った。
「んなこと俺に言うな」
「これは何かの陰謀だ。それ以外にあり得んぞ」
東城はいつまでも不満そうにしていたが、俺たちはそのまま、道路の反対側で30分近く待ち続けたのだった。