第92話:白日の関係

文字数 3,233文字

<6月19日 夜 山葉>

表で車の止まる音。
ややあって、ドアが閉まり、走り去る。

開いた玄関に立つ美砂は膝の包帯が痛々しい。
膝だけでなく、腕や手にも治療した跡。
付き添ってきた東城も顔や腕に包帯を巻き、美砂の背中から通学カバンを下ろしてやっている。

階段を下りたところに立っている俺を2人は気付いているはずなのに、目は合わさない。

「じゃ、あしたまたね」

美砂の言葉に頷くと、髪を撫で玄関から出て行った。

どこの医者で診てもらったのか、夜の9時過ぎ。
俺と同じ病院に行ったのだろうか。
少し足を引きずりながら、奥の洗面台に向かう。
カバンを床に置き、鏡に映った顔を見て左の頬を気にしている。

俺が張ってしまった跡だ。

幸い顔には目立つような傷はなく、特に大きな治療を受けた形跡もない。
明かりを消し、戻ってくる。
俺の横を抜け、階段の下。

「美・・・」

「警察呼ぶよ」

呼びかけようとしたが、スカートのポケットからスマホを取り出し、ただそれだけ。
目を合わすことなく、ただ低い声で凄む。
これ以上の干渉は許さないと。

そのままゆっくりと階段を上り、部屋に消えていった。

声をかけたところで、美砂に何を話そうとしていたのか自分でも分からない。
ただ、妹に手をあげてしまったことが後味悪く、胸に重たいものが詰まったままで、とにかく何かを言いたかったのだ。
あのとき、妹ではなく、ただの憎い女として殴りつけてしまった。
耳の奥にこびりついて離れない美砂の悲鳴。
子どものとき、泣かせたことはあっても決して暴力なんか振るったことはないのに。

後ろめたさと自分への嫌悪、そうさせてしまった2人の態度への怒りが複雑に絡み合った表現しようのないドロドロが体じゅうに溢れ、やり場のない何かが染み出してくる。
とても1人では処理できない感情に支配されているのだ。
俺は悪くないけど、ある意味悪い。
俺は悪いけど、ある意味悪くない。

どうしたらいいんだ。
相談できる相手など、いない。
両親がここにいないのが、幸いなのか、そうでないのか。

美砂が東城とセックスしました。
怒り狂った俺は東城だけでなく美砂まで殴りつけ、けがをさせました。
こんなこと、親に伝えられるわけが…ない。

鼓動に合わせるように、オレの治療跡も痛み出してきた。


<6月20日 朝 山葉>

ぱりっとアイロンの効いた、真っ白なセーラー服。
紺色の襟に、紺色のスカート。それに紺色のソックス。
大きなサブバッグを肩にかけ、こげ茶色のローファー。
右脚の白い包帯が、妙に艶めかしく、扇情的ですらある。

見たわけでもないのに、体を重ねあう2人の姿がフラッシュバックする。
俺が決して知ることのない、美砂の、秘められた姿。
昨日、あんなことがあったのに……俺はいったい、何を考えているのか、自分でも嫌になる。


「東城さんとセックスしたの!」


決定的な、一番知りたくもないことを、よりによって妹の口から聞かされてしまった。
あの美砂が…男を、知ってしまったなんて。
それが、あの男だなんて。

美砂の顔を見るたび、東城の姿を見るたび、あの2人が交わる姿を想像することになるのか、これから毎日、来る日も、来る日も。
嫌だ、嫌だ、嫌だっ!
決して祝福できない交わり。

それなのに、いつの間にか俺の股間は熱くなり、猛っている。
悔しく、情けなく、自分に腹が立つ。
ちくしょう! 俺の体に腹が立つ。!
これでは動物と同じ、いやそれ以下じゃないか!
今すぐ頭を割いて、こんな脳みそ捨ててやりたい。

両手で頭をかきむしる。

「くっ!……美砂!」

思わず、大声で名前を叫ぶ。

だが彼女は決して視線も合わさず、一切口をきくこともなく、玄関を開ける。
開け放たれたドア。
その先の路上には、東城の姿があった。

ばたん

重い音をたてて閉まった扉の向こう。

「おはようございます。具合、どうですか」

くぐもった声で挨拶が聞こえた。

◇    ◇    ◇

<6月20日 朝 東城>


バスを降りて校門をくぐる。
車内でもずっとそうだったように、校内でもまた、好奇の視線がさまざまな方向から注がれる。
校内では知らぬ者はいないほど春菜とアツアツだったのに、いなくなった途端に御山と付き合い始め、そしてあっという間に別れた男が、また別の女の子、それも、よりによって同級生の妹と、手を繋いだまま登校してきたのだから無理もない。
しかも、その両方とも体のあちこちに治療を受けた跡がある。
何かあったと考えるのが普通だろう。

「ん? 東城‥それと、山葉美砂‥だな。ちょっと来い」

校舎の入り口で服装チェックをしていた風紀指導の体育教師に呼び止められる。
いつ見てもジャージしか着ていないその男は、竹刀を手にしたまま、つま先から頭のてっぺんまで、そして2人の背後にも回って舐めるように見回す。
その横を通っていく生徒たちも、興味津々の表情だ。
さっそく女子生徒がヒソヒソやっている。
その中には、東城や美砂のクラスの生徒もちらほら。

「お前ら、一応聞くがそのケガは何だ?」

教師は当然の質問をする。

「ケンカして、殴られました」
「ああ、そうらしいな。今朝、太刀川の病院から学校に連絡があったぞ。『昨日、けがをしたおたくの生徒3人が相次いで病院に来た』ってな。誰とだ? 山葉も一緒にか? 相手は? 他校の生徒か?」

そんないっぺんに聞かないでほしい。
尋ねられなくても、順を追って説明するから。

「あの。私の兄です」

美砂がさっさと核心部分を答えてしまう。

「兄‥って、や、山葉譲二か? 東城と同級の?」
「山葉とケンカしたんです」
「はぁ? 何でまた? お前ら仲良かっただろう」

ほかの生徒たちは昇降口に入る気なんか完全に消え失せて、立ち止まって聞いている。
どうせケガのことを聞かれるのは分かっていた。
そうしたら本当のことを言おうと、美砂と決めてきていた。

俺と美砂が付き合ってること。
そのことを知った山葉が怒り狂い、3人で殴り合いになったということを。

入り口で生徒が膨れ上がっていることに気付き、すでに教室に入っていた連中まで集まってくる。

「お、おまえらなぁ」

理由が理由だけに、この体育教師も答えに窮したか、困惑の表情を浮かべ仁王立ちだ。

「へえ、東城くん、3人目の彼女かぁ」
「あの男も節操ないわねぇ」
「…美砂ちゃん」
「あれって、山葉の妹だろ! 親友の妹に手ぇ出したのか」
「羨ましい奴だ」

周りの連中は好き勝手、言いたい放題。
「お前ら、教室に入らんか」なんて注意する気力も失せて、ただただ腕を組んだままの生活指導教師。
そこへ、皆が最も期待する人物、山葉譲二が登場した。
何も知らず、こちらへ向かって歩いてくる。
あいつの拳にも白い包帯。
額や頬にも「いかにも病院で治療しました」って感じで、ガーゼが貼られている。
十戒の物語で割れた海のように、左右に開き道を空ける生徒たち。
山葉も、俺と美砂が体育教師の前に立っていることで、すべてを察したようだ。
一瞬立ち止まったが、逃げるわけにもいかず、俺の横へ、教師の前に進み出た。

「山葉。この2人が言ってることは本当なのか? 3人で殴り合いしたっていうのは」

違うって言われたらどうするんだろう。
だが、山葉の答えは、教師の、そして生徒たちの期待を裏切ることはなかった。

「殴りました。最初に手を出したのは、俺です」

「おおー」とギャラリーから声が上がる。

「そ、そうか。で、その、なんだ。理由は‥お前の妹‥なのか」
「はい」

そう答え、俺の方を顔だけ向けて睨む山葉。

「だが、暴力はいかんぞ」

こういう場合に必ず聞くセリフだ。
思わず、ぷっと吹き出してしまう。

「東城、何笑っとるか!」

バカにされたとでも思ったか、教師が怒り出す。
それで若干は周りが見えたのか、集まっている生徒にやっと気付き「こらぁ、お前らぁ! さっさと教室に入らんかー!」と、解散を宣言した。

「お前らはちょっと待て。職員室まで来い」

忌々しそうに3人を睨みつけ、俺たちは居心地の悪い場所へ先導されていく。


こうして、オレと美砂が付き合っていることは、全校の知るところとなった。
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登場人物紹介

山葉譲二

・やまは/じょうじ

・2年N組

・出席番号:36

・1月16日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・山葉美砂の兄

・部活は性に合わないのでやってない

・父親は樺太に赴任中で母親もたまに不在。こちらでは美砂と2人暮らしになるタイミングもある

・1年時はクラスの文化祭実行委員

・創立記念祭の実行委員

東城薫

・とうじょう/かおる

・2年N組

・出席番号:21

・2月10日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・佐伯春菜の彼氏

・山葉譲二の親友

佐伯春菜

・さえき/はるな

・2年N組

・出席番号:15

・3月22日生まれ

・16歳

・帰宅部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・東城の彼女。中学から付き合っている。小学校も同じだった

・東城、山葉の3人でつるんでいる

・父親が大手商社員

・東城の呼び方は「薫」。一人称は「わたし」

・中学時代はバレーが得意だったらしい

・山葉的には「バカそうに見えるが意思のはっきりした娘で、相手を立てるべきときはちゃんと立てる」良いやつ

・チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこ

※アイコンは自作です

山葉美砂

・やまは/みさ

・1年B組

・1月22日生まれ

・15歳

・彩ケ崎中学出身

・家庭部

・電車通学

・山葉譲二の1歳違いの妹

・父の転勤の関係で1年の半分は譲二と2人だけで暮らしている

※アイコンは自作です

紅村涼子

・べにむら/りょうこ

・2年N組

・出席番号:30

・5月3日生まれ

・16歳

・彩ケ崎東中出身

・電車通学

・初期の主人公級キャラ

・ひょんなことから山葉に告って付き合うことになるが、山葉は何とか別れたいと思っている

・なんだかんだで結構可哀想な立ち位置のキャラ

・小5のときに家族の転勤で関西方面からやってきた

・メガネっ娘

※アイコンは自作です

一ノ瀬かすみ

・いちのせ/かすみ

・2年N組

・出席番号:5

・5月15日生まれ

・16歳

・茶道部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・山葉譲二の幼稚園からの幼馴染。小学校で同級だった最後は6年生で、中学3年間はクラスが同じになることはなかった。譲二の妹・美砂のことも知っている

・おとなしく、相手を慮る気持ちが強い

・自宅は彩ケ崎駅南商店街の蕎麦屋「香澄庵」

・呼びかけ方は「山葉くん」。一人称は「わたし」

※アイコンは自作です

紫村かえで

・しむら/かえで

・2年N組担任(1~3年まで同じ)

・12月6日生まれ

・25歳

・中高大とも美咲女子

・国語担当

・紫村かなでの妹

・面倒見が良く生徒みんなから好かれている

・姉のかなでと一緒に伏木教頭の伯母が経営しているアパートに住んでいる

・軽自動車のコニーに乗っている

※アイコンは自作です

紫村かなで

・しむら/かなで

・2年K組担任

・10月9日生まれ

・26歳

・中高大とも美咲女子

・英語担当

・紫村かえでの姉

・妹かえでよりは性格がきつめ

※アイコンは自作です

穐山冴子

・あきやま/さえこ

・2年N組

・出席番号:1

・7月3日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・東京市赤坂区

・一応は電車通学

・1人娘で父親は軍人上がりの華族で会社経営者。金持ち

・同じく内部生の紀伊國蓮花と中学からとても親密

・穐山と紀伊國の父親同士は実は仕事での縁が深く旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・紀伊國のことは「蓮花」。それ以外も男女問わず呼び捨て。一人称は「わたくし」

・いろんなシーンで登場する準メーンキャラ

※アイコンは自作です

鶯谷ミドリ

・うぐいすだに/みどり

・2年N組

・出席番号:6

・8月25日生まれ

・たぶん16歳

・出身中学設定なし(内部生ではない)

・自宅は東京市淀橋区

・通学手段不明

・一人称は「あたし」「あたしゃ」

・校内の情報に精通しており、ヤバい情報や資料を多数持っている敵に回してはならない女

・たまにしか登場しない

※アイコンは自作です

織川姫子

・おりかわ/ひめこ

・2年N組

・出席番号:7

・2月11日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・自宅は横濱。ここからはるばる通っている

・ティーンズ雑誌の街角美少女に選ばれたことがある

・山葉を山葉と呼び捨てで呼ぶ数少ない女子

・一人称は「わたし」

・呼びかけるとき必ず「やあ」で始まる

・登場回数は少なめ

・アイコンは自作です

柏木踊子

・かしわぎ/ようこ

・2年N組

・出席番号:8

・6月13日生まれ

・16歳

・吹奏楽部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・かすみの実家・香澄庵近くにある小料理屋の娘で、商売柄親同士も仲がいい。かすみとは幼馴染

・後半は比較的登場回数が多い

・山葉と東城に何度かぱんつを見られる

・アイコンは自作です

紀伊國蓮華

・きのくに/れんげ

・2年N組

・出席番号:10

・11月21日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・自宅は東京市麻布区

・絶えず穐山とともにいる

・穐山のことは「冴子さん」と呼んでいる

・紀伊國と穐山の父親同士は実は仕事の縁で旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・非常に清楚な出で立ちでモテるはずだが、穐山がいつもそばにいるので男は寄りつけない

※アイコンは自作です

来栖マリ子

・くるす/まりこ

・2年N組

・出席番号:12

・12月24日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・天然。ドジ。料理がゲロマズ(らしい)。憎めない性格

・入学したての主人公たちを校内探検に誘ってくれた

・物語の至る所に出没する

※アイコンは自作です

ジェシカ・ライジングサン

・6月30日生まれ

・2年N組

・出席番号:18

・16歳

・Jessica Risingsun

・アメリカ人の留学生でオタクだが、日本全般の知識が豊富

・同じアメリカ人のレナーテに誤情報を吹き込むことがあり、それが元でレナーテと犬猿の仲

・銀行支店長の家にホームステイしていたが、支店長が不正融資で逮捕され紫村姉妹の家に転がり込む

・本編での登場は少ないが番外編「紫村姉妹の居候」と「ジェシーとレナ」では主役扱い(連載が終わったら公開します)

※アイコンは自作です

慈乗院和歌男

・じじょういん/わかお

・2年N組

・出席番号:19

・10月3日生まれ

・16歳

・太刀川第2中学出身(太刀川市)

・自転車通学

・かえで先生のことが大好きな男子生徒

・中学ではバスケ部だった

・モブだったが、なんだかんだで後半は重要な役割を持つ

・親が、生まれるのは女の子なので「和歌子」って名前にしようと決めていたが、男だったのでヤケクソで和歌男にしたらしい(ただし風説の類)

船橋弥生

・ふなばし/やよい

・2年N組

・出席番号:29

・1月28日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(御山、吉村と同じ)

・体型はちょっと太めらしい(山葉の見立て)

・物語後半での登場頻度が非常に高いキーキャラ

※アイコンは自作です

御山沙貴子

・みやま/さきこ

・2年N組

・出席番号:33

・8月15日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、吉村と同じ)

・バレー部(後に主将)

・電車通学

・物語のとても重要な人物

・1年のとき山葉に着替えを覗かれて以来、山葉のことを徹底的に敵視している

・とても執念深い性格

・同じ中学出身の船橋による中学時代の回想が恐ろしい

※アイコンは自作です

吉村莉緒

・よしむら/りお

・2年N組

・出席番号:38

・11月7日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、御山と同じ)

・母親は死んでおり父親が男手ひとつで育てた。学費免除の特待生で入学

・実は美形

・おとなしい性格でクラスでも仲の良さそうな同級生はいないようだが、後半から出番が増える

※アイコンは自作です

レナーテ・バックマン

・2年N組

・出席番号:40

・2月24日生まれ

・16歳

・Renate Bachmann

・セミロングの金髪で青い目。日焼け対策で夏でも白の中間服を着ている

・横里米軍基地の軍医である父親について母と妹とともに日本に来たので留学ではない

・中学までは基地内のスクールだったが高校から神姫に入った

・兄もいるが本国で大学生

・ジェシカにはめられ変な日本語で恥をかかされることが多い

・春菜と仲がよくお泊まりに来たこともある

・日本語で「小川麗菜」という当て字の名前を持っている。ジェシカと吉村が考案したもの

※アイコンは自作です

小錦厚子

・こにしき/あつこ

・理事長兼校長

・誕生日設定なし

・年齢不詳だが60歳は超えてるだろう(山葉の想像)

・かつては国語教員だった

・なぜだか男には「セニョール」と話しかける(が、スペイン系ではない)

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