第70話:秘密のブログ~その1
文字数 3,139文字
「でも、東城くんも、あんなこと言うなんて…」
東城が怒って帰ったことで、ファミレスでの茶会は白けてしまった。
その後も10分ほどは居座ったものの、気まずい雰囲気で会話も進まず自然に解散。
「ま、仲がいいほど喧嘩するって言うし」
柏木が適当なフォローを入れてはくれたが、作り笑いが精一杯だった俺。
かすみとの家路も、再び降り始めた雪のせいもあって、どこか暗く重いものだった。
「とりあえず、あした謝っておいたら?」
「…そだな」
「あ、そうだ。何か食べてく?」
かすみを送って彩ケ崎の駅から南へほんの少し。
話しながら歩いているうちに、商店街から一本それた路地沿いにある香澄庵の前に着いていた。
かすみは店の格子戸に手をかけ、振り向きざまに尋ねてくる。
どうしたものか。
そういえば最近、かすみと付き合ってはいても香澄庵とはご無沙汰だったような。
だが、きょうは美砂が食事当番のはず。
ここで食べていっても時間的にはさして遅くはならないが、腹を膨らませるのは拙かろう。
俺は美砂に連絡すべく、スマホを取り出した。
すると、画面には新着を知らせる通知。
美砂からのトークだった。
スマホを持ってはいるが、あまりマメにチェックしない俺。
休み時間になると、あちこちでスマホを手にしているクラスメートを見かけるが、自分はたいていカバンの中に放り込んだままで、トークや電話に気付かないことはしょっちゅうだ。
これだって、届いてから1時間は経っている。
そういえば以前、春菜や東城から「反応が遅い」と叱られたこともあったよな。
「急に部活の打ち合わせ。ゴハンは好きにどーぞ」
逆だったら何を言われるか分からんが、美砂からの連絡はわずか21文字で「メシなし」を告げるものだった。
「カツどんでも食べるかな」
かすみが格子戸を開け、俺は後ろに続いた。
しかし、こうなるとは…
ここは店ではなく、かすみの部屋。
ちゃぶ台をはさみ、彼女の向かい側でカツどんを食べている。
かすみの家である香澄庵は3階建てで、1階が店舗。
2階と3階が住居になっており、かすみの部屋は両親の部屋と同じ2階にある。
3階はかすみの父の両親、すなわち、かすみの祖父母の部屋になっており、今は空いているが、かすみと2つ年の離れたお姉さんの部屋もある。
かすみの姉さんは俺たちとは違って優秀で、難関の市立美咲高に通っていた。
卒業後は東京市内のお茶の池女子帝大に進んだが、親元を離れて暮らしてみたいと、今は大学近くでアパート暮らしをしているそうだ。
小学生のころは、かすみと一緒にこの姉さんと遊んだりしたものだが、かすみと違って活発な子だったのを覚えている。
「でも、紅村さん、表情一つ変えなかったわね」
自分はお茶だけをすすりつつ、かすみはファミレスでのことを回想している。
せっかく数年ぶりでかすみの部屋に上がったのに、結局この話題になってしまうのか。
「本当に紅村なのかなぁ」
だが、俺だって腑に落ちないのは事実。
学校帰りに「時間が解決する」と答えておきながら、この話題に乗ってしまった。
◇ ◇ ◇
本当に涼子だったのか。
確かに傘という証拠じみたものは目にしたが、断定できているわけではない。
それに、傘のことが分かったのは学校帰りだから、昼間の教室内では涼子はノーチェック状態。
東城と会話していたか、どんな顔をしていたかなんて、注視する必要すらなかったので分かるわけがない。
「追いかけたのが紅村さんだったら、すべて繋がったんだけどね」
「あのとき、紅村ってどんな顔してたかな」
「見る余裕なかったわよ。私、山葉くん止めるのに必死だったから」
「…ご、ごめん」
追いかけていったのは、御山。
これは、分かる。
でも、前日、東城の部屋に行ったのは…
涼子をすべて御山に置き換えてしまえば、それはそれで、いともあっさり結論が出るのだが、どうしても涼子は、涼子だけは繋がらない。
「直接聞くわけにいかないしな」
何でこんなことに拘らなきゃならないのか、自分でも分からなくなっている。
カツどんを食べ終わり、淹れてもらったお茶を飲みながら、ファミレスでの涼子をもう一度思い出してみた。
ファミレスでの涼子。
隣には盛岡がいて、ずっと2人でしゃべってたな。
特に東城と話したがる様子もなく、何だかネットかパソコンの話で盛り上がっていたはずだ。
俺のはす向かいに座っていたから、聞くともなしに話の断片がときたま耳に飛び込んできていた。
パソコンか。
俺も高校に入ったお祝いに、ばあちゃんに買ってもらったから持っている。
学校にもパソコン室があり、表計算の仕方といった実用的なことから、ネット情報の活用、匿名性の危険や個人情報保護の重要性などを学ぶ授業があって、数学や英語なんかと違い結構好きなんだよな。
また、こういうのが得意な生徒もいて、パソコン同好会もあったはずだ。
クラスでは村本が入っていたかな。
学校のホームページもちゃんとあって、受験する前、中学のパソコンで姫高のことを調べたこともあったな、そういえば。
ホームページもこのパソコン部が作ってるって話だが…ん? ホーム…ページ?
俺は不意に、以前涼子に追い回されていたときのことを思い出した。
個人のサイトだったか、ブログをやってるとか何とか、そんなことを涼子は言っていたが…ああ、これだ!
何で今まで思い出さなかったんだろう。
涼子はブログを持っていたんだ。
「いちど、見てみて」とか言って、アドレスを書いた紙も無理やり押し付けられたことがある。
「かすみさ!」
「え? どうしたの」
「紅村のこと、聞かなくても分かるかもしれないぜ」
「どういうこと?」
かすみはきょとんとして、俺の方を注目する。
「紅村さ、ブログを開いてるはずなんだ」
「今どきブログって、能天とか活力門がやってる、あのブログ?」
「そう。そこに何かヒントになることが書かれてるかもしれない。それを読めば」
俺は何か宝でも見つけたような気分になり、鼻を鳴らした。
これで胸のつっかえが下りるなら、お安いもんだ。
「じゃあ、さっそく見てみない」
かすみは壁際を指さす。
布がかけてあって分からなかったが、かすみも自室にパソコンを持っていたようだ。
勉強机の隣にあったそれは、ごく普通のグレーのミドルタワー。
大手メーカー芝浦電気のマークが入っており、俺が買ってもらったのとほぼ同じ大きさだ。
かすみは電源を入れ、立ち上がるのを待っている。
ややあって現れたデスクトップは、木の枝に止まっている2羽のメジロが壁紙になっており、実に何というか、かすみらしい。
「お姉ちゃんのお下がりなんだけどね」
「じゃあ、お姉さんのは?」
「バイトしてもっといいのを買うとか、もう買ったのかな、そんなこと言ってたわ」
「ふーん。にしてもアイコン少ないね」
「嫌いなのよね、ごちゃごちゃして…さ、アドレス入れましょ」
涼子のブログのアドレスは…ん?
俺は生徒手帳を取り出しページをめくるが、挟んだ紙はどこにもない。
押し付けられたとき、捨てるのも気が引けてこれに挟んだはずなのだが、どこにいったんだろう。
「ないの?」
「いや、あったんだけど…なんか、どっかいっちゃって」
カバンの底やサイドポケットなんかも調べるが、出てくるのはレシートや何が書いてあるのか今となっては思い出せないノートの切れ端みたいなものばかり。
家でも捨てた覚えはないから、ここになければ家の引き出しの中だろうか。
「ごめん、かすみ。出てこないや。家に戻ったらあるかもしれないから調べるよ」
「じゃ、しょうがないわね。私も何かキーワードでも入れて夜にでも調べてみるわ。辿り着けないとは思うけどね」
こうして、かすみの部屋では涼子のブログを見ることはできなかったが、その後少しだけピンボールで遊んでから家に帰った。