第24話:再び、涼子と一緒

文字数 3,305文字

<2年生 8月9日>

俺、いや、俺たちが担ぎ込まれたのは妙見(みょうけん)外科病院だった。

店の中で葛野州高の連中にボコられ、受け入れ可能で一番近いこの病院に救急搬送されたのだ。

学生証から連絡が行ったんだろう。
4人それぞれの母親に、かえで先生や伏木教頭も駆けつけている。
これがもう少し遅い時間だったなら誰かの父親も加わっていただろう。


「いて、いてて…妙見先生、東城…たちは?」
「大丈夫よ。いま順番に検査してるけど、今のところ誰も骨には異常なさそうだし、一晩休んでいけば明日には出られるわ。包帯は、少しの間辛抱しないとならないけどね」
「ああ、くそっ」
「聞いたわよ。紅村を守ったんですってね」
「え、ええ」
「紅村、キミのこと心配してたわよ」
「もう、起きてるんですか」
「ええ、一番ケガが軽かったからね」
「ふう」

妙見紗緒里(さおり)先生は学校医だ。
元町駅近くにある妙見外科病院理事長の娘で、本人も専門は外科だという。
この病院で働けばいいものを、姫高出身の妙見先生は学校医の道を選んだ。
騒ぎがあった日も学校にいたそうだが、自分の学校の生徒が担ぎ込まれたとの知らせを受け飛んできたのだという。

やって来たかえで先生からは、ひとしきり心配され、ひとしきり怒られた。
あした退院できるが、あさって学校に来てほしいという。
小錦理事長から話があるそうだ。

それを聞いて、一気に暗くなった。
まさか、退学なんて…ないよな。
   ◇
   ◇
   ◇
翌朝。
俺たちは退院した。

4人が顔を揃えると、それぞれが顔や腕などに包帯やバンソウコウが貼ってあり、痛いのに妙に笑える。
「あいつら、ちくしょう」
東城はまだ怒りが収まらないようだ。
春菜は昨夜、駆けつけた親にこっぴどく叱られたようで少し沈んでいる。
涼子は、自分のせいでこんなことになって済まないと何度も繰り返している。

「いや、そんなことないって。あのままだったら、オレが先に殴りかかってたって」
東城が涼子をなだめている。

「そうだよ、紅村。あんた偉いよ…」
春菜は涼子の背中をさすりながら慰めているが、なんとなく目が潤んでいる。
絡まれてた東城に助太刀してくれたことが嬉しいのだろう。

「紅村…口、大丈夫か?」
「うん……山葉くん、ありがと」

涼子は口の傷を痛そうにしながらも微笑んでみせた。


病院を出るとき妙見先生に聞いた話によると、あの連中は警察に捕まったそうだ。
俺たちを殴った後逃げようとしたが、たまたま表を通りかかって騒ぎに気付いた腕に覚えのある男性がそのうちの一人をサバ折りにして、警察に突き出してくれたらしい。

その後、俺たちは警察に寄り昨晩に続いて調べを受けた後、風祭店長に謝りに行った。

事情を充分に知っている店長から辞めなくていいとは言われたが、俺たちが店にい続けると、あの連中の仲間がお礼参りにでも来て、また店に迷惑をかけると嫌なので、昨日までのバイト代をもらって、辞めることにした。
少しのコップと皿を除き店の備品にほとんど損害がなかったのが幸いだった。

◇    ◇    ◇

翌日の昼、4人は彩ケ崎の駅に集まった。

「おお、山葉」
「ああ」
「傷は?」
「痛みはだいぶ引いた。お前は?」
「一緒」
「行くか」
「はあ」

俺たちは校長を兼ねている小錦理事長に呼ばれ、学校に行かなければならない。
親も一緒に呼ばれるかと思ったが、俺たち当事者だけから事情を聞くという。

あの一件は、即座に学校の知るところとなった。
妙見先生の病院に担ぎ込まれたということもあるが、まがりなりにも警察沙汰になったわけだから当然だ。

暗黙の了解はされているが、一応、姫高ではバイトが禁止されている。
そのうえ、4人も一度に傷害事件に巻き込まれたんじゃあ、呼び出しも仕方ない。
とはいえ、理事長直々というのは、さすがにへこむ。

それでも俺たちはカラ元気を出して校門をくぐった。

まずは職員室。
待っていたかえで先生にもう一度謝り、伏木教頭と6人で理事長室に向かった。

コンコン

かえで先生がノックする。

「お入んなさい」

理事長室はだだっ広く、椅子も机も大きい。
しかし、物がたくさん置かれているでもなく質素だ。
壁には歴代の理事長と思われる髭をはやした異国の人や紋付きの男性の写真。
理事長席の後ろの壁面には小さな風景画が飾ってあるが、それ以外はせいぜい本棚と観葉植物の鉢が置いてある程度だ。

理事長は机の向こう側で、こちらに背を向けて座っている。
俺たちは横一列に並び、緊張した。

「理事長、連れてきました」

教頭が声をかけた。

それでも理事長は返事もせず、相変わらずこちらに背を向けたままだ。

ちらっと東城の方を見る。
落ち着かない感じで視線が彷徨っている。
春菜も涼子もだ。
ってか、俺もか。

「あの、理事長」

教頭がもう一度声をかけたが、どこか上ずっている。
この人も理事長が怖いんだろうか。

「理事長、このたびは私の生徒が…」

たまらず、かえで先生が謝罪の言葉を漏らそうとしたとき、小錦理事長がこちらに向き直った。

「警察沙汰なんて、姫高始まって以来だよ」

ああ、怒ってる。
理事長が怒ってる。
そりゃそうだよな。
もう、ダメだ。

「葛野州の連中とやりあったんだって? いい度胸してるじゃないか」

へ?

「あそこの連中はこの街の面汚しなんだ。ヨソの生徒もよく恐喝とかされてるっていうし、溜飲が下がったよ」

「理事長」

思いがけない言葉に、伏木教頭が怪訝そうに声を上げた。

「きのう、あそこのアホ校長が謝りに来てさ。生徒より先にあんたが教育受け直せって言ってやったよ。あっははははは!」

小錦理事長は上機嫌だった。
よほどあの学校には言いたいことがあったのだろう。
その後も一人でしゃべり続け、俺たちは呆気に取られた。
伏木教頭も、かえで先生もいつしか緊張感がほぐれ、ときおり笑みをこぼすこともある。
独演会は延々30分以上続いた。

「でもね」

話が佳境に達したとき、理事長は諭すような口調で俺たちの目を見た。

「やっぱり、暴力は駄目だよ。どっちが先とか問題じゃない。可哀想だけど、ケジメだけはつけさせてもらうよ」

ああ、やっぱり処分はあるんだな。
俺たちもかえで先生も、肩を落とした。

「8月いっぱい、出校禁止!」

理事長から言い渡された処分は明快だった。
8月の間は学校に来ちゃいけないってことだ。
でも8月は夏休み。
部活もやってない俺たちは学校に来る必要はない。
実質、お咎めなしってことだ。
   ◇
   ◇
   ◇
「ねえ、小錦理事長ってさ、いい人だよね!」
春菜が嬉しそうに跳ねている。
「やっぱり上に立つ人って違う。感激した」
涼子も緊張が解け、ホッとした表情だ。

俺たちは学校からの帰り、花房神社の境内で開放感に浸っていた。

まさかこういう組み合わせで和気あいあいになるなんて思ってもみなかった。
つい先日まで涼子を避け、バイト先でコキ使っていたなんて思うと、恥ずかしい。
涼子の方を見ると、実に楽しそうにしゃべっている。
東城や春菜がああやって涼子と話をしてるところを見るのも初めてだな。
何も知らない奴が見たら、仲良し4人組に見えるだろうな。

「でもさ、合宿に行けないというのは、流石にキツいなぁ」

東城が思い出したように天を仰いだ。

そう。
一応、出校禁止なので学校行事には参加できない。
楽しみにしていた夏合宿に、俺たちは行くことができないのだ。

本当はあと数日で夏合宿。
海の家に行って、合宿とは名ばかりの楽しい共同生活がある。
勉強なんかない。
海で泳いだり、近くの川に行ったり、夜は花火をして、部屋に集まって怖い話をしてみたり…
ああ、もったいない。

「ねえ、あたしたちも何かやろうよ? 遠くはアレだけど、ねえ、どっか行こうよ」

春菜が東城や俺、そして涼子の顔をそれぞれ見つめ、目を輝かせている。

「いいな、それ! おう、行こうぜ。山葉、紅村、どうだ、どっか行かないか? そうだ、川で花火とか」
「そうね、部屋に引っ込んでてもつまらないし」

涼子は、言いながら俺の方を向いた。

「よし、行くか!」

別に3人に圧倒されたわけでもなく、俺は心から行きたい気分になった。

「おー、よっしゃ! そうと決まれば打ち合わせ」
「やろやろ」
「楽しみね」


こうして俺たちだけの、ささやかな「夏合宿」が始まることになった。
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登場人物紹介

山葉譲二

・やまは/じょうじ

・2年N組

・出席番号:36

・1月16日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・山葉美砂の兄

・部活は性に合わないのでやってない

・父親は樺太に赴任中で母親もたまに不在。こちらでは美砂と2人暮らしになるタイミングもある

・1年時はクラスの文化祭実行委員

・創立記念祭の実行委員

東城薫

・とうじょう/かおる

・2年N組

・出席番号:21

・2月10日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・佐伯春菜の彼氏

・山葉譲二の親友

佐伯春菜

・さえき/はるな

・2年N組

・出席番号:15

・3月22日生まれ

・16歳

・帰宅部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・東城の彼女。中学から付き合っている。小学校も同じだった

・東城、山葉の3人でつるんでいる

・父親が大手商社員

・東城の呼び方は「薫」。一人称は「わたし」

・中学時代はバレーが得意だったらしい

・山葉的には「バカそうに見えるが意思のはっきりした娘で、相手を立てるべきときはちゃんと立てる」良いやつ

・チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこ

※アイコンは自作です

山葉美砂

・やまは/みさ

・1年B組

・1月22日生まれ

・15歳

・彩ケ崎中学出身

・家庭部

・電車通学

・山葉譲二の1歳違いの妹

・父の転勤の関係で1年の半分は譲二と2人だけで暮らしている

※アイコンは自作です

紅村涼子

・べにむら/りょうこ

・2年N組

・出席番号:30

・5月3日生まれ

・16歳

・彩ケ崎東中出身

・電車通学

・初期の主人公級キャラ

・ひょんなことから山葉に告って付き合うことになるが、山葉は何とか別れたいと思っている

・なんだかんだで結構可哀想な立ち位置のキャラ

・小5のときに家族の転勤で関西方面からやってきた

・メガネっ娘

※アイコンは自作です

一ノ瀬かすみ

・いちのせ/かすみ

・2年N組

・出席番号:5

・5月15日生まれ

・16歳

・茶道部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・山葉譲二の幼稚園からの幼馴染。小学校で同級だった最後は6年生で、中学3年間はクラスが同じになることはなかった。譲二の妹・美砂のことも知っている

・おとなしく、相手を慮る気持ちが強い

・自宅は彩ケ崎駅南商店街の蕎麦屋「香澄庵」

・呼びかけ方は「山葉くん」。一人称は「わたし」

※アイコンは自作です

紫村かえで

・しむら/かえで

・2年N組担任(1~3年まで同じ)

・12月6日生まれ

・25歳

・中高大とも美咲女子

・国語担当

・紫村かなでの妹

・面倒見が良く生徒みんなから好かれている

・姉のかなでと一緒に伏木教頭の伯母が経営しているアパートに住んでいる

・軽自動車のコニーに乗っている

※アイコンは自作です

紫村かなで

・しむら/かなで

・2年K組担任

・10月9日生まれ

・26歳

・中高大とも美咲女子

・英語担当

・紫村かえでの姉

・妹かえでよりは性格がきつめ

※アイコンは自作です

穐山冴子

・あきやま/さえこ

・2年N組

・出席番号:1

・7月3日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・東京市赤坂区

・一応は電車通学

・1人娘で父親は軍人上がりの華族で会社経営者。金持ち

・同じく内部生の紀伊國蓮花と中学からとても親密

・穐山と紀伊國の父親同士は実は仕事での縁が深く旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・紀伊國のことは「蓮花」。それ以外も男女問わず呼び捨て。一人称は「わたくし」

・いろんなシーンで登場する準メーンキャラ

※アイコンは自作です

鶯谷ミドリ

・うぐいすだに/みどり

・2年N組

・出席番号:6

・8月25日生まれ

・たぶん16歳

・出身中学設定なし(内部生ではない)

・自宅は東京市淀橋区

・通学手段不明

・一人称は「あたし」「あたしゃ」

・校内の情報に精通しており、ヤバい情報や資料を多数持っている敵に回してはならない女

・たまにしか登場しない

※アイコンは自作です

織川姫子

・おりかわ/ひめこ

・2年N組

・出席番号:7

・2月11日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・自宅は横濱。ここからはるばる通っている

・ティーンズ雑誌の街角美少女に選ばれたことがある

・山葉を山葉と呼び捨てで呼ぶ数少ない女子

・一人称は「わたし」

・呼びかけるとき必ず「やあ」で始まる

・登場回数は少なめ

・アイコンは自作です

柏木踊子

・かしわぎ/ようこ

・2年N組

・出席番号:8

・6月13日生まれ

・16歳

・吹奏楽部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・かすみの実家・香澄庵近くにある小料理屋の娘で、商売柄親同士も仲がいい。かすみとは幼馴染

・後半は比較的登場回数が多い

・山葉と東城に何度かぱんつを見られる

・アイコンは自作です

紀伊國蓮華

・きのくに/れんげ

・2年N組

・出席番号:10

・11月21日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・自宅は東京市麻布区

・絶えず穐山とともにいる

・穐山のことは「冴子さん」と呼んでいる

・紀伊國と穐山の父親同士は実は仕事の縁で旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・非常に清楚な出で立ちでモテるはずだが、穐山がいつもそばにいるので男は寄りつけない

※アイコンは自作です

来栖マリ子

・くるす/まりこ

・2年N組

・出席番号:12

・12月24日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・天然。ドジ。料理がゲロマズ(らしい)。憎めない性格

・入学したての主人公たちを校内探検に誘ってくれた

・物語の至る所に出没する

※アイコンは自作です

ジェシカ・ライジングサン

・6月30日生まれ

・2年N組

・出席番号:18

・16歳

・Jessica Risingsun

・アメリカ人の留学生でオタクだが、日本全般の知識が豊富

・同じアメリカ人のレナーテに誤情報を吹き込むことがあり、それが元でレナーテと犬猿の仲

・銀行支店長の家にホームステイしていたが、支店長が不正融資で逮捕され紫村姉妹の家に転がり込む

・本編での登場は少ないが番外編「紫村姉妹の居候」と「ジェシーとレナ」では主役扱い(連載が終わったら公開します)

※アイコンは自作です

慈乗院和歌男

・じじょういん/わかお

・2年N組

・出席番号:19

・10月3日生まれ

・16歳

・太刀川第2中学出身(太刀川市)

・自転車通学

・かえで先生のことが大好きな男子生徒

・中学ではバスケ部だった

・モブだったが、なんだかんだで後半は重要な役割を持つ

・親が、生まれるのは女の子なので「和歌子」って名前にしようと決めていたが、男だったのでヤケクソで和歌男にしたらしい(ただし風説の類)

船橋弥生

・ふなばし/やよい

・2年N組

・出席番号:29

・1月28日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(御山、吉村と同じ)

・体型はちょっと太めらしい(山葉の見立て)

・物語後半での登場頻度が非常に高いキーキャラ

※アイコンは自作です

御山沙貴子

・みやま/さきこ

・2年N組

・出席番号:33

・8月15日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、吉村と同じ)

・バレー部(後に主将)

・電車通学

・物語のとても重要な人物

・1年のとき山葉に着替えを覗かれて以来、山葉のことを徹底的に敵視している

・とても執念深い性格

・同じ中学出身の船橋による中学時代の回想が恐ろしい

※アイコンは自作です

吉村莉緒

・よしむら/りお

・2年N組

・出席番号:38

・11月7日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、御山と同じ)

・母親は死んでおり父親が男手ひとつで育てた。学費免除の特待生で入学

・実は美形

・おとなしい性格でクラスでも仲の良さそうな同級生はいないようだが、後半から出番が増える

※アイコンは自作です

レナーテ・バックマン

・2年N組

・出席番号:40

・2月24日生まれ

・16歳

・Renate Bachmann

・セミロングの金髪で青い目。日焼け対策で夏でも白の中間服を着ている

・横里米軍基地の軍医である父親について母と妹とともに日本に来たので留学ではない

・中学までは基地内のスクールだったが高校から神姫に入った

・兄もいるが本国で大学生

・ジェシカにはめられ変な日本語で恥をかかされることが多い

・春菜と仲がよくお泊まりに来たこともある

・日本語で「小川麗菜」という当て字の名前を持っている。ジェシカと吉村が考案したもの

※アイコンは自作です

小錦厚子

・こにしき/あつこ

・理事長兼校長

・誕生日設定なし

・年齢不詳だが60歳は超えてるだろう(山葉の想像)

・かつては国語教員だった

・なぜだか男には「セニョール」と話しかける(が、スペイン系ではない)

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