第24話:再び、涼子と一緒
文字数 3,305文字
俺、いや、俺たちが担ぎ込まれたのは
店の中で葛野州高の連中にボコられ、受け入れ可能で一番近いこの病院に救急搬送されたのだ。
学生証から連絡が行ったんだろう。
4人それぞれの母親に、かえで先生や伏木教頭も駆けつけている。
これがもう少し遅い時間だったなら誰かの父親も加わっていただろう。
「いて、いてて…妙見先生、東城…たちは?」
「大丈夫よ。いま順番に検査してるけど、今のところ誰も骨には異常なさそうだし、一晩休んでいけば明日には出られるわ。包帯は、少しの間辛抱しないとならないけどね」
「ああ、くそっ」
「聞いたわよ。紅村を守ったんですってね」
「え、ええ」
「紅村、キミのこと心配してたわよ」
「もう、起きてるんですか」
「ええ、一番ケガが軽かったからね」
「ふう」
妙見
元町駅近くにある妙見外科病院理事長の娘で、本人も専門は外科だという。
この病院で働けばいいものを、姫高出身の妙見先生は学校医の道を選んだ。
騒ぎがあった日も学校にいたそうだが、自分の学校の生徒が担ぎ込まれたとの知らせを受け飛んできたのだという。
やって来たかえで先生からは、ひとしきり心配され、ひとしきり怒られた。
あした退院できるが、あさって学校に来てほしいという。
小錦理事長から話があるそうだ。
それを聞いて、一気に暗くなった。
まさか、退学なんて…ないよな。
◇
◇
◇
翌朝。
俺たちは退院した。
4人が顔を揃えると、それぞれが顔や腕などに包帯やバンソウコウが貼ってあり、痛いのに妙に笑える。
「あいつら、ちくしょう」
東城はまだ怒りが収まらないようだ。
春菜は昨夜、駆けつけた親にこっぴどく叱られたようで少し沈んでいる。
涼子は、自分のせいでこんなことになって済まないと何度も繰り返している。
「いや、そんなことないって。あのままだったら、オレが先に殴りかかってたって」
東城が涼子をなだめている。
「そうだよ、紅村。あんた偉いよ…」
春菜は涼子の背中をさすりながら慰めているが、なんとなく目が潤んでいる。
絡まれてた東城に助太刀してくれたことが嬉しいのだろう。
「紅村…口、大丈夫か?」
「うん……山葉くん、ありがと」
涼子は口の傷を痛そうにしながらも微笑んでみせた。
病院を出るとき妙見先生に聞いた話によると、あの連中は警察に捕まったそうだ。
俺たちを殴った後逃げようとしたが、たまたま表を通りかかって騒ぎに気付いた腕に覚えのある男性がそのうちの一人をサバ折りにして、警察に突き出してくれたらしい。
その後、俺たちは警察に寄り昨晩に続いて調べを受けた後、風祭店長に謝りに行った。
事情を充分に知っている店長から辞めなくていいとは言われたが、俺たちが店にい続けると、あの連中の仲間がお礼参りにでも来て、また店に迷惑をかけると嫌なので、昨日までのバイト代をもらって、辞めることにした。
少しのコップと皿を除き店の備品にほとんど損害がなかったのが幸いだった。
◇ ◇ ◇
翌日の昼、4人は彩ケ崎の駅に集まった。
「おお、山葉」
「ああ」
「傷は?」
「痛みはだいぶ引いた。お前は?」
「一緒」
「行くか」
「はあ」
俺たちは校長を兼ねている小錦理事長に呼ばれ、学校に行かなければならない。
親も一緒に呼ばれるかと思ったが、俺たち当事者だけから事情を聞くという。
あの一件は、即座に学校の知るところとなった。
妙見先生の病院に担ぎ込まれたということもあるが、まがりなりにも警察沙汰になったわけだから当然だ。
暗黙の了解はされているが、一応、姫高ではバイトが禁止されている。
そのうえ、4人も一度に傷害事件に巻き込まれたんじゃあ、呼び出しも仕方ない。
とはいえ、理事長直々というのは、さすがにへこむ。
それでも俺たちはカラ元気を出して校門をくぐった。
まずは職員室。
待っていたかえで先生にもう一度謝り、伏木教頭と6人で理事長室に向かった。
コンコン
かえで先生がノックする。
「お入んなさい」
理事長室はだだっ広く、椅子も机も大きい。
しかし、物がたくさん置かれているでもなく質素だ。
壁には歴代の理事長と思われる髭をはやした異国の人や紋付きの男性の写真。
理事長席の後ろの壁面には小さな風景画が飾ってあるが、それ以外はせいぜい本棚と観葉植物の鉢が置いてある程度だ。
理事長は机の向こう側で、こちらに背を向けて座っている。
俺たちは横一列に並び、緊張した。
「理事長、連れてきました」
教頭が声をかけた。
それでも理事長は返事もせず、相変わらずこちらに背を向けたままだ。
ちらっと東城の方を見る。
落ち着かない感じで視線が彷徨っている。
春菜も涼子もだ。
ってか、俺もか。
「あの、理事長」
教頭がもう一度声をかけたが、どこか上ずっている。
この人も理事長が怖いんだろうか。
「理事長、このたびは私の生徒が…」
たまらず、かえで先生が謝罪の言葉を漏らそうとしたとき、小錦理事長がこちらに向き直った。
「警察沙汰なんて、姫高始まって以来だよ」
ああ、怒ってる。
理事長が怒ってる。
そりゃそうだよな。
もう、ダメだ。
「葛野州の連中とやりあったんだって? いい度胸してるじゃないか」
へ?
「あそこの連中はこの街の面汚しなんだ。ヨソの生徒もよく恐喝とかされてるっていうし、溜飲が下がったよ」
「理事長」
思いがけない言葉に、伏木教頭が怪訝そうに声を上げた。
「きのう、あそこのアホ校長が謝りに来てさ。生徒より先にあんたが教育受け直せって言ってやったよ。あっははははは!」
小錦理事長は上機嫌だった。
よほどあの学校には言いたいことがあったのだろう。
その後も一人でしゃべり続け、俺たちは呆気に取られた。
伏木教頭も、かえで先生もいつしか緊張感がほぐれ、ときおり笑みをこぼすこともある。
独演会は延々30分以上続いた。
「でもね」
話が佳境に達したとき、理事長は諭すような口調で俺たちの目を見た。
「やっぱり、暴力は駄目だよ。どっちが先とか問題じゃない。可哀想だけど、ケジメだけはつけさせてもらうよ」
ああ、やっぱり処分はあるんだな。
俺たちもかえで先生も、肩を落とした。
「8月いっぱい、出校禁止!」
理事長から言い渡された処分は明快だった。
8月の間は学校に来ちゃいけないってことだ。
でも8月は夏休み。
部活もやってない俺たちは学校に来る必要はない。
実質、お咎めなしってことだ。
◇
◇
◇
「ねえ、小錦理事長ってさ、いい人だよね!」
春菜が嬉しそうに跳ねている。
「やっぱり上に立つ人って違う。感激した」
涼子も緊張が解け、ホッとした表情だ。
俺たちは学校からの帰り、花房神社の境内で開放感に浸っていた。
まさかこういう組み合わせで和気あいあいになるなんて思ってもみなかった。
つい先日まで涼子を避け、バイト先でコキ使っていたなんて思うと、恥ずかしい。
涼子の方を見ると、実に楽しそうにしゃべっている。
東城や春菜がああやって涼子と話をしてるところを見るのも初めてだな。
何も知らない奴が見たら、仲良し4人組に見えるだろうな。
「でもさ、合宿に行けないというのは、流石にキツいなぁ」
東城が思い出したように天を仰いだ。
そう。
一応、出校禁止なので学校行事には参加できない。
楽しみにしていた夏合宿に、俺たちは行くことができないのだ。
本当はあと数日で夏合宿。
海の家に行って、合宿とは名ばかりの楽しい共同生活がある。
勉強なんかない。
海で泳いだり、近くの川に行ったり、夜は花火をして、部屋に集まって怖い話をしてみたり…
ああ、もったいない。
「ねえ、あたしたちも何かやろうよ? 遠くはアレだけど、ねえ、どっか行こうよ」
春菜が東城や俺、そして涼子の顔をそれぞれ見つめ、目を輝かせている。
「いいな、それ! おう、行こうぜ。山葉、紅村、どうだ、どっか行かないか? そうだ、川で花火とか」
「そうね、部屋に引っ込んでてもつまらないし」
涼子は、言いながら俺の方を向いた。
「よし、行くか!」
別に3人に圧倒されたわけでもなく、俺は心から行きたい気分になった。
「おー、よっしゃ! そうと決まれば打ち合わせ」
「やろやろ」
「楽しみね」
こうして俺たちだけの、ささやかな「夏合宿」が始まることになった。