第42話:修学旅行~先生のピンチ
文字数 4,805文字
K組を襲った大分も、この部屋では収穫がなく、渋々引き揚げていったのがいい気味だ。
本多のタレ込みがなければ俺たちも全滅していただろう。
本多GJ!
深夜の2時ぐらい。
旅行や遊びの疲れで全員寝ている。
しかし何て寝相の悪い奴らだ。
野並は向きが逆になっており、盛岡は村本に直角に覆いかぶさって×の字になっている。
慈乗院はマクラを抱きしめたまま幸せそうな表情だが、布団と布団の間に落ち、畳の上でよだれを垂らしている。
俺はさっきまで熟睡していたのだが、横で寝ている西春が変な寝言を言うので起きてしまった。
布団から腕を伸ばし「●□@ЖФ▲▲~」などと、およそ言語とは思えぬ言葉を口走っていた。
もう一度寝ようと思った時、一番端っこで寝息を立てている東城が目に入った。
こいつ、御山のフトモモの内側にホクロがあることを知ってやがった。
どういう経緯でそれを知ったのだろうか。
村本が言っていた「御山の好きな人」ってのは奴が目撃したとおり、まさか東城なのか?
だが、仮にそうだったとして、内股のホクロを見るほどの間柄というのは一体…
幸せそうな寝顔を見ていたら無性に腹が立ってきた。
俺は妙案を思いついた。
寝ている東城に何か質問したら、ひょっとして無警戒にホンネを漏らすんじゃないか。
誘導尋問じゃないが、おもしろい話が聞けるかもしれない。
俺は東城の隣に添い寝する形で横になると、耳元で囁いてみた。
「ねえ薫、春菜のこと好きよね?」
春菜の口調を真似て質問してみた。
「ん、うん、好き…だよ」
小手調べの質問に奴は素直に答えた。
返答も妥当だ。
こりゃいける!
「わたしのこと、愛してくれてるの?」
「…いつも…愛してるって…言ってる…すー、すー、…だ、ろ」
うむうむ。
ちゃんと答えているな。
よし、じゃあ本題に入るぞ。
「ねえ、あたしのこと、好き?」
「…ん、ん…?」
「沙貴子よ」
「…ん、ん…さ、き、こ?」
「ねえ、あたしのこと、好き?」
「さ、きこ」
「ねえ」
「さ、き、こ…すー、すー」
ラチがあかねえ。
沙貴子、としか言わねえんじゃ、仕方ない。
もう少し具体的に突っ込んでみるか。
「ねえ、あたしと一緒に帰ったこと、覚えてる?」
「ん、ん…覚え…てる」
そうか! 少なくとも一緒には帰ったんだな。
よし。
「手、繋いでくれたよね」
「…う…ん」
ほほう、手は繋いだと。
勢いを得た俺はカマかけてみることにした。
「あたし…よかった?」
しゃべってる俺も恥ずかしくなるようなことだが、もう止まらない。
「ん、ん…よか…った」
この野郎ぉ!
「ねえ、あたしの何がよかったの?」
「すー、すー」
寝るんじゃねえよ! ちゃんと答えろ!
「ねえ、あたしの体、よかった?」
「さ、き、こ…すー、すー」
だめだ、こいつ。
決定的なところでは寝ちまうようだ。
答えないなら答えないで、腹いせに鈍器か何かで頭を殴ってやろうと思ったが、急に美砂のことも確かめたくなってきたので、思いとどまった。
「ねえ、美砂ちゃんの手、握ったことあるの?」
再び春菜の口調で聞いてみる。
「…ある、よ」
「キスはしたの?」
「…うん…した」
ここまでは知ってる。
東城自身がファミレスで俺に吐いたし、美砂もその後認めたことだ。
ただ、俺が知ってるのはここまでで、これ以上のことがあったのか、なかったのか、それが最大重要だ。
答えによってはこの場で殺す!
俺は質問を続けた。
「美砂ちゃんの、ハダカ、どうだった?」
「美砂のハダカは…すー、すー」
何寝てんだ、こいつ!
肝心な時にいつも寝やがって。
「美砂ちゃんと、キス以上のこと…したの?」
「美砂と…すー、すー…キス…して…」
「キスして?」
「すー、すー…」
「美砂のこと、愛したの?」
「すー、すー………た」
「た?」「た?」 「た」じゃ分からねーっつうの!
俺は一気に核心に迫った。
「ねえ、美砂ちゃん…痛がらなか…った?」
「美砂は…すー、すー…と、ても…い、た…」
「へーっくしょん!」
突然、盛岡がくしゃみをして飛び起きた。
部屋の連中も突然の大音響に目を覚ましてしまった。
もちろん、東城もだ。
バカヤロウ!これから肝心なトコだったのに、盛岡、テメー!
「正直・・・すまんかった」
盛岡は寝ぼけながら謝っているが俺の計画は台無しだ。
「おい、山葉。おめー、何でこんなトコで添い寝してんだ」
「え?」
そうだ。
そういえば、東城を尋問するため、俺は添い寝する形で横にいたんだった。
目の前には東城の顔があるが、極めて不快そうだ。
「気持ちの悪い奴だな。それとも何か、俺に、惚れたかぁ♪」
「不快なのはこっちだ! 春菜だけでなく、御山を弄び、美砂にも痛い思いさせ……させ、たかも、しれないのに」
なんてことは言えない。
俺は真相を半分以上つかんだにもかかわらず、追究することができるわけもなく、わざとらしく東城に謝るしかなかった。
この野郎、いつか必ず、本当のことを自分の口から吐かせてやるからな。
腹の中は煮えくり返っていたが、「寝ぼけた、わりぃ」などと作り笑いで誤魔化した。
◇ ◇ ◇
「あ~あ、目が覚めちまった。しょんべしてくる」
東城は
他の連中も起きてしまい、じゃれあったり、うつ伏せのまま布団から上半身を出して話をしたりしている。
俺もついでだから手洗いにでも行こうかなと思った時、東城が血相を変えて戻ってきた。
血相を変えている割には、えらく慎重に、音を立てないように
こちらを振り向くと、全員に向かって人差し指を口の前で立て「いいから、声を出すな」と小声で言った。
静まり返る部屋。
全員の視線を集めたところで、東城が切り出した。
「夜這い掛けてやがる野郎がいるぜ」
「なにっ!」
思わず俺は声を上げそうになってしまった。
「しーっ! まあ待て、今、説明するから」
東城によると、こうだ。
廊下に出て突き当たりにあるトイレに行った。
こんな時間なので誰もいない。
他の部屋の前を通っても話し声などは聞こえず、みんな寝ているようだ。
ホテルとはいっても古い旅館のように廊下と部屋は板壁一枚で仕切られているだけだから、声なんかは筒抜けになる。
聞こえてくるのは、ただ寝息だけ。
手洗いを済ませ、廊下に出ようとしたとき、向こうに歩いていく人影を見つけたという。
そいつはキョロキョロと周りをうかがうような様子で落ち着きがない。
東城は廊下に顔だけを出し、その姿を追った。
どうやら、そいつは世界史の加藤のようで、ある部屋の前で止まると、一瞬躊躇してドアに手をかけた。
その部屋は、かえで先生の部屋だという。
俺たちはタコ部屋のようなところで雑魚寝だが、先生たちは一人一人個室があてがわれている。
何かの時に知っておかなければならないので、ホテルに着くとかえで先生の部屋の場所はクラス全員に教えてくれたから間違いない。
加藤が、そのかえで先生の部屋に入っていくのを、東城はしかと見届けたという。
一体、何なんだ、こんな時間に。
かえで先生一人の部屋に、男である加藤が勝手に入って行った。
何かあると考えて間違いないだろう。
「うわああああああ」と言いながら、慈乗院は早くも廊下に飛び出そうとしている。
とりあえず全員で押さえつける。
「どうするよ?」
うつ伏せに押し倒した慈乗院の上に座りながら、東城が腕組みしている。
「加藤の野郎、オレらのかえで先生を襲おうとするとは」
「かえで先生、加藤に気なんかないよな?」
「ああ、確か、何かのときに『苦手だ』とか言ってたよな」
「てか何でドアがロックされてねーんだ」
「知らねーよ。んなことより早くしないと、かえで先生が犯されるぜ」
「犯される」という言葉に慈乗院がジタバタと手足を動かしたが、東城が上に座っているので動けない。
「こんな時間だから熟睡してるよな。そこに加藤が入っていって…」
「好き放題か?」
「許せん!」
「早く何とかせんと」
とりあえず急ぎ作戦会議をおっ始めた。
「しかしな、加藤はともかく、俺たちが変に騒ぐとかえで先生が恥をかくことになる」
東城が言うことはもっともだ。
だが、かえで先生に恥をかかせず、加藤を追い払う方法なんかあるのか。
一番いいのは、加藤が自分から部屋を飛び出さざるを得ない状況を作ることだ。
部屋をノックしたり、部屋の前で大きな咳払いをするのは効果が期待できないだろう。
かえで先生の部屋を俺たちが勝手に開けるワケにもいかない。
どうしたらいいのか。
部屋の内部ででかい音を立てる、いい方法は…
「これなんか、どうでしょうか」
村本が突然口を開いた。
「かえで先生の部屋に電話するんです。びっくりして加藤先生、飛び出してきますよ」
「おお! それだ! よし、さっそくやるぞ」
「でもよ、部屋の番号知ってるか?」
「……」
誰も知らない。
部屋の名前が「菊の間」ってのは知ってるが、室内備え付けの電話番号までは誰も聞いていなかったからだ。
「じゃあ、スマホだ、スマホ!」
「おお、それだ、それ!」
俺たちはかえで先生のスマホに電話を掛けてみることにした。
深夜なのでマナーモードになってるかもしれないが、一か八かだ。
時間がないから、やれることはすぐに実行に移すに限る。
電話をするだけでなく、せっかくだから加藤に制裁を加えようということになり、東城は寝ている春菜に電話して事情を話し、女生徒全員をこの部屋に集めた。
飛び出してきた加藤をとっ捕まえ、この部屋に拉致って、ボコボコにする計画だ。
加藤が逃げる途中では必ず俺たちの部屋の前を通らなければならない。
そのとき、全員で飛び掛って押さえつければいい。
加藤も後ろめたいことをしてるんだ。
大声なんか出せるわけがなかろう。
万が一逆方向に逃げた場合に備え、東城と盛岡、俺の3人はかえで先生の部屋の近くに潜んだ。
ばっちりだ。
満を持して、慈乗院がかえで先生のスマホに電話を掛けた。
鳴ってくれよ!
「Auf der Heide blueht ein kleines Bluemelein,
und das heisst Erika」
やったぜ、かえで先生!
何の歌か知らないが、着うたがでかい音で鳴り始めた。
次の瞬間、加藤が慌ててはいるが、そっとドアを開けて出てきた。
よつんばいになり、バックしてくるところが情けない。
しかもジャージを脱ごうとしていたようで、半ケツになってやがる。
「よおぉぉぉ~ぉ」
変なシャッター音を響かせ、盛岡が古風なケータイでそのシーンを撮影した。
その音に気付いた加藤と目が合った。
立ち上がると慌てて逃げようとする。
だが残念。そっちは俺たちの部屋の方向だ。
ドアが開くと、慈乗院を初めとする残った部屋のメンバーと、東城が呼び寄せた女生徒たちが無言で廊下に飛び出した。
穐山はフェンシングのサーベルをしならせ、紀伊國は同じくサーベルで今まさに突かんかなというポーズだ。
「ま、まいったなあ」
加藤は小声で叫んだが、それはそのまま断末魔の叫びとなった。
◇
◇
◇
それから4日後、俺たちの修学旅行は終わった。
今は帰りの新幹線の中だ。
遊び疲れて、全員ぐったりしているが、どことなく表情は晴れやかだ。
一方、加藤は完全に憔悴し切っている。
あの日、起きてしまったかえで先生が気づく前に加藤は俺たちに捕獲された。
全員でボコったあと、加藤の半ケツを加藤自身のスマホで撮影し、その写真を2年生全員に拡散してやった。
本文には「きみのために全てを見せたい」などと勝手な文も添えてみた。
俺たちは、いかにも突然送られてきたようなフリをして小錦理事長に報告。
何も言うことが出来ない加藤は、理事長に三枚におろされ、あまつさえ大分に引き渡されてしまった。
ちょっと可哀相な気もしたが、自業自得だ。
インスタで拡散しない仏心があっただけでも感謝しな。
最終処分は学校に帰ってから下されるという。
幸い。かえで先生は夜這いを掛けられたことを全く知らない…はず。