第15話:大雨の宿~その1
文字数 1,554文字
市街地なので、駅と駅の距離は比較的短いため、歩けば1時間ぐらいだろう。
しかし今は大雨のただ中。
真正面から風雨を浴び、まともに歩けない。
いったいどれぐらい時間がかかるのか、見当もつかないというのが正直なところだ。
俺と涼子はそれぞれが傘をさし、必死に歩いている。
傘をさしていても、ほとんど意味がないぐらいズボンもカッターシャツもびしょ濡れだ。
張り付くこの感触がたまらなく嫌だ。
もっと悲惨なのは涼子だ。
スカートだから、脚にもろ雨風が当たる。
夏の白いセーラー服も水を吸い、肌や下着の色が見えている。
線路沿いに進むとはいっても、そのまま突き抜けられないところもあり、何度も迂回しながらジグザグに歩き続けた。
「紅村! お前大丈夫か!」
ほとんど叫ぶように呼びかけたが返事がない。
傘を斜めに倒し雨をしのごうと必死だが、逆に風を全面に受けてしまい、歩くこともままならならず、返事をするどころではないのか、あるいは轟々と音を立てる風にかき消されているのか。
少し地面の低い地域に差し掛かると、そこはすでに冠水していた。
ガード下ではハザードをたいたまま動かなくなった車が半分水に浸かっている。
涼子に進む方向を手で指し示し、別の道へ進んだ。
工事の真っ最中だったのだろう。
掘り返されたむき出しの土に被せてあった青いビニールシートが、今にも飛び去りそうに大きな音を立てて風に翻弄されている。
がたがたと音を立て、赤いコーンが車並みのスピードで道路の端に消えた。
押すかと思えば急に引くような強風の吹き方。
突然、ひと塊のひときわ強い突風が吹いた瞬間、涼子の傘はあっという間に吹き飛ばされていってしまった。
いつまでもつのか分からないが、俺は自分の傘に彼女を入れると肩を寄せ、なおも進んだ。
涼子の肩が冷たくなっていた。
どれぐらい進んだかわからない。
果たしてこの方角でいいのかすら。
看板の灯りは消え、僅かに残った人工の光といえば、風になすがままにされながら点いたり消えたりする街路灯だけだ。
失敗した。
あのまま駅にいればよかったんだ。
そうすれば、たとえ夜明かしすることになっても、少なくとも雨には濡れずに済んだだろう。
迂回しているうちに線路から離れてしまい、方角すら分からなくなった。
コンビニですら店じまいして逃げ込むこともできない。
進むしかないのか。
狭い路地に入ったそのとき、突然、目にも鮮やかな明かりが飛び込んできた。
passion heart 2
俺はひと目見てそれが何だか分かった。
ラブホテルだ。
「2」と名乗っているからには、美咲元町駅の近くにある、あのホテルの姉妹店かなんかだろう。
特にそれ以上は考えず通り過ぎようとした。
がそのとき、涼子が俺の耳に顔を近づけ懇願した。
「もう、わたしだめ。休んでいこうよ、ここで」
引くような表情で、思わず顔を見た。
こいつ…まさか
「お願い。お金なら少し多めに持ってるから。このままじゃ2人とも…危なくなるよ」
涼子は体が冷え切っているのか、小刻みに震えている。
この俺だって感覚がないぐらい手が冷えてきてるので、当然かもしれない。
確かにこのままでは風邪を引くどころか、彼女の言うとおり身の危険さえある。
だが、しかしだ。
これが仮に普通のビジネスホテルだったとしても拙い。
いや、普通のホテルならシングル二つってこともできるから、むしろいいか。
しかしこれはラブホテルだ。
どうする。
これが涼子でなく、かすみだったり、同じ男の東城だったら悩まなかったろう。
しかし。
このまま進むか、入るか。
なかなか踏ん切りのつかない俺に痺れをきらせたのか、涼子が黒い格子のついた自動ドアに俺を引っ張っていく。
大きな音を立てて、ひしゃげた看板がすぐ近くの電柱に激突し、U字形に絡みついた。
俺と涼子はドアをくぐった。