第27話:ごみ捨て場
文字数 3,984文字
「ところで、紅村はどうなってんだ?」
「ああ、まあ、相変わらずだけど」
「しかし、可哀想じゃねーか? よくそれで紅村も我慢できるな。そうだよな、春菜?」
「うん、そうだよ、山葉ぁ。はっきりしてあげなよ」
春菜はともかく、いっときは美砂をその気にさせてしまった東城にそんなことを言われる筋合いはないんだが、仕方ない。
俺は、かすみと前のようになりたいが、腹をくくって涼子ともある程度は仲良くやっていくべきなのか。
あのとき、俺はなぜ涼子をかばったのだろう。
理由なんてのはよく分からない。
とにかく、ノーガードでしゃがみ込んでいる涼子まで殴られそうになったのを目の当たりにして、とっさに体が動いてしまったと、そういうことだろう。
これは涼子だったからというわけではなく、それがほとんど口をきいたことのない、たとえば紀伊國や椎名であっても、同じようにかばったはずだ。
で、その後俺たちは参加できなくなった夏合宿の代わりに、東城と春菜の4人で河原で花火をした。
もちろん、それがきっかけで涼子と親密になったかといえば、ノーだ。
それは当事者はもちろん、東城や春菜も見て知っている。
言ってみれば、涼子との関係は、事務的な会話しか交わしたことのない他のクラスメートより少しは親しいと、そういうレベルだと俺は思っている。
涼子は涼子で勝手にフラグが復活したかどうかは分からんが、俺の気持ちは今もちゃんとかすみにある。
それは涼子もちゃんと分かってはいるようで、前のように付きまとうことはなかった。
ただ、帰りがけにどことなく寂しげな顔をしたり、話しかけたそうにすることはある。
彼女にしてみれば、失ったチャンスが復活したんだからそうだろう。
気を利かせたのか、そんな涼子を東城や春菜が誘って3人で帰っていく姿を見たことも何度かあった。
もちろんかすみは、俺と涼子が2人っきりではないにせよ、一緒に花火を楽しんだことは知っており、それ以来、ちょっと俺との距離を置こうとしてるんじゃないかという焦りが俺にはある。
この前も、部活の終わったかすみを見つけ一緒に帰ったのだが、何となく会話の質が前と違う、そんな印象を受けた。
考え過ぎならいいのだが。
かすみには「紅村とはそんな関係じゃない」とはっきり言った方がいいんだろう。
でも、聞かれてもいないのに、わざわざ俺の方からその話題を持ち出したら、かすみに変に勘ぐられ、というか、勘違いされないとも限らない。
結局は、せっかく夏休み前に涼子に断ったにもかかわらず、全く同じとは言わないが図らずも前に逆戻りしてしまったようなもので、もどかしい。
「まあよ『かすみ一本だ』っていう気持ちが固まってんならよ、紅村にちゃんと言った方がいいぞ。放置しとくとややこしくなるぜ」
東城の言うとおりだろう。
言われんでも分かってる。
でもな、何となく振り出しに戻っちまったようなもんで、また同じことをしなきゃならない、同じ女を二度も振らなきゃならないのかと思うと億劫な、この気持ちも分かってくれよな。
ちょっとさすがに疲れた。
体育館裏。
俺たち3人はこんなことを話しながらネコを触っていた。
このネコは人懐こい。
どう考えてもノラなんだが、頬なんかを両手で引っ張ってやっても怒りもせず、「ふにゃあ」などと嬉しそうな顔をしている。
この体育館裏というのは草の生えた土手と建物との間の幅が1メートルもない狭い隙間だ。
他の生徒が来てもおかしくはないのだが、よくある「学校の七不思議」よろしく、「何かが出る」とウワサされており、誰も近寄らない。
従って、俺たちのかっこうの秘密集会場みたいになっている。
ネコを最初に見つけたのは春菜で、色が黒いことから「クロちゃん」と呼んでいる。
「とにかく、頑張れよ」
「ああ」
俺はかすみの部活が終わるのを待つことにし、東城と春菜は帰っていった。
◇ ◇ ◇
部活はあと1時間ぐらいで終わるはずだ。
図書館とかで時間を潰すのもいいが、実にいい天気だから室内ってのはなぁ。
部室棟の階段に腰掛けて待つのも、なんかあからさまっぽいし。
かといって、体育館なんかに近づいて、またバレー部の連中に見つかったら、今度は確実に消されるだろう。
しかし、どうしてバレー部の連中はああも短絡的なんだ。
俺の姿を見かけただけで、叫ばなくってもいいじゃないか。
いやあ、それにしても俺のクラスにはバレー部が御山しかいなくてよかった。
K組なんか10人もいるからな。教室内で殺られかねん。
体育館に近づくわけにもいかず、俺はグラウンドに出た。
あちこちで部活に汗を流してる生徒たちがいて、なかなか壮観だ。
華の陸上部は秋季県大会に向けて表情は真剣だ。
あの背の高いのは長門先輩っていったかな。
短距離が得意だという話だが、きょうはひたすらトラックを周回している。
長門先輩の姿を目で追いつつ、フェンス沿いにグラウンドを奥の方に歩いていった。
お? なんだあの集団は?
同じくフェンス沿いをこちらに向かって走ってくる女子の一団がある。
人数は40人ぐらいか。
全員黒い短パンに白のポロシャツで統一された連中だ。
体育授業で使う姫高の女子の短パンはエンジ色だから、これは部のオリジナルってやつだろう。
おお、先頭にいるのは白菊先輩。
ってことはアーチェリー部か。
さすが、人数最多でカネのある部は違うな。
土煙を上げ、集団は俺とすれ違っていった。
集団の中にはクラスの娘も数人見かけた。
ご苦労なこった。
焼却炉の近くまでやってきた。
ここはグラウンドの外れ、学校の敷地の一番端っこにあり、教室で出たゴミなんかを焼くところだ。
ゴミを入れる炉の扉がだらしなく開いたままになっている。
すぐ横に、いらなくなった教室のイスが1脚、所在なさげに置いてある。
ふと見ると、紺色の布キレのようなものがイスの下に落ちており、何の気なしに拾い、広げてみた。
「こ、こりわっ!」
それは女生徒のスク水だった。
スク水とはいっても、ゲームやアニメに出てくる、ああいう感じのもではなく、もう少し洗練されてはいるが、色はやはり紺色で、白い縁取りが入っている。
美砂も同じようなのを持っていて、風呂場に干してあるのを見たことがある。
姫高のものに違いない。
ごくり。
何だか知らんがナマツバを飲み込んでしまった。
両手で持って伸ばしてみる。
なぜだか結構新品に近く、破れてるところもないようだ。
周りを見回す。
誰もいないようだ。
くんくん。
俺は何を血迷ったか、思わずニオイをかいでしまった。
「いいい、いかん! こんなトコ見られたら人生終わるぞ」
こういうときに限って、絶対、誰かに見られるんだ。
それも、よりによってバレー部の連中とか、最も拙いやつらにな。
その手は食わんぞ。
幸い、あたりに人の気配はない。
我に返った俺は、慌てて焼却炉に放り込もうとした。
「捨てちまうのかい?」
突然どこからか低い声が響いた。
「うっ…」
俺はその場に硬直してしまった。
さっきまで、誰もいなかったはずなのに、一体いつの間に。
「もったいないこと、するなよ」
恐る恐る、声のする方を振り向いてみた。
鶯谷がニヤニヤしながら、腕を組んでいた。
「う、う、う、うぐ、うぐ、うぐ…」
「『うぐぅ』なんて言うなよ。なんかのゲームのヒロインじゃないんだからな」
よく分からんが、ジェシカなら知ってそうな話題だ。
だが、そんなことはいい。
俺はヤバいところを見られたんだから。
「捨てるなんて、欲のない奴だなぁ、山葉」
「う、鶯谷、いつの間に」
「ずっといたさ」
「ど、どこに?」
鶯谷は黙って近くの木を指差した。
どうやら木の枝にでも腰掛けて見ていたようだ。
「どんなニオイだった? ああん?」
「ううう」
「男の悲しいサガってやつかい?」
「ううう」
「ま、それであたしも儲けさせてもらってるんだけどさ」
「うう、鶯谷ぃ」
「ああ? 心配するなよ。あたしはこういうことでお前をゆすったりなんかしないからさ。それより、貸してみな」
言うが早いか、鶯谷は水着を俺の手から奪うと、自分のカバンの中に押し込んだ。
「おい、どうすんだよ」
「売るのさ」
「売る?」
「ああ、新宿にあるのさ。そういう店が。じゃあな」
鶯谷は体を翻すと校門の方に向かって歩き去ろうとする。
だが、一瞬足を止めるとこちらを振り向き、「ああそうだ、これをやるよ」と一枚の写真を取り出し、手でひらひらさせている。
「ヤバいもんならいいぜ。巻き添えはゴメンだからな」
「ふふん。そんなこと言ってられるのも今のうちだぜ。これは、見ないと後悔するぜ?」
「なんだよ、それ」
「ほれ、見てみな」
鶯谷がちらっと見せた写真には、紀伊國と穐山が写っていた。
しかも、ハダカで抱き合ってる!
「おい、何だこりゃ!?」
「ま、そういうこった」
「そういうこったって、おい」
「あいつら、出来てんだよ」
「ゆ、百合?」
「ああ。ヤラセじゃない本物だ。撮るのに苦労したぜ」
俺は見ていて鼻息が荒くなってきた。
「にしても、すげーな。どこだよ、これ?」
「体育館の用具室だ」
立ったまま抱き合う2人は何も身にまとっていない。
体育の授業の時なのか、それとも部活の最中に抜け出したのか…
演技でない、ホンモノってのは、やっぱり写真でも迫力が違うんだなと妙に納得してしまった。
「で、どうすんだよ、これ」
「そりゃあ、雑誌に売るに決まってるだろ」
「ええっ? そりゃ拙いだろ! 顔がバレるじゃねーか」
「大丈夫だ。黒目線が入るからな。ハダカなんだから制服でバレるって心配もない。あたしはこの世界じゃ信用があるんだよ。雑誌の奴らにもよく頼まれるのさ」
「うう、しかし、すげーな」
「ああ、お前には修正の入ってないオリジナルをくれてやろうと思ってな」
「そ、そうなのか…なんか知らんけど、あ、ありがとう」
見とれていた写真から顔を上げると、すでに鶯谷は去った後だった。
俺はその日、何食わぬ顔でかすみと一緒に帰った。